1-38.帆船レース3
ネネは昼ご飯の後は自分の部屋で寝ることにした。この船は三人いれば何とか回るので他の船員は今晩に備えて休息するようにと命令した。ネネは少し揺れる船の上で横になった。昨日の夜はあまり寝ていないのですぐに寝たのだった。
「船長起きて夕飯の時間だよ。」
ネネは目をこすってむくっとベッドから起きた。うん、よく寝た。起こしてくれたのはヘイドだった。私の隣にはまだフタバが寝ていた。
「ご主人様ってば、ネネを起こすのに十分もかかったんですよ。本当にね。」
ディアはあきれ顔でそう言った。
「いや、あの、その。気持ち良さそうに寝てるもんだから。」
「本当ですか?」
ディアが疑い深そうな顔で聞いていた。
「ヘイド、起こしてくれてありがとう。今何時かわかりますか?」
「あ、今はたぶん六時ちょっと前。」
「ありがとう。それでは、少ししたら参りますね。」
ヘイドとディアが部屋から出て行った。
「人の部屋に入る前は何か言ってほしいものですね、フタバ。」
私は寝ているフタバを起こして、身だしなみを整えた。フタバは眠そうにしていた。もうパジャマを着ている。そして、食堂へと向かった。
ネネたちは食事をした。その後、ネネがホイールを握ることになった。流石に二人交代だときついのだろう。ネネはしっかり寝たので大丈夫であった。季節は秋、十一月であったので、デッキの上では風が吹き寒かった。もう日は沈み、あたりは真っ暗であった。
フタバは私の周りをふわふわと浮いていたが、寒くなったのかネネの近くに寄ってきたので、上着を開いてその中に入れてあげた。フタバの体の温もりが感じられた。
「よしよし。」
ネネはフタバの少しぼさっとした頭を撫でた。
「そういえば、使い魔らしいことしてないね。私はフタバが可愛いからただ側にいてくれるだけでいいんだけど。」
フタバが言葉を理解しているのかまだわからなかった。しかし、使い魔は本来魔法で主人とつながっているはずなので感情はわかるはずだ。
「わかってくれてなくても、いてくれるだけでいいか。」
その時、フタバの体が少し温かくなったような気がした。
「話って何ですか?」
私はホンド瀬戸に入る三時間前にヘイドに船の一番前のデッキに呼ばれた。まだ、みんなは寝ておりホイールからは距離が遠いので誰かに話を聞かれるはずもなかった。
「あの、その、プライベートな話なんだけど大丈夫?」
ヘイドは目線をそらしながら言った。
何か後ろめたいことなのでしょうか?
「さっきはごめん、勝手に部屋に入って。」
「いいえ、別に構いませんよ。あの時起こしてもらわなかったら私は夕食を逃していたでしょうし。」
「あ、よかった。」
「話はこれだけですか?」
私はヘイドがほかに伝えたい何かがあると考えていた。プライベートなことだから今回のレースには関係がないでしょうし、『闇の魔法使い』のことについてでしょうか。でも、私だけに話すというのも府に落ちませんねなどと思った。
「いや、まだあるのだけど。」
「何ですか?」
「それより、星がきれいですね。」
ヘイドは急に星の話を始めた。相変わらず私と目を合わせてくれない。何が言いたいのだろう。
「はい、ここは明かり一つありませんからね。」
私とヘイドは船の柵に肘を置いて寄り掛かり、星を眺めた。確かに満点の星空とはこういうものなのかと言うような空であった。
「何度見ても、きれい。」
私は思わずつぶやいてしまった。しかし、ヘイドの視線の先には星空はなかった。彼はネネ・アンジェラを見とれていた。
「そう・・・だね。」
少し間が空いたのちに、
「ネネも同じくらい・・・」
ヘイドはそれ以上言葉が出なかった。恥ずかしいのか、怖いからなのかはわからない。もしかしたら、彼の言葉はネネに届くのかもしれない。
また、間が空いた。ネネはその間ずっと星を見ていた。ヘイドのことは一瞬頭から忘れて、宇宙の神秘に感動していた。
「あのさ・・・」
ヘイドは今度は大きな気合の入った声でそう言った。
「何です?急に力みましたけど。」
「いや・・・」
ヘイドは緊張していた、ドキドキしていた。怖かったし、不安だった。これを聞くと今までのネネが壊れていくような気がした。ヘイドは勇気を出した。
「ネネって何者なの?」
ヘイドはずっと不思議だった。ネネからは普通の人とは違う何らかのオーラが感じられた。人を超越した何かを。
「いきなりなんですか?」
ネネは笑ってごまかそうとした。
ヘイドはネネの肩を両手で掴んだ。
「真面目に答えてくれ。」
ヘイドは真剣な顔でネネを見た。
「私はネネ・アンジェラ、それだけよ。」
ネネは少しうつむいた。そして、あの時のように冷たい瞳でヘイドを見た。
「そう・・・」
ヘイドはひるんでしまった。
「私が一番知りたいのよ、自分が何者なのか。」
「ごめん。」
「いいえ、誰しも一度は抱く疑問だもの。ただ、この世界は私に都合よくできすぎている。ただそれだけよ。」
ヘイドはその言葉の意味が分からなかった。ただ、ネネは悲しそうだった。




