1-50.予言者2
「シュリーフェンさん、私のお母様について教えてください。」
私は急に立ち上がった。そして、テーブルに両手をぱんと置いた。この人ならお母様がなぜ消えたのかを教えてくれるかもしれない。人は死ぬとき普通は消えない。だが、お母様は光となって・・・
「ネネ・アンジェラ・・・・君のお母さんは面白い人だよ。だが、君にこの話を聞く勇気はあるかい?」
ネネは座った。そして、うつむいた。
「聞く覚悟ならお母様が死んだときにすでにできています。」
「ならいいだろう。」
「ヘイド、アルベール先生、ちょっと席を外してくれませんか?」
「えっ、でも・・・」
ヘイドは躊躇った。
「お願いします。」
「はい・・・」
ヘイドとアルベール先生は出て行った。
「では話そうか。」
「はい。」
ネネは背筋を伸ばした。
「エレ・アンジェラは神によって創り出された天使という存在だ。」
「天使・・・」
「そう、二千年以上前に神が世界の意思だったころに創られた。彼女の肉体は主人によって魔素を供給されなければ生きてはいけない。しかし、魔帝が神を殺したときに引き取ったと考えられる。実際、エレは文献の上では魔帝の最古の配下であり、魔帝のメイドを務めていたらしい。」
「お母様がメイド、なんか納得できますね。」
私は微笑んだ。お母様らしい。お母様はいつもきちんとしていた。お母様のことを思い出すと、胸が締め付けられる。お母様と別れたのが昨日のことのように思い出される。
「魔帝は姿を消す前、与えられるだけの魔素をエレに与えたらしい。そして、エレは永らえることができていた。しかし、不運なことに君が目覚めてから八年で魔素が切れてしまった。そして、肉体を維持できなくなり残念にもなくなってしまったということだよ。」
「そう・・・だったんですか。」
私はぐっと涙をこらえた。
「お母様は二千年以上生きていたということですか?」
「そうだよ。人間や魔族の寿命は五十から二百年くらいだけど、人ではないもの、例えば天使、神、吸血鬼とかは魔素が尽きない限り死ぬことはない。だから、魔帝は今でも生きていると考えられる。そして、魔帝が倒した神々も不死身だったそうだ。今だと、黒龍かレイリ様辺りが一番長く生きているんだろうよ。」
「レイリ先生が?」
「世界史で習わなかったのか?レイリ・テロメア、テロメア家の創始者。」
「習いましたけど、まさか同一人物だったとは・・・」
「まあ、食えないやつだ。一応気を付けといたほうがいい。」
「そうですか。ちなみにあなたは何歳なんですか?」
シュリーフェンは見た目は二十代前半といったところだろう。しかし、レイリ先生はあの見た目で二千歳以上なのだ。聞くに越したことはない。
「俺かい?痛いとこつくね。まあ、ざっと千歳くらいかな。」
「あなたは本当に何者なのですか?」
「予言者だよ。」
「その割には未来のことには一切触れないのですね。」
私は威圧した。
「ああ、君たちという不確定要素によって俺の予言が外れそうだからね。お陰様でね。」
シュリーフェンはうろたえる様子もなかった。
「そうですか。」
「ネネのお母さんってエレ・アンジェラって言うんですね。」
「ああ。」
アルベール先生はそっけない返事をした。ヘイドとアルベール先生は扉の前で立ち話をしていた。
「もしかして、歴史に登場するアンジェラ財閥の創始者と同一人物だったりするんですか?」
「さあな、俺は知らない。」
「先生は俺が闇の魔法使いだと知って何も思わないんですか?」
「それはどういうことかい?」
「周りの人の目が気になって・・・」
「君は今まで闇の魔法使いだったことで不利益を被ったことはあるかい?」
「ない・・・ですけど。」
「友達に仲間外れにされたことはあるかい?」
「ない・・・ですね。」
アルベール先生は眼鏡を押さえた。
「人間というものには基本的に他者に興味はない生き物だ。そして、興味を持つと友達という関係になったりする。本当の友達なら君のことを何者であっても認めてくれるだろう。そして、ソフィアのみんなは君のことを信頼しているし、仲間だと思っている。そして、他の人は君に興味はない。だから君は何も不自由なく生きて行ける。」
「はあ・・」
「この学校がアルティを作った理由のがそれだ。四十人のクラスだと、関わる人が多くなるが、密度は薄い。だから、人は与えられた情報のみで判断してしまい、それがいじめにつながったりする。しかし八人という少人数にすることによって密度は濃くなり、他のアルティの人と関わることはほぼない。だから、いじめは少なくなるのだ。まあ、いいアルティに入れなかったときは大変だがな。」
「そういうものなんですか?」
「ああ、君は実にいい仲間を持っている。しかし、君たちは真の意味でそれぞれを理解していない。」
「どういうことですか?」
「彼らは曲がりなりにもそれぞれが秘密をもっているということさ。」
「どうして・・・」
「まあ、時が経てばわかるようになる。」
そのころ、部屋のなかでは。
「証拠はないが、私は断言できると言ってもいい。」
「何をですか?」
「君がエレ・アンジェラの実の子ではないということだよ。」
ネネはうつむいた。私がお母様の子ではない?信じたくない。心のどこかでは気付いている。薄々感じてはいた。お母様が天使だと告げられた時に。
「なぜ?」
ネネはこぶしを握った。そして、一筋の涙を流した。
「はあ・・・」
ネネはため息をついた。そして、笑った。
「私にとってお母様は血がつながっていなくても本当のお母様です。」
わかっていた。こんなに簡単に片づけてはいけない問題なのを。でも、今は自分を納得させたかった。綺麗ごとではない。本心でそれを言った。そうしたら、今まで感じていた違和感がのどを通っていった。
「理由を聞かなくていいのか?」
「いいんです。」
「では、そろそろ宿に戻り給え。気持ちの整理もしたいだろうし、今日はいろいろと言いすぎた。」
ネネとシュリーフェンは扉を開けた。
「話は終わったかい?」
「はい。」
ネネの顔には涙の跡形もなかった。
「ああ。大事なことを言い忘れていた。世界の意思の話だけど、他言無用だよ。普通の人がこのことを知ると始末されるかもしれないから。」
「怖いこと言うんですね。」
「でも、シュリーフェンの言っていることは本当だ。気を付けたほうがいい。」
「わかりました。」
「俺はこいつと話があるから、先に戻っていてくれ。」
「はい。」
ネネとヘイドはその小屋から出て行った。アルベール先生は二人が雑木林に入っていくところを見届けた。
「あんちゃんはまだあの二人に自分の正体を明かしてないんだな?」
「ああ、普通の学生生活を送ってほしいからな。それより、あの娘は一体何者なんだ?」
「ネネ・アンジェラ、彼女はの正体はわからない。ただ、一つわかったことがある。」
「何だ?」
「あの子はいずれ世界を滅ぼすということはな・・・・」




