1-49.予言者1
次の日は自由行動だったので、ネネとヘイドはアルベール先生に連れられて、預言者のシュリーフェンという人のところに行った。薄暗い路地を抜けた先には森があった。石畳は苔に覆われて、あたり一帯は雑木林のようになっていた。建物はそこからぽつっとなくなり、小道の両側には緑がおおい茂っていた。朝だというのに薄暗い印象だ。その雑木林のなかに一軒家がひっそりとたたずんでいた。
「さあ、ここだよ。」
アルベール先生は不思議がっている私たちを少しだけ安心させた。アルベール先生は木の扉をノックした。
「あいよ。」
すぐに扉が開いた。そこには上半身裸というか、パンツ一丁のムキムキのお兄さんがいた。
「おい、お前相変わらずだな。」
アルベール先生は笑い飛ばした。
「あんちゃんも元気そうでなによりだ。まあ、入ってくれ。」
「格好についてはノーコメントなんですね。」
「ああ、そうだな。決していいわけではないが、悪いわけでもない。」
「ヘイドは何を言っているのですか・・・」
ネネは半ば呆れてその一軒家に入っていった。
中は思っている以上に広かった。ネネたちは三人掛けのソファが二つ向かい合っておいてある部屋に案内された。
「お世辞でも綺麗とは言えませんね。」
「ああ、全くだ。」
部屋はものであふれかえっていた。脱ぎ捨ててある服や資料、本などが机や床に散らばっていた。掃除もあまりされていないようだ。
「汚くてすまんな。」
「この人が預言者のシュリーフェンだ。二人が一体何者であるかと言うことを教えてもらう。」
四人はそれぞれソファに掛けた。埃が俟った。
「よろしくお願いします。」
ネネとヘイドは頭を下げた。
「ああ、別に構わんよ。それより、君たちはこの世界を本質的に支配しているのは何か知っているかい?」
ネネとヘイドは固まった。
「知りません。そもそもそのような存在があるのですか?」
「帝国ではないんですか?」
シュリーフェンは笑った。
「この話をすると大体の人は帝国だという。いや、あんちゃんは面白いのを連れて来たね。」
「面白いものを見つけるのは僕の十八番だからね。」
アルベール先生は笑った。
「存在そのものを疑う人は珍しい。名はなんという?」
「ネネと申します。」
「そうか、ネネか。確かに君の言った通りこの世のすべてを支配する存在はいない。まあ、いるのかもしれないけど俺にはわからない。」
「もう一人の君は?」
「ヘイドです。」
「ヘイド、なぜ君は帝国だと思った?いや、これはとても一般的な回答だから安心してくれ。」
「はあ、人を支配しているのが帝国だからです。」
「この答えにたどり着くまでには、この世界の歴史を掘り起こさなくてはならない。少し長くはなるがね。」
シュリーフェンはたばこに火をつけて、一吸いしてから話し始めた。煙がゆっくりと部屋の天井へ上がっていった。
「昔、まだ帝国がないころ、世の中は神と呼ばれる存在によって支配されていた。神たちは争いをし、人間や魔族を争わせていた。それは人間の信仰の対象となっていた。しかし、神というものは人間がそう呼んだだけであり、絶対的な存在ではない。そして、正しいとは限らない。だが、人間は神を正しい存在として捉えた。本当は人間も神も変わらないというのに。
そのような争いを繰り返してきた、過ちだらけの世界、そのスパイラルを終わらせようとしたのが、魔帝アレだった。彼女はアソ魔国の魔王となり、誰もやろうともしていなかった、大きな国、世界を一つにするために世界を相手に戦争を始めた。それは神という存在を人々に否定させることであり、以前の体制を一気に崩壊させるものであった。魔帝は世界大戦と同時に神を殺していくことを進めた。二千年前まではその神と呼ばれた存在が世界の意思としてあった。」
「世界の意思ですか?」
ネネはシュリーフェンを見つめた。
「そう、世界の意思だ。最終的な決定権、魔法の管理などができる。しかし、魔帝は世界の意思を滅ぼし、世界帝国を造り上げた。世界の意思がいなくなった世界は新たな体制を欲した。
それは、魔帝、黒龍、魔王を三つの世界の意思として、君臨させる体制である。だが、それは一人の魔法使い、今では闇の魔法使いと呼ばれている存在によって一部が崩された。闇の魔法使い、又の名をシモエ・アタランタという。」
ヘイドは息をのんだ。こんな話は初耳である。二千年より昔のことは、史料が少ない。だから知らなくて当然なのだが、世界の意思というものは想像もしたことがなかった。
「シモエ・アタランタ・・・・」
「彼女は今の宰相家をつくった。正史ではアレ・ヒエダは跡継ぎがいなくて、帝国の全権がアタランタ家に渡ったとされているが、これは間違いだ。本当はシモエが闇の魔法使いの能力を使い、魔帝を封印したとされる。こうして、魔帝は世界の意思から外されることになった。そして、今の世界の意思は黒龍と魔王だ。」
「ちょっと待ってください。魔帝は死んだんじゃないのですか?」
「ああ、政府の発表は死亡だが、俺の知っている限りではどこかで封印されているという噂だ。闇の魔法使いの力をもってしても魔帝に勝つことはできないと俺は思う。」
「魔帝は生きている・・・」
「そうだ。」
ネネとヘイドは驚きを隠せなかった。
もし、生きているとすれば、どこに、そしてなぜ表舞台に出てこないのか?そもそも、生きているのなら、アンジェラ財閥の情報網には引っ掛かるはずなのにそんなこともない。手の届かないところにいるのか?
「世界の意思と言うのは結局どのようなものなのでしょうか?
一旦、考えを保留した。
「ああ、簡単にいうと世界を裏から操っているってことだな。そして今、二千年間存続した帝国が暗礁に乗り上げてしまった。彼らは二千年間、世界の意思として世界に干渉してこなかった。世界が平和であってほしかったのだろう。しかし、世界平和の象徴たる帝国が傾いた。これを立ち直すことは難しい。だから、彼らは世界に干渉し始めた。百年くらい前からな。」
「干渉って具体的に何をしているんだ?」
「今のところ確認されているのは魔王を七人そろえるということだ。」
「魔王ってアレのような?」
ネネとヘイドは質問攻めをした。
「魔王ってのはな、決して悪い奴じゃなくてすごい魔法が使える、世界の意思によって選ばれた人間のことさ。この制度が始まったのは二千年前だ。
草の魔王、炎の魔王、水の魔王、氷の魔王、雷の魔王、土の魔王、風の魔王、光の魔王の七人の魔王がいる。彼らは生まれた時から、決まっており自身は何らかのきっかけでそれを自覚すると言われている。
自覚し、その能力をさらに向上させようと、魔王が世界に働きかけたとき、魔王の覚醒という現象が発生する。覚醒する前と後では能力が桁違いだが、覚醒は試練のようなもので並大抵の人では耐えられないらしい。今、覚醒しているのは三人だ。
先代の魔王が死ぬと周期は不明だが次の魔王が生まれてくる。今は全部の魔王がこの世界に存在する。それは世界の意思がこの時代に七人の魔王を集結させたからだと考えられる。他に質問は?」
ヘイドは天井を見上げた。
「世界の意思は正確には八人いるってことですか?」
「ああ、でもな、魔王たち一括りでまとめられることが多い。」
「魔王が七人そろうとどうなるのですか?」
「さあ、それは俺にもわからん。だが、前回魔王が全員揃ったのは千年前のことだ。それくらいの確率ってことだ。」
「そうなのですか。」
「ずっと気になっていたんだけど、闇の魔法使いって何なんですか?」
ヘイドは緊張した様子で聞いた。この流れだと、ディアが答えてくれなかったことを答えてくれそうだった。ヘイドは深呼吸をした。
「闇の魔法使いとは、世界の不確定要素の一つだ。世界の意思に匹敵する力を与えられ、世界の意思に干渉されない、自由な存在だ。」
「不確定要素?」
「まんまだ。世界の意思は大体時の流れを読むことができ、望む方向へ動かすことができる。これを干渉という。多くのもの、人はこれに左右されてしまうが、闇の魔法使いは一切左右されないということだ。
前回の闇の魔法使いのシモエ・アタランタは世界の意思であったアレに反旗を翻し、成功している。そして、二千年続く帝国を繁栄させた。」
ヘイドは考えこんだ。そして、少し経ってから声を出した。
「俺は・・・俺は・・・何をしたらいいんですか?この世界で。」
「それは俺には答えられない。少なくとも何かをしなければいけないことは確かだね。」
「はい・・・」
ヘイドはがっかりしたような顔をした。




