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カミトキ  作者: 稗田阿礼
第一章 学園編
57/129

1-53.隠れ里

 ヘイドは夢を見ていた。それは悲しい夢だった。ぼんやりとしていて、あまり思い出すことができないが、ネネが泣き叫んでいたのは覚えている。

 ヘイドは目を覚ました。目を細くしてみると、木でできた天井が見えた。なんだか、ほのかに甘い香り、そして、枕や布団からは埃っぽい匂いがした。


「知らない天井だなあ。」

 ヘイドは一度これを言ってみたかった。

「ご主人様、お目覚めになりましたか?」

 ディアの甘い声が聞こえた。直後に彼女がヘイドのいるベッドに覗き込んだ。ヘイドは起き上がった。

「ここは?」

「ここは闇の魔法使いの隠れ里でございます。」

「隠れ里?」


「はい、ご主人様と私の愛の巣です。」

 ディアは嬉しそうに尻尾を振った。

「嘘だよね?」

「まあ、半分くらい本当ですね。ここに入れるのは闇の魔法使いと悪魔だけですから。」

「ふーん。」

「隠れ里はラスフェ大陸のイズモにあります。」

 ヘイドは驚いた。


「はあ・・・・え、まじ?」

「いいえ、本当です。」

「だって、さっきまでノイン大陸のクマ高校にいたはず・・・」

 ノイン大陸のクマとラスフェ大陸のイズモは世界の裏側で約二万キロメートルも離れている。

「どうやら転移させられたようですね。私が気が付いた時には隠れ里の前にいました。ご主人様が倒れていたのでベッドに運ばせていただきました。」


「ありがとう、でも、転移魔法って不可能なんじゃないの?」

「いいえ、膨大な魔力があればできます。召喚魔法も転移魔法の一部です。あれは、召喚される側の魔力も使うので、使いやすくなっていますが。」

「ディアは使えるの?」

「ご主人様が成長されたらいずれ使えるようになるでしょう。」


「本当に?」

「本当ですー。」

 ディアの話し方が砕けてきた。

「一体誰がこんなことを・・・」

「転移魔法を使った人はわかりますよ。」

「誰なの?」

「それはネネの野郎です。」

「野郎って・・・え?ネネが?」

「はい、あのくそ野郎の魔法を感じました。」

「何でだろう?しかもここに・・・」

「おそらく奴はランダム転移を使いやがったんですよ。」


「なんか、ネネの扱いひどくない?」

「だって、私のご主人様をたぶらかすんですよ。」

 ディアは私のと言う言葉を強調した。なんか、リテラが言っていたようなことと似てるな、とヘイドは思った。

「兎に角、俺はネネのことが・・・」

 ヘイドは赤くなった。


「言わなくてもわかってますよ。ムキになるご主人様を楽しく見ていただけです。」

 ディアは笑った。使い魔は主人の魔法を読み取ることできるので、話さなくても感情が伝わる。

「何でネネは転移魔法を使ったんだ?」

「そこまではわかりません。ただ、悪意を持ってしたことではないはずです。」

「そうか・・・・」

 ヘイドは考え込んだ。その時、ヘイドのお腹が鳴った。


「ご飯にでもしましょうか。」

 ディアはそう言って台所へと向かった。


「いただきます。」

 ヘイドは食卓で手を合わせた。目の前には朝食が用意されていた。お味噌汁、ごはん、鮭の塩焼き、お漬物、冷奴だった。どれもおいしそうだった。前では、ディアが早く食べてと言いたそうな顔をして待っていた。可愛いとヘイドは思った。


 ヘイドはお味噌汁を飲んだ。塩加減がちょうどよくおいしかった。

「美味しいよ。」

 褒められたディアは嬉しそうだった。

「ありがとうございます。」

 ディアはじっとヘイドを見つめた。

「やはり、あのくそ野郎にヘイド様をあげるのはもったいないですねー、いや、もったいなすぎますね。」


「そもそも、ネネが俺のことをもらってくれるかどうかわからないよ。」

 ヘイドは自信がなさそうに鮭の身をほぐした。ディアはそれを眺めていた。

「たぶんネネはヘイドのことが好きだと思いますよー。本人は自覚していなさそうですが。」

 ヘイドの表情が明るくなった。それと同時にディアの表情が暗くなった。

「本当?」

 ヘイドはディアをまもった。


「ええ、本当ですよ。何で私が敵に塩を送るようなことを・・・・」

 ディアは苦悩していた。ヘイドはディアの言葉を聞いて安心していた。そして、心が躍った。ネネとは両想いかもしれない。可能性であっても、これほどうれしいことはない。何かわくわくするような感情がこみあげてくる。

「ご主人様・・・少しは私の気持ちを考えてくださいよ。」

 ディアは悲しそうにそう言った。

「ごめん・・・つい・・・」

 ヘイドは反省した。

「まあ、私は使い魔なのでご主人様とずっと一緒にいられるしー、ちょっとの時間ぐらいネネに譲ってあげてもいいかな。」

 ディアは強がっていた。本当にディアがそう思っていたのかはヘイドにはわからなかった。


「これからどうしよう。」

 ヘイドは味噌汁を飲み干した。下の方には味噌が沈殿していて味が濃くなっていた。

「どうしましょうね、」

 ディアは他人事のようにそう言った。

「怒ってる?」


「いえ、そんなわけではないですよ。こんな時までネネの野郎のことを考えているご主人様に憤りを覚えているだけです。」

「絶対怒ってる・・・」

 ヘイドはそう結論付けた。ディアはそっぽを向いた。

「お願い、何でもするから許してください。」

 ディアは聞き逃さなかった。

「なんでもですか?」

 ディアはヘイドを見つめた。



「うんんん・・・」

 ヘイドは後悔した。ディアのことだから何を要求してくるかわからない。

「そうですね・・・何でもしてくれるなら許してあげましょう。」

「出来るだけ、穏便にお願いします・・・・」

「大丈夫ですよ。減るものじゃないですし。」

 ディアの表情がほつれた。ヘイドは嫌な予感がした。

「とりあえず、片付けますね。」

 ディアはそう言ってお皿を下げた。

「ディアはもう食べたの?」

「ご主人様が目覚める前にすましたので大丈夫ですよ。」

「そうなんだ。」


 ディアは台所に行ってお皿を洗っていた。

 あたりを見回した。キッチンの前にはヘイドが座っている二人掛けダイニングテーブルがあった。そして、リビングのようなものがあり、その奥にベッドが一つあった。壁は木でできていた。ヘイドは朝日が差し込んでいる東側の窓のもとに歩いて行った。


 ヘイドは二重窓を開けて外を眺めた。闇の魔法使いの里は小さな盆地の中にあった。そびえる山々の隙間から朝日が真っすぐに差し込んでいた。空は橙色に輝き、雲もその色に染まっていた。ヘイドは伸びをした。空気がおいしかった。みずみずしく、澄んでいて、ヘイドは安心した。小鳥が家の近くの木の枝に止まってチュッチュと鳴いている。

 深呼吸をした。どうやら心は落ち着いたようだ。なんとなく、懐かしくも感じた。まだ、朝なので空気は冷たかった。しかし、それは気持ちよくもあった。


 窓の外を見ていろいろなことを考えた。そして、ネネと初めてあった時のことを思い出した。ネネを見たとき、何か運命的なものを感じた。心が動き出す前に体が動いていた。その時はまだ、ネネがアンジェラ家の当主だったとは知らなかった。ヘイドにとってネネが何者であるのはどうでもよかった。今でもどうでもいいと思っている。ヘイドの人生はそこから新たなベクトルへと向かって行ったからだった。


 彼の人生はネネとの出会いによって白い人生から、色とりどりなものへと変わった。ただ何となく生きているものから、明確なものへ変わった。ネネがいるかもしれないという淡い期待を乗せて、クマ高校を受験した。そして、本当にネネに会えた時は本当にうれしかった。彼女は全くと言っていいほど変わっていなかった。


 彼女と同じアルティになって新しい友達、仲間ができて、ヘイドは充実した日々を送っていた。ヘイドにとってソフィアは心の拠り所であり、とても居心地の良い場所だった。それは他のみんなにとってもそうであったはずだ。

「一刻も早くクマに戻ろう。」

「それでいいんですか?」


 後ろからディアの声がした。皿を洗う音はもう聞こえなくなっていた。そして、ディアは後ろから抱き着いた。彼女の大きな胸がヘイドの背中に当たった。ヘイドはどうしていいかわからなかった。

「大好きですよ。」

 ディアはヘイドの耳元で囁いた。それはこそばゆく、恥ずかしく感じた。ディアからは甘い、いい香りが漂ってきて、ヘイドの鼻を刺激した。ヘイドは全くこんなことには慣れていなかった。そして、心臓がばくばくした。


「あの・・・」

「もうちょっとこのままでいてください。」

 ディアは強めに言った。

「いいよ・・・」


 ヘイドは諦めた。そして、段々ディアの抱擁が心地よく感じるようになった。ヘイドの心は落ち着きを取り戻した。

「ご主人様、一か月ここに留まりませんか?」

 急な提案だった。

「何で?」


 ヘイドはそのままの姿勢で聞き返した。

「隠れ里では、闇の魔法使いの修業ができます。正直に言って今のご主人様は弱すぎます。頭脳、魔法の知識他のメンバーを大きく上回っていますが、圧倒的に戦闘力が足りません。これでは将来的に困りますし、ソフィアの足手纏いにしかなりません。」

 ディアは容赦がなかった。その言葉はヘイドの胸にぐさりと刺さった。しかし、それはありがたいものであった。

「そう・・・だね。」


 ヘイドは同意せざるを得なかった。すべて本当のことだったからだ。

「では、今日から特訓ですね。」

「一応、他のメンバーに伝えたほうがいいよね?」

「みんなランダム転移させられているので、集まるのに時間がかかるでしょう。たぶん、世の中は大変なことになっているかもしれません。」


「だからこそ言ったほうがいいのでは?」

「取り合えず、ご主人様は私・・・ではなく、特訓に集中してください。」


 ヘイドとディアは外に出た。

「誰もいないね。」

「この辺りは結界が張ってあって人は入って来れませんからね。」

「じゃあ、二人っきりってこと?」

「そうですね、二人っきり。」

 ディアはなんだか嬉しそうだった。


 ヘイドは一か月美しい、人気のない隠れ里でディアと一緒に魔法の特訓をすることになったのだった。

「今日は迷宮の一階を攻略しましょう。」

 ディアはなぜか自慢げにそう言った。


「迷宮?」

「あの、初代宰相のシモエさんが造った迷宮です。」

「そう言えばシモエさんって闇の魔法使いだったんだっけ。リテラのご先祖様か。」

「はい、会ったことはないですけど、ヘイド様に会うまで暇だったので、里にある本を全て読み漁って魔術とか歴史とかの知識を身に着けたのです。その時、シモエさんの書いた本がいっぱいあったんですよ。その中に迷宮についても書いてあったのです。」

「どんな迷宮なんだ?」


「全百階層の訓練用迷宮です。」

「百階・・・」

「大丈夫です。三十階まで行ければ、スミレさんくらい魔法が使えるようになります。いずれは百階まで行ってもらいますが。」

「訓練用って?」

「それはですね、実践訓練のために造られた迷宮だということです。だから、中では絶対に死にません。ある程度のダメージを受けたら入り口に強制転移させられます。私もついていることですし。大丈夫ですよ。」

 ヘイドは安心した。しかし、これは地獄の一か月間の始まりだったのだ。


「ここが入り口です。」

 普通のちょっと頑丈そうな扉だった。その扉は山の崖の麓にひっそりとあった。里は狭いのですぐに見つけられたが。

「なんか、しょぼい。」


「見かけで判断してはいけませんよ。中はとても広いんですから。」

「とりあえず入るか。」

 ヘイドはその扉を開けた。中は暗かった。そして、ディアが入ると扉は閉まってしまった。

「行きましょう。」

「暗すぎる。」


「では、まずは魔力感知の練習ですね。魔力感知とは半径十メートル以内の三次元状態を把握するために使います。それに対して探知魔法は広域の二次元状態を把握するために使います。迷宮では、罠や奇襲を防ぐために常に魔力感知を使います。」

「俺、できないんだけど。」

「知ってます、習うより慣れよです。とりあえず先に進みましょう。」

 ヘイドは壁伝いに迷宮を進んでいった。ディアは普通に歩いているようだった。

「あのさ、光魔法じゃダメなの?」

「照らす範囲が狭すぎますし、敵に自分の居場所を伝えているようなものですからね。」

「はい・・・」


 ヘイドは魔力感知の練習をしていた。そうすると、暗闇で自己防衛の意識が高くなっているのか、半径三メートル以内なら大体わかるようになった。

 その時、何かディアとは別の魔力を感じた。

「ご主人様。」

「ああ、わかってる。」


 ヘイドは剣を抜いた。そして、その魔力のところに素早く突き刺した。血があたりに飛び散った。

「やりましたね。しかし、これでは今までと何も変わりません。ということで剣は禁止にします。」

 ディアはスパルタだった。魔法がろくに使えないヘイドにとってそれは耐えがたいことであった。

「はあ・・・一体何で戦えって言うんだよ。」

「それはもちろん魔法ですよ。」

 ディアは笑っているようだった。暗闇の中でもそれが伝わってきた。

 こうして、ヘイドは地獄の一か月間を過ごしたのだった。そして、魔法の腕が飛躍的に向上したのは言うまでもない。



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