1-39.帆船レース4
そして、二時間後ネネたちは戦闘の準備に入った。あらゆる可能性を考慮して準備をした。恐らく敵は魔法を使える圏内から魔法の使えない圏内にいるネネたちに向かって攻撃してくる。圧倒的不利なのである。魔法を防御するために魔法を使ってはいけないのだ。しかし、瀬戸に着くのが遅れたのだから仕方がない。だから、作戦会議でどう補填をするのか、とういうことを話し合ったのである。幸いにもソフィア号には砲門が六つある。本来は海賊などに対抗するためにつけたのだが、こんなところに役に立つとは意外であった。
策はないわけではない。ネネはひどく緊張していた。しかしながら、船長としてその不安を顔を出すことはなかった。
「ホンド瀬戸入り口まであと十海里です。」
ホイールを握っていたスミレが教えてくれた。相手はまだ来ていることがわからないはず。探知魔法は一般的に脳が処理できる範囲が二海里くらいだからまだ心配はない。
「ウォッチは何か見えたら言ってください。」
私は真っ暗の中そう言った。今晩は月がなく、暗い闇夜だった。風は相変わらず東から吹いていた。いい追い風だ。大砲の射程は五海里、こちらも探知魔法が使えればいいのに。ちなみに魔法の射程は
「あと、三海里。」
その時、アルベール先生がデッキに上がってきた。もちろん明かりを漏らさないようにして。
「おやすみになられたのではないのですか?」
「いや、あなた方の戦い方がとても気になりましてね。」
「邪魔はしないでください。」
「わかっていますとも。おや、海水が。」
「火がつかないようにするためですよ。」
「火矢でも使うのか?」
「さあ、どうでしょうね。」
「楽しみにしておくとしよう。」
その後、ネネは相手の探知魔法を感じた。
「マコト。」
「はい。」
「戦闘準備。」
ネネは叫んだ。
その直後、
「バーン。」と大砲の音がした。
「面舵―。」
ネネは叫んだ。タイミングはばっちりだった。船は進行方向右に傾いた。次の瞬間、左舷で砲弾が海に落ちて、大きな水しぶきが五つ上がった。
「お見事です。」
マコトが褒めた。
「相手に完全に位置がばれてるな。」
「相手は恐らく三年生のレッドリザードというアルティでしょう。三年生では二番目に強いとか。」
そのころ、ホンド瀬戸の入り口にはネネたちと対峙している、レッドリザードがいた。
「やったか?」
「うん、そのはずなんだけど。」
「おい、ノーフォーク、探知魔法はどうだ?」
「まさか、ううん、私は間違ってない。」
「どうなんだよ?やったんだよな?」
「いや、外してる。敵はこちらへ向かっている。」
「はああ?」
「ノーフォークが言うのなら間違いはないでしょう。砲手が外したのか、相手が避けたのか。どちらかね。」
「で、どうすんだよ。アカディア船長?」
そう、彼女は魔法使いであった。赤い美しい髪と瞳を持つ『紅葉の魔法使い』だった。
「砲撃よおい。」
「よーそろ。」
アカディアはまぐれであってほしいと願った。しかし、うちの砲手のディケンズはたとえ暗くても、相手が動いていたとしても正確に撃てる人だった。
そのころ、ソフィア号では、
「閃光弾。左舷に向かって打てー。」
「はーい。」
イオが閃光弾を打ち上げた。ひゅーうと音がして、パンとホンド瀬戸の方で弾けた。闇夜が光に包まれた。
「ヘイド、射角調整。」
「完了しました。」
即答だった。
「撃てー。」
「バーン。」とまた爆音が響いた。
「見事だね。」
アルベール先生は言った。
「まだこれからですからね。」
「敵、閃光弾を発射した模様。位置がばれます。」
「見たらわかる。どういうことだ?ノーフォーク。」
「おそらく探知魔法が逆探知されたのでしょう。」
「そんなことが可能なのか?」
「よほどの熟練者でない限りは・・・」
「わかった。ありがとう。」
「相手、こちらに向かって砲弾を発射。三発のようです。」
「ダービー防御魔法。」
「はいはい。」
「砲弾、撃てー。」
「取り舵一杯。」
ネネはそう叫んだ。
「アイアイサー。」
船は今度は左に大きく曲がった。右舷でまた大きな水しぶきが上がった。
「面舵。」
ネネは進路を戻した。
「あと二海里です。」
レッドリザードは防御魔法を展開し、砲弾を食い止めた。
「お見事。ノーフォーク、こちらの砲弾は当たっていないか?」
「はい、当たっていません。どうやらよけられているようです。」
本来ならばありえない。砲弾が到達するまでほんの少しの時間しかない。これを避けるなんて人間のなしえる技ではない。
「くっそ。今回の敵は今までの敵と比べ物にならないくらい強い。なんとしても、魔法使用可能圏内には入れるな。」
「はい。」
こちらが撃った砲弾は当たっていないようですね。どうせ防御魔法でも使ってのでしょう。しかし、相手が船を止めている限り当てるのは容易です。何とかして隙をつかないと。避けるのが限界になってきます。
「ヘイド。」
「はい。」
「撃てー。」
ヘイドは船があった場所を正確に記憶してその場所に撃った。その砲弾は相手の船をめがけて真っすぐ飛んでいった。しかし、当たる寸前で防御魔法によって塞がれてしまった。
砲弾は空中でバラバラになったようだった。
「くっそ。魔法さえ使えれば。」
「あと一海里。」
敵との距離もだんだん近くなってきた。もちろん、弾を避けることが一段と難しくなる。魔法が使えない範囲で敵と一番接近する距離は約五百メートル。魔法も砲弾も避けられない。なんとしてでもここは相手に一発当てたいものだ。
「そろそろ魔法攻撃可能範囲です。」
「わかってるよ。」
「撃てー。」
「防御魔法展開。」
「よーそろー。」
「どうしてこっちがわかるんだ?」
「動いていないのがばれているのでしょう。」
「敵、ホンド瀬戸に接近しています。」
「なんとしてでも沈めろ。くっそ、圧倒的有利なはずなのに・・・」
「撃てー。」
またもや防御魔法によって塞がれましたか。あと、もう少し、もう少し持てば・・・
「面舵一杯。」
ネネはうまく相手の砲弾を避けた。
「あと半海里。」




