1-52.それぞれの秘密
「ところで、ネネって一体何者なの?」
マコトはキョウの町へ向かう途中で聞いた。
「私は至って普通の少女です。」
「またまた、ネネ様、嘘を仰って。」
スミレは茶化した。
「いや、本当なんですけど。」
「じゃあ、聞き方を変えよう、さっきの魔法は何だったんだ?仲間になるからには、教えてもらう。」
ネネは空を眺めた。
「いいでしょう。私の知っている限りのことを話しましょう。ただ、マコト、あなたも只者ではないですよね?」
「流石に隠し切れないか、ネネが教えた後に教えるよ。」
マコトは頭の後ろをかいた。
「では、お話ししましょう、私の秘密を・・・」
ネネは話し始めた。
「私は、ヒトヨシから徒歩五時間くらいのところの山の中で育てられました。私はお母様である、エレ・アンジェラに育てられました。お父様は遥か昔に死んだ、とだけ教えられました。お母様はその話をするといつも悲しそうにするので私はそれ以上聞きませんでした。
しかし、お母様は本当のお母様ではなかったのです。」
マコトとスミレは驚いた。
「それはどういうことですか?」
「言葉の通りです。ここからは私の憶測ですが、誰かに頼まれて私を育てていたのでしょう。ですから、私は父母を知りません。しかし、当時の私は森で毎日楽しく過ごしていました。」
ネネは懐かしそうな顔を浮かべた。
「その生活は私が八歳だった時に終わりを告げました。お母様が死んだのです。」
ネネはやはり寂しそうな、悲しそうな表情を浮かべた。
「それは、大変だったね。」
マコトは冷たく言っているつもりはないのだろうが、そう聞こえてしまう。
「ネネ様にそんなつらい過去があったなんて・・・」
スミレは自分の姿をネネに投影しているようだった。あたかも、自分が体験したように。胸の中から何かがこみあげてくる。今まで経験したことのない、何かが。それはスミレにはどのような感情なのかわからない。ただ、無性に物寂しくなった。
「それから、私はアンジェラ財閥の代表取締役としていろいろなことを学びました。その過程で、自分だけの魔法を発明して、魔法使いの称号を得たということです。そして、クマ高校に入学して今に至るということです。」
ネネはすんなりと自分の過去を流した。もう乗り越えたのか、諦めたのかはわからない。
「自分だけの魔法?」
「それが私がずっとみんなに秘密にしてきたことです。私だけの魔法、『暇の魔法』についてです。」
「暇の魔法か、想像がつかない・・・」
「ネネ様は『暇の魔法使い』と言われていますものね。」
ネネは息を吸った。まだまだ、キョウの町までの道のりは長そうだった。
「私の魔素量、又は魔力は人の数十倍です。そして、回復も同様です。昔からの体質なのですがね。それだけで、普通の人が使えないような大規模な魔法、例えば、先日の船に欠けた飛行魔法などです。しかし、これは魔力があれば誰でもできるものです。これは暇の魔法ではありません。
暇の魔法とは世の中のすべての事象を私の都合がよいようにする、それを実現させるという魔法です。」
「は?」
「意味が分かりません。」
マコトとスミレはきょとんとした。
「言葉通りの意味なのですよ。すべてのことが都合がよくなる、私は何もしなくてもいい、それが暇の魔法です。」
「それが本当だったら、なんでこんな状況になっているんだ?」
「鋭いですね、暇の魔法とて完全なものではありません。すべてが都合がよくなることはありません。この世の中には、何個かの確定された未来が存在します。例えば、私はいつか死にます。これは、暇の魔法の効力外です。この事象が起こる可能性、つまり、確率が高ければ、暇の魔法は機能しません。
しかし、今回のように確定事項に対して抗うということもあります。核融合炉は私たちが学校に帰って来た時に爆発してもおかしくはありませんでした。侵入者によって何かが成されたのなら、もっと前に爆発してもおかしくありませんでした。
でも、今回は私たちが対処できた。これも暇の魔法のおかげなのです。そして、私とマコトが、クマでしたこと。それは、マコトがクマの町全体に結界を張りました。これで、被害は最小限に止めます。そして、私が結界内の人をランダムに転移させたのです。」
「なるほど、どういう仕組みなんだ?」
「転移魔法は本来膨大な魔力が必要で、普通の人にはできません。それを人口二千万人に施すのは無理です。しかし、暇の魔法を応用すればできなくはないのです。
まず、転移魔法の理念を取り払います。転移魔法とは瞬間的に他の場所に行くことです。そして、それには膨大な運動エネルギーが必要です。
それに対して私の転移魔法はある物体が次の瞬間、他の地点にある可能性を考えます。その可能性は限りなく低いですが、その可能性はゼロとは言えません。その可能性を暇の魔法によって引き出せば、わずかな活性化エネルギーによってその現象を引き起こすことができるのです。」
「全く、わかりません・・・・」
スミレが自身がなさそうに言った。
「わからなくても大丈夫ですよ。」
「そうか。で、なんでランダム転移にしたんだ?」
「え・・・それは、みんな同じ場所に転移すると食料、泊まる場所が足りなくなるので、ランダムに転移させました。いちいち指定するのも面倒くさいですからね。でも、余程運が悪くない限りどこかの大都市にいるはずです。」
「じゃあ、ソフィアの他のみんなもどっか見知らぬ土地にいるってこと?」
スミレが心配そうに聞いた。
「そうですね・・・そうなりますね。」
ネネは段々不安になってきた。普通の人は見知らぬ土地に放り出されては生きていけないかもしれない。
「心配しなくてもいい、ネネがやったことはあの状況かで最善の選択だったはずだ。」
マコトはネネを励ました。ネネに少し笑顔が戻った。
「これくらいでいいですか?」
「これで、ネネ様のことは完璧ですね。うへへへへへ。」
スミレはいつもの調子に戻ったようだ。
「ありがとう。教えてくれて。」
「くれぐれもここだけの話にしてくださいね。」
「では、今度はマコトの秘密について教えてもらいましょうか?」
しばらくして、ネネはマコトに話題を振った。
「もうとぼけても無駄か・・・」
「だいぶ前から気付いていましたよ。」
「もしかして、マコトもなんかすごい人なの?」
「ええ、そうですよ。」
「はあ、」
マコトはため息をついた。
「私・・・マコトのこと・・全部知りたい・・・」
ネネは上目遣いでマコトに甘ったるい声で追い打ちをかけた。マコトは一気に赤くなった。
「ネネ・・・やめて、心臓に悪い。」
マコトは慌てふためいた。鼓動が早くなっていくのがわかる。
「そうですか?」
ネネはいつもの冷淡な声に戻った。
「ネネ様ってそんなこともできるんですね。私もやってほしいです。ネネ様とベッドで二人っきりになって・・・」
ひとまず、妄想馬鹿は放っておきましょう。
「ああ、仕方がないな。」
マコトには後がなかった。
「僕は実は『氷の魔王』なんだよ。」
「へ?」
どうやら妄想は済んだようだ。スミレにとっては寝耳に水だった。
「私の周りってもしかして凄い人ばっか?」
「そうですね・・・」
「魔王って、あの魔帝みたいな?」
「似てるけど、本質的には違うんだ。魔王は世界に選ばれたその属性の魔法の達人みたいな感じ。だから、僕は氷の魔法が得意なんだ。」
「ほー、なんか、もっとかっこいいものかと思ってた。」
スミレは少し残念なようだった。
「ネネに比べられるとね、僕も何とも言えないよ。」
「いやいやいや、マコトのほうが私より魔力量多しですし、私よりも強いですよね?」
「本気のネネを相手にしたことがないからわからないけど・・・」
「いいですか?スミレ、この人は化け物です。」
「はい、わかりました、ネネ様。」
スミレはすんなりと受け入れた。それなりに二人のことを知っていて、それがしっくりと来たからだ。
「それに魔王の力はそれだけではないのでしょう?」
ネネは鋭く指摘した。
「ネネはどこまで知っていて聞いているのやら。」
マコトはもうどうとでもなれと思った。
「確信はなかったですがね、誘った時から私より強いとわかっていましたよ。」
「はあ・・・」
「ネネ様には隠し事をしても無駄なようですね。」
スミレはなんだか嬉しそうだった。まるで自分が褒められているようですね。悪い気はしませんけど。
「ああ、全くだ。」
マコトは勘弁してほしかった。でも、彼女の仲間になったのだ。これが敵ではなくて本当に良かったと思った。
「で、教えてもらえませんか?」
「はいはい、僕たち魔王は世界の意思の一部なんだ。」
「世界の意思ってなんなの?」
スミレにはわからないことが多すぎた。今日だけでも新しく知ったことが多い。スミレは自分の無知を思い知った。
「世界の意思とは最終的な世界の在り方を決定できる存在のことですよ。要するに世界を裏から操っている。そうですよね?」
「僕が言いたかったことを・・・わざと?」
「たまには私にもかっこをつけさせてくださいよ。」
「ネネ様はいつでもかっこいいですよ。まじ天使。」
最後のが余計ですね・・・。
「ネネが言ってことで大体全部だけど、世界の意思は他の七人の魔王そして、黒龍も該当する。そして、世界の意思は絶対ではない。その決定を覆せる存在もいる。」
ネネは敢えてヘイドのことは隠しておいた。
「魔王って八人いるの?」
「そう、炎、水、氷、雷、風、光、草、地です。」
「あと、黒龍ってのは竜族の長で神話の時代から生きている強い竜だ。」
「竜って・・・なんかかっこいい。」
「敵に回した本当にやばい。」
「今のところそのつもりはありませんから。」
「それはよかった。」
ネネとマコトはスミレを見つめた。何か言いたげな様子で。
「私、二人みたいなたいそうな秘密ないですよ。」
スミレは後ずさりをした。
「私・・・スミレのこと・・・もっともっと知りたい。」
ネネはほっておけない系の美少女を見事に演じた。スミレは頭がのぼせてしまった。効果覿面のようですね。ちょろいですね。
「私・・・なんでも言います。」
即答でした。
「じゃあ、教えてください、あなたの秘密を。」
ネネはもとに戻った。
「もっと見たかったです。」
スミレは駄々をこねてみたが、もう一回やってくれるはずもなく、彼女は語りだした。
「私はコウカの里、出身なんです。」
「コウカの里って確か忍びの里の一つだよね?」
「そうです。コウカの里とイガの里は忍びとして帝国やその他の組織に雇われ、暗殺や偵察、尾行、情報収集などを行います。」
「アンジェラ財閥も一部の情報収集を忍びに委託しているとチャコが言っていましたね。」
「はい、ネネ様。そして、忍びは基本的に里の中やイガの里のものと結婚するのがしきたりなのです。私は、棟梁の一人娘として生まれてきてしまって、本当に皆さまの秘密に比べれば大したことがないのですが、イガの里の棟梁の次男と勝手に婚約させられ、危うく結婚されそうになったので逃げてきた訳です。」
「本当に大したことがないのですね。」
「いや、ネネ、スミレにとっては重大なことだぞ。」
「そうですね、私だったら婚約相手を殺しますがね。」
「こわ・・・・」
マコトはネネをより一層恐ろしく感じた。
「婚約の話以外にもちゃんと里から逃げ出した理由はあります。」
「何ですか?」
「それはてへへへ・・・ネネ様です。ずっとファンでしたから。」
スミレは嬉しそうに言った。もしかしたらこっちが本命なんてことはありませんよね。いや、スミレのことでしたら有り得ますね。
「はあ・・・」
ネネはため息をついた。
「これ以上、秘密はありませんね?」
「ああ、今のところはな。」
「はい。」
「私はまだいろいろありますが、重いですし、時が来たら言うことします。」
「まだあるんですか?」
スミレは声を高くしてそう言った。」
「ええ、でもさっきのが一番の秘密ですから。」
スミレとマコトは安心した。
「そう言えば、フタバは?」
「ネネ様の使い魔ですよね?そう言えば、私の子も・・・」
「すみません、たぶんどっかに転移したんだと思います。」
ネネは謝った。
「使い魔は主人がどんなに遠くにいても、その場所がわかるから、いつかは戻ってくると思うよ。」
マコトが二人を安心させた。
「それならいいのですが。」
それからしばらくして、キョウの町に入っていった。まだ太陽が昇っていない早朝だったので、外に出ている人はいなかった。道路には街灯がともっている。空気がみずみずしく感じられた。
「そう言えば、暑くないか?」
マコトは上着を脱いだ。
「夏ですからね、南半球は。」
「だから、森が覆い茂っていたのか。」
「夏なんですか?」
スミレは驚いていた。
「地軸が66.6度傾いていますので。」
「確かに説明にはなっているけど、それで理解できる人がいるわけないだろ。」
「なるほど、単位面積当たりの太陽エネルギーの量が今の時期は南半球のほうが多いってことですね。」
「いた。」
マコトは仰天した。
「わざとだろ・・・」
「どうでしょう?」
スミレはネネの真似をして、冷たく答えてみた。
「わざとだな。」
「そんなことより、さっきの学校の侵入者の行動におかしな点があると思うのですが、どうですか?」
「ああ、足跡を追っただけだからわからないことも多いが、まず、足跡に迷いがなさ過ぎた。あたかも目的地を知っているかのように。」
「そうなのです。真っすぐ、魔力核融合炉と設計図がある部屋に向かっていました。これは侵入者が事前に場所を知っていた、ということです。」
「そうなるな。」
「ネネ様、すごいです。探偵みたい。」
「侵入者は以前に来たことがあるか、地図を持っていたかと言うことになります。」
「探知魔法を使えば、わかるんじゃないか?」
「いいえ、あの空間では魔力核融合炉からのエネルギーが大きすぎて、正確に探知できないのでその可能性は低いでしょう。」
「確かにそうだな。」
「以前に来たことがある可能性はないんじゃないですか、ネネ様?」
「今のクマ高校が建てられたのが二千年前くらいだから、それより前から生きていれば旧王城内に入ることはあったかもしれません。ですから、低いですが捨ててはいけません。」
「そう・・・ですね。」
「地図なんてあるのか?」
「地図と言うよりかは設計図でしょうね。」
「そうか、設計図を見れは一発でわかるな。」
「この可能性が一番高いと思います。そして、侵入者の目的は?」
ネネは質問を投げかけた。
「それは、設計図を奪うためじゃないのか?」
「それも一つでしょうが、それならば、核融合炉に細工をする必要はありません。」
「それはそうだな。」
「本当の目的はクマの町の破壊もしくは・・・」
「もしくは何ですか?」
「その話は中に入ればわかるでしょう。」
「中って?」
スミレとマコトは気が付いていなかった、彼らはキョウの町で一番高く、立派な建物の目の前にいることを。
「アンジェラ財閥本部よ。」
ネネはそう言った。
読んでいただきありがとうございます。感想書いていただければ幸いです。




