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楽しんでいただけますように
月の丘公園は、月の丘町がみわたせる、小高い丘の上にありました。
公園に行くにはおだやかといっても長い坂を登らないといけないからか、人はあまりやってきません。
公園には背高のっぽの時計と、ゾウの形をしたすべり台、ベンチがいくつかありました。公園をかこむように木々や草花がおいしげり、そこにはたくさんの動物たちがくらしていました。
木々の中でもひときわめだつ背の高い木のウロに、ミス・ポーは住んでいました。
ポーは黄金色の、おばあちゃんふくろうです。黒い目はとても大きくキラキラしていて、すべてを知っているような賢い光で輝いていました。
野ネズミ工房が手配してくれたすみかは、暖炉がとても暖かく、煙をのがす煙突もしっかりしたつくりで、火まわりも水まわりもとてもよく考えられていて、ポーはとても気持ちよく過ごすことができました。冬の間は暖炉の中にお鍋をぶら下げて、スープを煮こむのが常でした。
暖炉の前においたロッキングチェアにゆられながら、ショールを編んでいると、ノックもそこそこにドアが開きました。
「大変、大変よ。ミス・ポー」
ハリネズミのチャーチル夫人は『大変』が口ぐせだったので、ポーの家に入ってくるときのかけ声はいつもそれでした。ですから、たいそうなことが起こったとは思わず、編み物の手をとめて、ポーはゆったりほほえみ、夫人を迎えました。
「どうなさったんです? チャーチル夫人」
「チャトラの子猫をおぼえていますか?」
ミス・ポーはうなずきました。
「夏に公園に迷いこんできた子猫ね」
迷子の子猫が公園をさわがせたのは、お日さまがジリジリと地面をやきつけてくる夏のことでした。ポーたちは、子猫をかわいがってくれる人をさがし、出会わせるために走りまわりました。
子猫を家族に迎えてくれたのは、るみちゃんとよばれるピアノを習っている女の子でした。
むかし、ポーと名づけてくれて、やさしくそう呼んでくれた少女にどこか似ていました。
「チャトラの子猫がどうかしたんですの?」
記憶がつながって、ふんふんとうなづいてから、ポーはうながしました。
「それがチャトラが連れていかれたって、黒い猫がにゃあにゃあ泣いているの。言っていることがよくわからないし。それで、みんながミス・ポーを呼んできてって」
「連れていかれた? どうしてあの子が?」
語尾もあらく立ちあがると、つたかずらの毛糸がころころと床をころがりました。
公園の時計台の下では、動物たちが黒猫をかこんでいました。
ポーがくると、みんなポーが黒猫のもとへ向かうのにじゃまにならないよう道をあけました。
ミス・ポーが大変賢く、いろいろなことで助けられていたので、みんな頼りにしていたのです。
「ほら、あんたがさがしていた、ミス・ポーだ」
野良犬のリーダーの三つ星が言いました。
彼のひたいには大きなきずがあり、目つきもわるいので、おそろしい感じのする犬でしたが、彼はとてもめんどうみがよく、野良犬や、町でかわれている犬たちにもしたわれていました。
公園まで黒猫を連れてきたのは、彼かもしれないと、ポーは思いました。
黒猫が顔をあげました。まだわかい猫で、チャトラと同じぐらいに生まれたのかもしれません。
まっ黒の毛はつやがありとてもきれいでしたが、あたりに気をくばっていることから野良猫かもしれないと、ポーは思いました。人といっしょにくらす動物は安全なところにいるので、あたりに気をくばったりしないのです。
「とらちゃんが連れていかれたの! 助けてください」
黒猫のきれいなサファイア色の目にはなみだがいっぱいたまっていました。
またにゃぁにゃぁ泣き声に変わってしまい、ときどき言葉がまじっているものの、何を言おうとしているのかよくわかりませんでした。
落ちつかせないといけないわ、ポーはそう思って、じしんの大きな羽をいっぱいに広げ、黒猫のかたに、やわらかい羽をやさしくおきました。
「できることはなんでもするわ。そのために落ち着いて涙をふいてちょうだい。そして何があったかくわしく話してくださる?」
黒猫は顔をあげ、うなずきました。ひっくひっくと息をととのえて、ポーのひとみをみつめました。黒くて大きなキラキラした目を見ていると、心がだんだん落ちついてくるのがわかりました。
「わたしはみゃあと言います。野良猫ですが、とらちゃんと仲よくしています。
きょうもいっしょにあそびにいって、るみちゃんが帰ってきたのでわかれました。
そのとき車がとまって、るみちゃんをのせたんです。とらちゃんはその人間をひっかいて、かみついて、……いっしょに連れていかれてしまいました」
るみちゃんがゆうかいされ、チャトラも連れていかれた? いえ、そうはんだんするのはまだ早いわ、と賢明にもポーは思いました。
「どうしますかい? ミス・ポー?」
三ツ星がポーにたずねました。
「まずは、たしかめないといけませんわ。みゃあちゃんには連れていかれたようにみえても、るみちゃんの知っている人の車に乗ったのかもしれないし、るみちゃんもチャトラ……とらちゃんも帰っているかもしれないわ。家にかえっているか、家はどんなようすか、見てきてもらえるかしら?」
「おやすいごようだ」
三ツ星がしっぽをゆらして走りだすと、若い野良犬が何匹かついていきました。
「みゃあちゃん、とらちゃんのおうちがどこにあるか、もぐら先生に説明してくれるかしら?」
みゃあちゃんがうなずくのを見てから、ポーはリスの姉妹に声をかけました。
「みゃあちゃんを、もぐらの先生のところに案内してくださる? 先生に、とらちゃんのおうちできいた言葉をぜんぶ教えてほしいと伝えていただけるかしら」
せっかちなリスの姉妹は、返事をする時間もおしいといいたげに、みゃあちゃんをせかして走りだしました。
もぐら先生は、もぐら族、ねずみ族に顔がきくので、町のことはなんでも知ることができました。地下にはもぐら族やねずみ族が多くくらしていて、かれらは自分たちのくらしを守るために、常に人間の行動に目をひからせていました。仲間のけっそくりょくも強いので、思わぬできごとや言葉をだれかが聞いていて、驚くほどの情報を集めることができるのです。ただひとつの問題があるとしたら、もぐら先生は太陽がのぼっているときは、地上にでられないことでした。
でもそれは空を得意とする、すずめ、ハトたちがカバーしました。日がくれてからはポーが飛ぶことができます。困ったことが起きたときは、みんなで協力する、そんなふうに動物たちはくらしていました。
「じゃあ、わたしはすずめのおやぶんに話をつけてきましょうか?」
チャーチル夫人がかってでたとき、チュンと声がしました。
「聞いたよ。もう、いる!」
うわさ話がだいすきなすずめは、もうききつけたようでした。
「るみちゃんととらちゃんが車に乗るところを見た子をさがしてほしいの。車の色や、どちらにいったのか、どんなことでもいいから教えてほしいわ」
「まかせて!」
すずめたちはおしゃべりができることが楽しくてしかたがないとでもいうように、さえずりながら飛んでいきました。
お読みくださり、ありがとうございました。