1-68.封印されし者6
カイは少し休んだら体調が回復した。そして目を開けると二つの山が見えた。
「おっ、起きたかい?」
その山の向こうからレナが覗き込んだ。カイはぼんやりとしていたが、漸く状況を理解してまたもや赤面した。そして、勢いよく起き上がった。
「ちょちょっと、何してるんですか?」
「え?膝枕だよ。僕の生きていたころにはあったんだけど、膝枕の文化がなくなったのかな。」
「いや・・・知ってますよ。そんな文化があるのは知らなかったですけど。って、そういう事を聞いたんじゃなくて、何でそんなことをしてるんですか?」
「何でって、枕ないと寝れないかなって思ってね。」
「確かにそうですけど・・・」
そう、カイは枕がないと寝られないボーイなのである。しかも、旅行するときは自分の枕を持っていく、枕愛好家なのだ。
「君はやはりかわいいね。」
レナは正座をやめて立ち上がった。二人は海面の上に浮いていた。しかし、そこには透明な硬い地面があるように感じられた。
「ぷしゅー。」
近くの海面で潮が噴いた。
「懲りないやつだね。」
レナがそう言った瞬間彼女の真下の海面に大きな口が現れた。レナはすかさず、浮遊魔法で避ける。
黒鯨はそのまま空中に向かって飛び出した。
「危ないね。」
レイは避けた後呑気に言った。
黒鯨は水面から十メートル以上離れて飛んでいた。そして、カイたちのところを目掛けて、また口を開けて落ちてきている。
カイはただ見ていることしかできなかった。そして、声すら出なった。
「悪い子にはお仕置きをしないとね。」
レナは巨大なエレキボールをての上に乗せて、それを黒鯨に向かって打った。それは黒鯨を飲み込むようにして、爆発した。辺りに爆風が吹き荒れる。しかし、レナとカイは流されることはない。
「まじか。」
驚くべきことに黒鯨は死んでなかったが、流石に懲りたようで体から煙を上げながら海の奥底の方へと逃げて行った。
「じゃあ、行こうか。」
レナは全員を転移させた。
・・・俺は忘れ去られたのかな?とヴィイは嘆いていた。
こうして、カイとレナの長くて短い旅が始まった。街道には他の旅人もおらず、馬車も見当たらなかった。そして、あいにくの雨であったので、カイはレナが作った長靴を履き、道中の町で買った、レインコートを着ていた。
「寒くはないかい?」
「はい、大丈夫です。」
「俺は寒いんだけど・・・」
何も付けずにぬかるんでいる道を歩いているヴィイが愚痴った。
「ヴィイは大丈夫だろう?熱耐性あるし。」
「そうだけど、カイの肩に乗っているシロが羨ましい・・・隣の芝生は青く見えるとはこういうことか。」
「僕は泥だらけの猫を肩に乗せる趣味はないからね。」
「冷たい、ああ、何だか寒くなってきたな。」
ヴィイはわざとらしく体をぶるぶると震わせた。
「仕方ないな。」
レナはヴィイを浮遊魔法で持ち上げて、水魔法でしっかりと洗って、肩の上に乗せてあげた。
「ありがとう。」
「珍しく素直だね。」
「そっちこそ。」
レナとヴィイは笑いあっていた。もしかしたら、こういう関係がいいのかなとカイは少し羨ましく思った。
しばらく二人は黙って歩いていた。
「そう言えば君、どうして僕が封印されていたのかって聞かないよね。」
「え?」
「気にならないのかい?」
「確かに、何で封印されてたとか、何で浮遊魔法が使えるのかとか、何できれいなのかとか、どうやって魔法でご飯を作ってるのか、俺のことをどう思ってるのかとか、聞きたいことを山ほどありますけど・・・」
「・・・」
「だけど、いいんです。たとえレナさんがレナさんでなくても、俺が知っているレナさんはここにいますから。」
「もう、レナでいいって言ってるのに。」
レナは少し拗ねているような顔をした。
「すみません、レナさ・・・レナ。」
「うん、偉い偉い。」
レナはカイの頭を撫でた。
「もう子供扱いしないでくださいよ。」
カイは照れていた。
「僕からしたら、君はまだまだ子供だよ。」
そう言ってレナは空を見上げた。
「僕は怖かったんだよ。君が離れて行くかも知れないって。でも、杞憂だったかもしれないね。」
「俺は・・・俺は・・・レナについてきます。どこまでも。」
カイはそう言ってレナに抱き着いた。
「ふふ、やっぱり君はかわいいね。」
レナはカイの目を見た。カイは思わず目を背けてしまった。
「まあ、君が高校を卒業したら僕に会いに来るといいさ。」
「へ?」
「大丈夫だよ、ちゃんと君の仲間たちには送り届けてあげるよ。確か、今はキョウにいるらしいね。」
「絶対ですよ。」
「君が会いに来てくれるのじゃないかな。僕は待ってるからね。」
「はい。」
そう、旅はわずか二か月で終わった。しかし、カイにとっては大切な、そして忘れられない思い出となったのだった。
そしてこの旅の最終目的地である、キョウに着いた。
「おお、君あれめっちゃおいしいそうだよ。」
「はいはい。」
カイは露店の前に立った。
「すみません、これ二つ。」
「あいよ。」
店主から砂肝の焼き鳥をカイは受け取った。
「はい、どうぞ。」
子犬のようにかわいい目で待っていたレナに渡した。レナはかわいい仕草でその焼き鳥をはむっと食べる。
「んー、おいしい。」
はたから見るとただの女子高生だった。
「美味しいですね。」
カイも焼き鳥を食べた。コリコリとした食感が病みつきになりそうだった。
「じゃあ、行こうか。」
「そうですね。」
カイとレナはキョウ高校へ向かった。カイの足取りはとても重かった。レナと別れたくない、その思いでいっぱいだった。そして、二人はキョウ高校の闘技場の入り口に着いた。闘技場内の歓声がここまで聞こえてくる。
「僕はここまでだね。」
「はい。」
「君、勉強ちゃんと頑張るんだよ。」
「俺、ちゃんと行きますから。」
「わかってるよ。」
カイは思わずレナに抱き着いてしまった。暖かい、そう思った。
「では、僕はもう行くね。」
レナはカイから離れてそう言った。
「さようなら。」
「じゃ、バイバイ。」
彼女は手を振って、そのままキョウ中央駅の方へ向かって行った。
カイも振り向いて、競技場の方へと足を進めた。目が潤ってきた。そして、自然に泣いていた。カイは袖で涙を拭った。
そして、競技場内へとフタバとシロとともに入っていった。
カイは真面目に恋をする話でした。これからどう変わっていくのか注目です。
次回から対抗試合に戻ります。




