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カミトキ  作者: 稗田阿礼
第一章 学園編
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1-57.すれ違い



 ちょうどその日の昼にヘイドはキョウ中央駅に着いた。ここは世界屈指のターミナル駅でラスフェ大陸中からの列車が発着する。天井は半円でガラス張りになっており、無数の車止めの向こうには、大きな広場、そしてその先には改札がある。ホームは二十五くらいあり、端から端まで歩くのは結構遠い。

 ホームに降りると、ヘイドとディアは改札のほうへと歩き始めた。荷物はリュック以外持っていなかったが、周りの乗客は大きなスーツケースを抱えていそいそと改札のほうへ歩いて行った。

 そして、車止めのすぐ横に大きく手を振っている人が六人ほどいた。ヘイドは手を振っている人がいると思わず手を振り返したくなるのだった。以前それで、全く知らない人に手を振ってしまい、恥ずかしい思いをしたことがある。失敗から人間は学ぶもの、そう思いヘイドは我慢した。

 しかし、近づいてみるとそれはヘイドに手を振っているのだったと気が付いた。

「ヘイドー。」

 普段は大人しいケリンが珍しく大声を上げて呼んでいた。ヘイドは手を振り返した。そして、みんなの元へと駆けて行った。

「元気にしていましたか?」

 ネネは心配そうに、そして嬉しそうに声をかけた。

「うん、元気にしてたよ、ネネ。」

 ヘイドはネネを見つめた。そして、改めてネネのことが好きだと実感した。ネネがいるのといないのとでは安心感と言うか、心持ちが全然違う。

「おかえりー、ヘイド。」

 イオはいつもの軽いテンションで言った。

「無事でよかったな。」

 マコトがヘイドの肩を叩いた。

「行きましょうか。」

 ネネはそう言った。一同は改札へと歩いて行った。

「今まで何してたんだ?」

 サヤカが頭の後ろで手を重ねながら聞いた。

「修行かな。」

 ヘイドは正直に答えた。

「ちょっと待ってください。修行ですか?」

「うん、そうだけど・・・」

「ヘイド、修行をするなら私たちに連絡の一つでもよこしてくれればいいじゃないですか。本当に心配したんですよ。」

 ネネは少し怒っているようだった。

「ごめん。」

「一か月間行方不明だったんですよ。一か月間、私を心配させといて・・・」

 ネネは拗ねていた。

「ご主人様はネネ様たちのことをずっと気にしていましたよ。ただ手段がなかった、それだけです。」

 ディアがヘイドを擁護した。

「本当にごめん。」

「次からはこんなことがないようにしてください・・・」

 ネネは妥協した。別にヘイドが悪くないのは知っていた。

「はい・・・」

「そんなことより、ヘイドってどこにいたのー?」

 イオが空気を切り替えた。

「ああ、イズモの闇の魔法使いの隠れ里ってとこだよ。」

「まじ、なんかめっちゃかっこよさそうだねー。」

「隠れ里?」

 マコトは何かが引っ掛かったようだった。

「そう、闇の魔法使いと悪魔以外入れないらしい。」

「ふーん。」

「修行って何したの?」

 ケリンはそっちのほうに興味津々だった。

「迷宮があったから、延々と一か月間挑戦し続けただけだよ。そのおかげでだいぶ魔法を使えるようになったけど・・・きつかった。死ぬほどきつかった。」

「みんなこの一か月間で死ぬような体験ばっかしてるようですね。」

「へ?ネネは何かあったの?」

「まあ、こっちの話ですので。それにしても、ちゃんと強くなってるようですね。」

「ありがとう。」

「そう言えば、ネネ様、婚約したんですよね。」

 スミレがそう言った瞬間、ヘイドは固まった。

「ちょっと待って・・・なんて言った?」

 ヘイドは聞き間違えであることを祈った。

「ネネ様が婚約したって話です。」

「まじっすか。」

「まじっすね。」

 イオが面白半分でそう言った。ヘイドは頭の整理が追い付いていないようだった。

「こんやく?こんにゃくじゃなくて?」

「婚約です。」

 ネネが断言した。


「は、は、チョイキーン。」

「ご主人様がおかしくなっちゃたじゃないですか。どうしてくれるんですか?」

 ディアがそう言った。

「こんにゃくってこんにゃく芋からできていて、その芋って毒があるんだよー。」

 ヘイドは頭がおかしくなっていた。この世の終わりであるかのような顔をして、静止

「へー。」

 ネネはどちらかと言えば、この状況を楽しんでいるようだった。

「それにしても、婚約相手許すまじ・・・」

 スミレから闘気が漏れ出していた。

「スミレ、落ち着いて、殺したら私が困るから。」

「すみません、でも、私とネネ様が結ばれるためには殺すしかないんです。」

「ごめん、たとえ殺しても私とスミレは一生結ばれることはないから安心して。」

「え・・・ちょっと待ってなんて言った?」

「結ばれることがないと言いました。」

「まじっすか。」

「まじっすね。」


 スミレは頭の整理が追い付いていないようだった。

「いいえ、私とネネ様は前世からの縁で結ばれているはず・・・・ロープよりも太い縁で・・・」

「ロープってまた微妙なものを出してきましたね。」

「・・・・すみません。ぼけれなくて。」

「いいですけど・・・」

 デジャブっぽいですね。スミレがだいぶ無理してましてけど。

「それにしても、ヘイドはほんとわっかりやすいよなー。そこまでわかりやすかったら一周回ってすっきりするわ。」

 サヤカは誰も言わなかったことを口にした。しかし、その声は放心状態のヘイドには聞こえてはいない。

「ご主人様。いくらネネ様のことが好きだからって、告白もしてないのに他の男に取られてがっかりするってどうなんですか?」

 ディアはひどく毒舌だった。もう、ヘイドは耐えられなかった。


 ヘイドは誰もいない部屋で寝ていた。眠っていたわけでもなかったし、眠いわけでもなかった。ヘイドは今人生最初のそして最後の失恋をしていた。

 自分自身に腹を立てていた。ネネは悪くない。そして、彼女はどんなことを思って婚約したのだろう?

 ネネの婚約相手はユグノー・アタランタ、リテラの兄であり、将来は宰相家を継ぐとされている。容姿端麗、頭脳明晰、ただし、一概にも優しい人とは言えない。何度かリテラの家に遊びに行った時やパーティーなどで直接話したことがあるが、いつも作り笑いを浮かべている。リテラ曰く彼の価値判断基準は使えるか、使えないかということだけらしい。幼いころ、親に放置されて成長したため、人を信じることはほとんどないらしい。

 わかりきっていることだが、二人は愛しあってなどいない。ネネもそんなに油断はしないと思う。お互いに利用しあう関係、それが今回の政略結婚の本質だ。

 ヘイドはそれを憎んだ。そして、おかしいと思った。

 しかし、自分の気持ちをネネに伝えられないままでいたのが、何よりも腹立たしい。あのとき、アソの町の外輪山であった時、ヘイドは自分の運命の琴線を感じた。

 そして、ネネは運命の人だと思った。それは自分の思い過ごしだったのだろうか?彼女は美しい。そして、神秘的だ。一目見た瞬間、自分のすべてを持っていかれた気がした。今までの自分の固定観念、弱さ、無意志。そのすべてが吹き飛んだ。気が付かないうちに俺はずんずんネネに向かって歩いて行っていた。

 でも、ネネはどう思っていたのだろうか?ただの足手纏い?ストーカー?気持ち悪い男子?そう思われてもおかしくはない。

 あの時、ネネは明らかに人目を避けてあそこにいた。そこに、一人で楽しんでいたときに、こないと思っていた人影があったら・・・嫌だろう。

 たぶん、俺はネネに嫌われた。少なくとも、政略結婚の比重よりかは遥かに下にそんざいしている。もしかしたら、友達としても思われていないかもしれない。ヘイドはそう自分を納得させるために結論付けた。



 そのころ、ネネは外のベンチで考え事をしていた。

 ヘイドに嫌われちゃったかな。ヘイドが私のことを好きだってことは学校に入る前からわかっていた。

 ヘイドがあの時、アソの町で話しかけてくれた時はうれしかった。確かに、変な人だな、それになんか自然体じゃないし。少し、怪しいと思った。けれど、根は悪い人ではないことは話していてすぐに分かった。

 私はその時、人と話す楽しさを覚えた。

 お母様が死んでから、私の心に灯りがともることはなかった。私はただチャコに言われたことをこなして、指導者としてのノウハウを学んだ。お母様の仕事を引き継いでいる、それをモチベーションとしてただ上に立つ人として合理的な判断をしてきた。今回の政略結婚もその一つだ。

 その私の心が暗い中、現れたのは彼だった。私は普段同年代の人と話すことはなかった。あったとしても、社会的身分の隔たりのせいでまともに会話ができない。向こうが一方的に尊敬の眼差しを向けてくるからだった。

 ヘイドと初めて話したとき、大した話じゃないのに、とても楽しいと思った。そして、私の心が少し晴れた。


 クマ高校で、ヘイドが私を見つけてくれたことはとても嬉しかった。私はその時のすべての合格者の名前を把握していた。そして、ヘイドが入学して来ることも知っていた。ただ、少しの間しか一緒にいなかった自分に彼と一緒にいる権利はないと思った。だから、姿を隠していた。

 けれど、彼は私を見つけてくれた。その時、私は嬉しさを隠すので精一杯だった。


 匂いで分かったのは少し、気持ち悪いと思ったけど。仕方ないと思った。逆の立場だったら、私も同じことをしていたかもしれない。今はそれだけ、彼のことを好きなのだ。入学したての時は、ヘイドの好意は感じていたが、特に意識したことはなかった。ただ、そばにいると心地よかった。


 それが、いつしか恋心に変わっていた。


 自分が恋をする日が来るなんて思わなかった。ただ、お母様の跡を辿っていく、それが私の人生だと思っていた。その考えを彼は一瞬にして、変えた。


 彼が入学してきた理由は私を追いかけてきたから。


 ただそれだけの理由。始めは馬鹿馬鹿しい。そう鼻で笑った。しかし、彼の覚悟はすさまじいものだったと後々思った。

 家の反対もあるだろうし、何よりも、自分の人生を自分で決める、それが、どんなものに立ち向かおうとも、という覚悟が感じられた。


 すごい、そう感心した。そして、追いかけられたことにキュンとした。もしかしたら、私はこの時に恋をしたのかもしれない。


 ただ、このことは誰にもばれていない。たとえ、ヘイドが近づいて来ようと、内心はドキドキしているが、ずっとポーカーフェイスを貫いた。

 

 たぶん、誰にもばれていないはずだ。たぶん。ヘイドのいいところを挙げようと思うと挙げきれない。


好きだ。その言葉を言えればどんなに楽なことか。しかし、決して私は言わない。立場上の問題もあるし、プライドの問題もある。


 今回の政略結婚はもちろん、本当に結婚するつもりはない。目的は政治的発言力を上昇させて、帝国を内部から解体することだ。テロメア家に謹慎を言い渡したのは、焦った宰相家にアンジェラ家を政治の舞台へと再び舞戻らせるため。


 相手にとっても悪くない話だ。あわよくば、帝国の経済を掌握しているアンジェラ家をなんの対価もなく、手に入れれるのだから。


 だから、婚約としたのだ。婚約であれば、ただ破棄すればいいだけだ。私は逃げ道を用意したのだ。帝国を無事、崩壊させることができれば、私は婚約を破棄する。これは確定事項だ。


 そして、私個人にとっても本命はヘイドを見極めるため、今回の政略結婚の話に乗ったのだ。将来の私の伴侶として相応しいのかどうか。


 私は悪い女だ。こんなに大々的に相手の心を折るようなことをするのだから。普通の男なら、折れるだろう。ただし、本当に私のことが好きなら・・・


 私は真実の愛というものを信じてみようと思ったのだ。


 もし、本当に好きなら、たとえ婚約したとしても、私に幻滅せずに、何か行動をするのだろう。


 本当に悪い女だ。人を試すような真似をして。嫌われても仕方ない。ネネは笑った。


 でも、これくらいのことに耐えられる精神力は私の夫となるのなら、絶対に必要だ。それに耐えられる自分の精神力も必要だ。私だってつらい。罪悪感に胸を押しつぶされそうになる。


「はあ・・・」

 ネネはため息をついた。

「これは私たちの将来のための試練なの・・・」

 仕方がない。それで、ネネは踏ん切りをつけた。


感想、評価よろしくお願いいたします。

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