1-93.期末考査2
「怪我はないですか?お嬢様。」
「ええ大丈夫ですよ、チャコ。」
「最近多いですよね、暗殺者。」
何ともないような口調でナズナがネネに言う。
「そうね。警備がいないように見えるのでしょうか。」
最近やたらネネは暗殺されかけていた。クマ高校を出てから一日で五人は遭遇した。まあ、明日にはクマ高校に帰れるわけですし、少しの辛抱ですけど。
「お嬢様、警備を増やしましょうか?」
「いいえ、大丈夫。このくらいの質ならば、影たちでさばけるでしょう?」
「はい、ですが、万が一ということもございますので・・・」
「もう、チャコは過保護だなあ。」
「何を言う、ナズナ。お嬢様が暗殺されるなどあってはなりません。」
「私たちがいることだし、大丈夫だって。」
ナズナはそう言った。
確かにナズナとチャコは手練れだ。ネネより年上であるため、経験も豊富でネネよりも強い。この二人にかかれば普通の暗殺者ならば屁でもない。
「それより、雇い主はわかったの?」
大体想像はついていますけどね・・・
「はい、魔術結社レオンだということがわかりました。」
「レオンね・・・」
「魔術結社レオンと言うのは、帝国にテロ組織として認定されている、魔術結社ですよね?」
「統括部長のナズナならもっと知っているのでしょう?」
ネネはナズナに問う。
「ええ、でも今回みたいな規模でうちにちょっかい出してきたのは初めてですよ。」
「敵対する理由がなかったからでしょうね。」
魔術結社レオンと言うのは謎に包まれた魔術結社だ。これの元の組織は大魔術時代につくられた大魔術同盟というものだ。当時はクマ高校、キョウ高校を凌ぐ魔術教育や研究を行っていた民間組織だ。どこそこの賢者が結成したと言われている。大魔術時代が終わった時に解体されたが、一部の施設は生き残りそこで魔術研究が進められたとされる。それが魔術結社レオンと呼ばれるようになった。しかし、魔術の一般利用をあまりよしとしない帝国の方針に反する動きであったため、帝国はつぶしにかかったこともあるのだが、成功していない。世界中に拠点があると推測されている。
要するに魔術結社レオンは反帝国を掲げている組織なのである。真の目的は謎に包まれているが、重要なのはそのことである。
アタランタ家とアンジェラ家の政略結婚は魔術結社レオンにとって都合が悪いのである。なぜなら彼らは帝国を崩壊させようとしているからだ。アタランタ家は警備が厳重だからアンジェラ家なら狙えるだろうという皮算用でしょうか?全くもって迷惑なことです。狙われる方はたまったものではないですからね・・・
「どうなさいますか?」
「とりあえず、営業妨害にならないなら放っておいて構いません。いつか利用してやりましょう。」
「お嬢様、敵対しないのは賢明な判断ございますが、魔術結社レオンは謎多き組織です。間者を放っているのにも関わらず限定的な情報しか伝わってきません。なので、利用することを考えるのは今はやめておいた方がよろしいかと。」
「今は、ですね?」
「はい。」
「わかりました。」
ですがいつか私を殺そうとした落とし前を付けてもらいます。
そう話している間に目的地に着いた。ここはミカク要塞最深部である。海抜マイナス百メールの地下だ。
「完成しましたか。」
ネネは最深部にある新しい魔力核融合炉を眺めた。
「あとはお嬢様が起動するだけでございます。」
「そう言っても、膨大な魔力を使わないといけないのですよね。」
「その通りでございます。」
クマの核融合炉が暴発してから五か月以上経ってやっと魔力核融合炉が完成した。アンジェラ財閥の技術の結晶と言っても過言ではない。また、暴走しないように警備も万全にしているし、結界の数も倍以上となっている。あとは、ネネが魔力を注入するだけだ。
ノイン大陸の魔力供給はカタストロフィ以来止まったままだった。急遽、サッポロとキョウの魔力供給を増やしてノイン大陸に供給していたが十分量ではなかった。
ちなみにカタストロフィによって消滅したクマの町は元の位置の三十キロ東に再建されて、今は昔の住民が戻りつつある。そして、キョウ高校で授業を受けていたクマ高校の生徒も新しいクマの町に戻って、新築の校舎で授業を受けていた。クマの町は以前ほどの活気はまだないが、人が集まって来始めていた。
「面倒くさいですが、仕方がありませんね。」
「お嬢様、決して無理はなさらないように。」
「わかってる。」
ネネはチャコの過保護さに少し鬱陶しさを感じていた。いくら、お母様に頼まれたとはいえもう少し自立させた方がいいと思います・・・・
ネネは核の水晶の魔石に意識を集中させて、深呼吸する。魔力核融合炉の仕組みは魔石の質量を魔法エネルギーに変えて、そのエネルギーを取り出すということである。質量を利用するので中心の核として用いられる魔石は大きいものでないといけない。今回は核融合炉の中心に巨大な水晶のようなものが置かれている。その水晶が魔石として機能するのだ。
魔法を構築する。核融合の術式を魔石に組み込み、それに臨界点まで魔力を注入すると核融合反応が始まるのだ。
そして、数十分後ネネは術式を組み込み終えた。
「疲れました・・・」
ネネは水晶から離れた位置で少し休憩する。チャコはどこからともなくポットを取り出し、ネネにお茶を入れてくれる。
「私の分は?」
「ナズナもか・・・」
チャコは少し嫌そうな顔をしながらナズナの分のお茶も入れた。
「再開しますか。」
ネネはそう言って立ち上がった。ネネは今回は水晶から離れた位置から魔法を使うようだった。融合炉が稼働し始めた瞬間に結界への魔力供給が始まり、完全に魔力核融合炉を外海と隔離する。もし、近くで魔力を注入したら結界にとじ込まれてしまうのだ。
あまり気が進みませんが・・・そう思いながらもネネは魔法を唱えた。
「奈落。」
この魔法がネネが使える魔法の中でもっとも必要魔力が大きいものだ。核融合炉のスターターとしてはちょうどよい魔法だ。
ネネから離れた魔法がゆっくりと水晶へ向かって行く。そして、水晶に触れた瞬間に水晶が黒色に染まった。そして、直ちに幾重もの結界が展開されて核融合炉を閉じ込めた。そして、魔力核融合炉は黒色の光から鮮やかまぶしい光を放つようになっていった。
「きれい・・・」
ナズナがつぶやいた。
「お見事です、お嬢様。魔力供給は問題なく行われているようです。」
「じゃあ、行きますか。」
ネネの一声で三人はその部屋を後にした。




