1-67.封印されし者5
「ここは?」
フタバの光を頼りにカイは周りを見渡す。レナの灰色の髪がその光を反射させていた。
「入口だよ。この扉を開けるとそこは海だ。本当なら直接転移したいんだけど、ここは外界から隔絶されているから転移が失敗する可能性があるんだよね。」
ちなみに転移に失敗すると体の一部が取り残されたりする。ただし、転移魔法自体が隠蔽され、人間の魔力ではできないと言われているのでこの事実を知っている人は少ない。転移魔法は膨大な魔力が必要とされるが、体系化さえされてしまえば、普通の人でも使用は可能である。
「え、じゃあ、僕はどうやって。」
「何でだろうね、偶々ランダム転移とかで転移させられたのかな。失敗しなかったことが運がいいのか、ランダム転移でここに飛ばされたのだから運が悪いというか、君は不思議だね。」
カイは思わずレナに見とれてしまう。そして、少し目を逸らしてしまった。
「あれれー、どうしたのかな?」
レナは容赦なくからかってくる。元々こういう性格なのかな。
「どうもないよ。」
カイは不貞腐れた。
「ごめん、ごめん、君が可愛いからつい・・・」
少しスミレに似てるなと思った。
「じゃあ、そろそろ外に出ようか。」
レナはあたりを魔法で照らした。そうしたら、カイたちの少し先に大きな石の扉があった。
「あれが、出口・・・」
カイは表には出さないが、内心すごく喜んでいた。やっと外に出られる。レナがさらに喜んでいることは言うまでもない。
「そうだよ。」
レナはパチッと指を鳴らした。そしたら、荘厳な雰囲気を漂わせていた扉が軋み、ガコっと音を立ててゆっくりと開きだした。
カイたちの目の前に広がったのはキラキラと青く輝く海の底ではなかった。そこは光がほとんど届かない暗闇の深海だった。しかし、不思議なことにその海水がカイのいる迷宮のほうに流れ込んでくることはない。まるで水族館の中の水槽を見ているような感じだった。
カイが想像していたのと違うと思いながら、ぽかーんとしていた。
「君、私の手を握り給え。」
「へ?」
思わず変な声が出てしまった。
「やはり君はかわいいな。」
そう言って彼女は無理やりカイの手を引っ張った。レナはカイ、シロ、フタバを耐圧結界で覆い、真っ暗な深海へと繰り出していった。
カイは不思議な感じだった。海の中にいるのに普通に呼吸ができて、自分の意識とは別に体が動いて行く。本当はただ結界に覆われ、レナの魔法によって動かされているだけなのだが。
「どうだい?深海の散歩は?」
彼女は清々しい顔でそう聞いてきた。
「何も見えません。」
「はは、確かにそうだね。でもよく見ると見えるかもしれないよ?」
「え?」
「ほら、あそこのほう目を凝らしてみな。」
レナはさりげなくカイの腕をつかみ、顔を近くに寄せた。
ち、近い・・・カイの鼓動はどんどん速くなっていく。しかし、レナはそんなことはお構いなしだ。もちろんカイの反応を楽しむためにやっているのだから、余計にたちが悪いかもしれないのは否めない。
カイはこのようなことは自分から他の女子にしたことは五万とあるが、自分がされたことがない。意外にも耐性がなかったのである。
「んー。」
カイは速まる鼓動を押さえながら、彼女の指した方向を見る。フタバとレナの魔法による灯りを頼りにしながら目を凝らす。そうすると、何か巨大な黒いものが近づいているような気がした。
「何かが近づいて来てる?」
「もう少し近くに来たらすぐにわかるよ。それにしても君は運がいいね、こんな深海じゃなかなか遭遇できないよ。」
そもそも深海に来ることがないんじゃ・・・
そう近づいてくるのは大きな鯨だった。
「これはあれだね。黒鯨と言って何でも食べちゃう奴だね。」
黒鯨とは、古くからいる魔物で大きい海には一頭いると言われている。この魔物は永遠に生き続けると言われている。それより恐ろしいのがその食欲だ。何でも食べてしまうのだ。岩でも草でも海水でも。一度餌だと認識されたらほとんど逃げられることはないらしい。しかしながら、この世には五頭しかいないとされているので、遭遇率は低く目撃されるのも数十年に一回くらいだそうだ。
「やばくないですか?」
「君は本当に運がいいというか悪いというか。」
レナは面白そうに笑った。
「いい加減にしてくださいよ。」
「済まないね。僕の趣味だから、ほどほどにしておくよ。」
黒鯨はこちらに真っすぐ向かってきているようだ。
「どうやら、餌と認識されたようだね。」
レナはいつもと変わらない様子だった。
「どうするんですか?」
「逃げるしかないでしょ。」
「そうですよね。転移ですか?」
「どうしよっかな、転移したらつまらないし。」
カイはものすごく嫌な予感がした。しかし、カイはどうしようもできない。
「転移しましょう。」
「えー、どうしよっかな。」
この人絶対楽しんでるだろ。
「やっぱ、実力で逃げ切ろう。」
「まじか。」
「なんか口調砕けて来たね。僕は嬉しいよ。」
どこまでも呑気な人だった。たとえ生と死の狭間にいようとこの人は笑っていそうだ。カイは少し呆れたような顔をした。
「何だい?そんなに黒鯨と遊びたいのかい?」
「いや、絶対にそんなことありません。」
むしろ遊びたいのはレナだろとカイは思った。
「それじゃあ行きますか。」
「遠足に行くようなテンションですね。」
「そりゃ、あの黒鯨が僕に追いつくなんて百年早いからね。」
レナは微笑んで、二人は水面に向かって速いスピードで動き出した。
カイは目が回りそうだった。そして、あっという間にキラキラと輝く群青の世界が見えてきた。しかし、カイは景色を楽しむ余裕などなかった。
一方のレナは、スピード感を満喫していた。
そして、カイの目の前が明るくなる。カイが焦がれていた光の世界がそこにはあった。二人は海面の数メートル上に浮いていた。
「大丈夫かい?顔色が悪そうだけど。」
「はい・・・ちょっと酔ったみたいな感じで。」
「一休みしようか。」
「黒鯨は?」
「たぶん来ないよ。」
レナはそう言って微笑んだ。
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