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カミトキ  作者: 稗田阿礼
第一章 学園編
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1-4.エレ・アンジェラ4



お母様はそう言って悲しげな表情になった。私はこの話を聞いて思わず涙が出てきてしまった。頑張って、世界のために尽くして、世界に平和をもたらした魔王が最後に部下に殺されるなんて、おかしい。切ない。何も報われない。私は気が付くと大声で泣いていた。

「大丈夫よ。」

お母様はいつもよりか細い声で私の耳元で囁いた。お母様も泣いていたのだった。

「お母さん、泣いてるの?」

 私はお母様の背中を撫でた。いつも、お母様がしてくれるように。

「うんん、」

しかし、お母様は泣いていた。こんなに切なすぎる話は、お母様でも泣いてしまうのだ。私もまだ泣いていた。お母様は泣き止むと私にこう言った。

「大丈夫、大丈夫だよ。」

お母様は抱きしめてくれた。しかし、その体が震えていたことを私はまだ覚えている。

「そろそろ、寝ましょうか。」

お母様は明かりを消して、私たちは寝たのだった。


 私は暗く長い廊下を歩いていた。独りぼっちで、すごく怖い。

「お母様。」と呼んでみるけど、返事はしない。私は怖くて泣き出してしまった。しかし、ここにはお母様はいない。泣いてても慰めてくれる人はいない。そう考えるだけで、より一層涙があふれてきてしまう。でも私は気が付いた。泣いてるだけじゃ始まらない。動かないとここを抜け出すことができない。

なぜか私はそれを知っていた。私は泣くのをやめた。そして恐る恐る一歩ずつ前へ前へと足を運んだ。お母様がいなくなってしまったら、私はこのようになってしまうのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。しかし、今はお母様はいない。

歩いていくと、その先に光が見えた。私は一目散に走りだした。こんなに暗い場所にいるのはもうたくさんだった。走って走ったら、光はだんだんと近づいてきた。どうやらその光は扉の窓から漏れ出ているものらしい。私は勢いよく扉を開けた。


 私は目を覚ました。私は泣いていた。お母様は心配そうな顔で私を見ていた。

「大丈夫?悪い夢でもみた?」

私は、手で目をこすった。涙が私の手についた。お母様は、私の手をとり、包んでくれるとともに、私の背中を撫でてくれた。私はやっとさっきのことが夢だと気が付いて、ほっとした。しかし、声は出なかった。


 朝ごはんを食べているときお母様は今日は山登りに行かないかと私に聞いてきた。

「いいけど、なんで?」

「ネネに見せたい景色があるの。」

私たちは山登りに行くことになった。昨日が雨だったこともあり、地面がぬかるんでいた。お母様は私が転ばないように手をつないでくれた。森の湿って、少し冷たい空気が頬に当たって気持ちよかった。


今日は曇りだったので、あまり山登りに向いていないなとはじめは思っていたが、だんだん歩いていくうちに体が熱くなってきたので、ちょうどいい感じだった。だんだん標高が上がるとともに、木が低くなってきた。そしてついに木がなくなって、草原になった。お母様はこれを森林限界というと教えてくれた。そして大体標高3000mくらいの範囲に存在するらしい。お母様は地理を勉強しているときに、ここは本来亜熱帯気候なのですけど、標高が高いので、温帯とほぼ同じ気候になります。なので、四季が存在するし、過ごしやすい気候になっているのですと教えてくれた。

「ネネは体力あるね。」

お母様は歩きながら話しかけてきた。

「うん。」

「こんなに歩いてもまだ疲れたとか言わないんなんて。」

お母様は感心しているようだ。私は実際疲れていなかった。毎日、森ではしゃぎ遊んで、時には遠出をしているので、体力はついていたのだ。

「お母様は疲れていないの?」

「ええ、でもちょっと休憩にしましょうか。」

 お母様は地面に座り、水筒を鞄から取り出し飲んだ。

「いる?」

「うん。」

私は水筒を受け取り、それを飲んだ。中に入っていたのは緑茶だった。つめたい緑茶がのどを通って、気持ちよかった。


「そろそろ行きましょうか。」

 しばらくしてから、お母様は水筒を鞄にしまって立ち上がった。

「はい。」

わたしたちはまた登り始めた。頂上に近づくにつれて、斜面はだんだん急になってきた。お母様は私をおんぶして山を登った。私は変な気分だった。急に目線が高くなって、今まで見えなかったものが見えてくる。お母様は顔色一つ変えずどんどん登っていった。


やっと頂上に着いたのだった。私はこの山の頂上に来るのは初めてだった。

「どう?綺麗でしょ。」

「はい。」

どこまでも山々が続いているように見えた。しかし、私は大きな川沿いに建物らしきものが密集しているのを見落とさなかった。

「お母様、あれは何でしょう。」

私はそこの方向を指して言った。

「あれはヒトヨシの町ね。たまに旧王都へ行くときや、ダザイフに行くときあそこから列車に乗るのよ。」

「町というのは人が多く暮らしているところですか?」

「ええ、そうよ。」

「何で人は集まって暮らしているの?」

私が抱いた素朴な疑問であった。当時は私とお母様は自給自足の生活をしていたので、私は人が密集して暮らす必要性を感じていなかった。

「それは、そうね。町に行けばわかるわ。今度町に行きましょう。」

 お母様はそう言って遠くのほうを眺めた。どこか懐かしいような、そんな顔をしていた。山頂は風を遮るものもなく、標高も3500mくらいらしいので、気温も低かった。とても夏とは思えない肌寒さであった。歩くのをやめてから少し経っていたので、だんだん寒くなってきた。お母様は私を引き寄せた。


「私があなたに見せたかったのは、町ではなく、あれよ。」

お母様は町とは真逆の南の方角を指さした。曇っていた空はだんだんと晴れてきて、太陽が雲の間から顔を出していた。私はお母様の指している方向を見た。森を越え、山を越え、谷を越え、平野を超えたその先にそれはあった。私はかねてからお母様の話には聞いていたのだが、見るのは初めてだった。

「あれが海よ。」

お母様はそういった。

「海・・・」

私は思わずその言葉を繰り返してしまった。あまりにも遠くから見ているため、その色、質感はわからなかったが、大量の水が存在していることはわかった。

「すごい・・・」

「でしょ、ネネには海を見てほしかったのよ。そして、陸の大きさ、海の大きさ、そして世界の大きさを知ってほしかった。」


私は、あらためて私の小ささ、そして、無力感を認識した。ああ、なんて私は小さく世界は広いのだろう。正直、聞いていただけの海はただの概念、想像、自分とは無縁で何も関係ないものと漠然としか捉えていなかった。しかし、今それははっきりと脳裏に焼き付けられた。


下山して、家に帰るともう夜になっていた。夕暮れの森を二人で帰ったのである。森は夜になるととても危険である。夜行性の魔物や肉食動物がうろうろし始めるからだ。まあ、お母様がいればどうにかなりそうではあるが。夕飯を食べて、疲れたので寝ることにした。

 今日はお母様が海にまつわるお話をしてくれるそうだ。


「昨日魔王が世界を統一した話をしたんだね。その統一過程でいくつもの海戦が行われた。その中でも有名なのがツガル海戦です。魔王はノイン大陸を統一したあと、国が乱れていたノーズ大陸のノーズ帝国を攻めます。当時一番国家としては大きかったのですが、ノーズ帝国はちょうど衰退期に入っていたのです。しかし腐っても鯛、帝国は強力な海軍を持っていました。

魔王の海軍は当時最新鋭の戦艦を備えてはいましたが、数はノーズ帝国には劣っていました。こうした劣勢の状況下で魔王は帝国に戦いを挑んだのです。魔王の国当時ノイン帝国と呼ばれていましたが、その主力は反対側のノイン洋にあったのでわざわざ軍を半月かけて反対側まで持ってきたのでした。当然兵たちは疲れています。その状況で戦う。それがどんなに劣勢であったことでしょう。

 

戦闘は夜に行われました。はじめはノイン帝国が優勢でしたが、戦いが長引くにつれて、数で優勢なノーズ帝国が押してきます。そこで魔王は言います、

『全軍、撤退する。』と。

いくら負けてたとはいえ、まだ勝ち目があるのに撤退を命令したのです。皆は不思議に思いながらも魔王の言うことに従います。相手は、

『あの魔王軍が引いたぞ。やったー、勝利だ。』と船の上はどんちゃん騒ぎとなってしまいます。


しかし、そこの船たちの上に黒い雲が突然現れたのです。実は魔王はこのことを予期していて軍を引いたのです。ノーズ帝国軍が気が付いた時にはもう時すでに遅し、帝国軍は嵐のど真ん中でした。そして、ノーズ帝国の船は半分以上が嵐によって沈没。残り半分は航行不能で、ノイン帝国はほぼ戦わずに勝ったのでした。はい今日のお話はここでおしまい。」


「お母様、どうして魔王は嵐が来るとわかったのでしょうか?」

私はそのことが不思議で仕方がなかった。

「それはね、魔王はちゃんと勉強していたからです。勉強すれば、想像つかないことや、わからないこと、自分の頭で理解できることならすべてわかるようになるのです。」

「ふーん、おやすみなさい。」

「お休み。」

私はその夜はぐっすり眠れたのだった。


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