1-3.エレ・アンジェラ3
ご飯の後はいつもお勉強の時間だ。お母様が言葉や数学その他もろもろ教えてくれる。私はこの時間が好きだ。私が日々不思議に思っていたこと、知らない言葉を新しく学べる。読める本がだんだん増えていくのが楽しい。今日は数学だ。最近やっと足し算がわかるようになって、引き算をやっている。
「引き算は足し算と本質的には一緒なの。一個のリンゴがあって二個のリンゴを足すと三個になるでしょ。引き算はその逆のことをするの。三個のリンゴがあって二個のリンゴを食べると一個になるということ。もう少し大きくなったら、マイナスの概念を習うからその時には同じだってことがわかると思う。」
私はたぶんお母様の言っていたことの半分くらいしか理解していないと思うけど、頑張って勉強している。
「ネネは理解が早いのね。やっぱあの人の子だわ。」
私がお母様の出した問題にいとも簡単に答えるとお母様は褒めてくれる。お母様はよくあの人のことを口にする。一度、あの人とはだれかと聞いたことがある。
「私の大事な人。」
その時お母様はそうとしか答えてくれなかった。それ以来その話はしないようにしている。お母様があの人と口にするたびに嬉しくて、同時に悲しい顔を浮かべるから。
勉強が終わるとお母様は私を寝かしつけてくれる。そして、昔話などを聞かせてくれるのだ。
「昔、まだこの世界に神が存在したころ、一人の天使がいました。その天使は神によって作り出されたものでした。しかし、とある日仕えていた神が魔王に殺されました。その当時この世界の神々は堕落してしまい、人々に戦争ばかり仕向けさせて、娯楽としていたのです。そこで、魔王はこの世界を平和にするために神々を殺すことを決意しました。その一方で、仕えるものがいなくなった天使は路頭に迷ってしまいました。そこに手を差し伸べたのは神を殺した魔王だったのです。魔王は、
『どうか僕に仕えてくれないか?』と言いました。天使は、
『このまま、途方に暮れるよりはましよ。』と言ってその手を取ったのでした。天使ははじめは魔王を信用していませんでした。自分の主を殺したのですから仕方ありません。その一方、天使は真面目でしたから、魔王のメイドとしての仕事を全うしていたわけですがね。天使は魔王のメイドをしているうちに、だんだん魔王のいいところが見えてきます。まず、その魔王は頑張り屋さんでした。人一倍努力して、悩んでこうして魔王としての仕事を全うするとともに、この世界がどうすれば平和になるのかを常に考えていたのです。メイドは魔王は実は優しくてすごい人なのだと気が付きました。それとともに、天使の魔王への評価は変化していったのです。そして、出会って三年、魔王を信頼するようになったのでした。」
お母様は眠そうにした。
「はい、この続きはまた明日ね、今日は遅いからもう寝なさい。」
「えー、もうちょっと話して、お母様。」
私はちょっとがっかりしてしまった。
「もう寝なさい、お休み。」
「お休みなさい。」
お母様は部屋の電気を消して、私の横に寝た。私はお母様をぎゅっと抱きしめた。こうすると安心するのだ。
「あらあら、甘えん坊さん。」
お母様は私を包んだ。とても暖かかった。こうして私は安らかに眠りにつくのだった。
いつものように朝がくる。今日は雨だ。私はつまらないなと思いながら家で過ごすのだった。でも、雨の日だったらいいことが一つある。お母様が昼から勉強を教えてくれるのだ。今日は生物の話だった。今から思うと、五歳児に生物を教えるお母様は普通ではないなと思う。当時は私は何も思わずに勉強していたのだった。そうしてたからこそ今の私があるのだけど。
「ネネは何でネネが生きていると思う?」
「えー、幸せになるため?」
「あー、そういう意味で聞いたんじゃないんだけどな。まあ、そう答えるか。」
お母様は少し困った顔をした。
「生物っていうのはみんな生きているんだよ。植物とか動物とか魔物とか風邪だって生きてる。でも、机とか紙とか家とかは生きてない。この違いは何なんだろう?いろんな人がこのことを考えてきて、わかったことがある。生物は自分を増やす能力を持っている。例えば、花は種を自分の子孫として残したり、鳥は卵で、魔族は子供を産んだりして。こうして、自分を自分ではない形で増やしていくのが生物なの・・・・」
こうしてお母様は世の中の不思議を私に教えてくれる。新しい概念、考え方、すべてを学べる気がする。そう私は思っていた。そして、お待ちかねの夜になった。
「お母様、早く。」
私はお母様を催促した。
「はいはい。」
お母様はスリッパを脱いで、ベッドに入った。
「どこまで、話したから?」
「天使が魔王を信用したところです。」
「そうだったね、じゃあ今日は時間もあるし、全部話しちゃおうか。」
「やったー。」
「では、それで天使は魔王を信用するようになったのだった。魔王は同じく天使に絶対の信頼を置いていました。出会ってから、五年くらいたったころ魔王はほかの国と戦争を始めました。戦争の理由はいろいろあったのだけど、まあ、そこは置いといて、天使はメイドの身でありながら、魔王に信用されていたので、参謀本部の情報部長官になったのでした。参謀本部っていうのは、戦争で相手を負かすように作戦を考える超重要な機関で兵隊さんたちのお偉いさんみたいなものです。天使は情報部だったので、諜報員という情報を集める人達を各地に派遣して、情報を集めてそれを参謀本部に伝えるという仕事をしていたのです。
情報は戦争、いや何においても大切なの。昔のお偉いさんだって、『敵を知り、己を知れば百戦危うべからず。』とか言ってるし。怖いのは相手のことを無知であること、それよりも怖いのは間違った情報を知ることなの。難しいと思うけど、大きくなればわかるわ。その天使は正確な情報を参謀本部に伝え続け、魔王軍は連戦連勝だったのです。
しかし、魔王は賢い人でした。連戦連勝はよくないということを知っていました。一度何においても失敗しないと、成功ばかりしていると、失敗したとき立ち上がることができなくなる。
そこで、天使に聞いたのです、
『戦況にあまり影響せず、味方に被害が少なく、相手に圧勝させる方法はあるか?』と。
天使はあまりにも無茶なことを頼まれてしまったので、慌ててしまいます。
『なぜ、連戦連勝じゃダメなのでしょうか?』と天使は聞いた。
『連戦連勝の軍隊はいつか負ける。そして、負けたショックで立ち直れず、滅びていった国が歴史上にはたくさんある。今の段階で敗北を経験するのはとても大事なことだ。実際に一度敗北を経験し、それを乗り越えられた国は息を吹き返すことが多い。まだ今のうちに敗北を経験しておかないと乗り越えることが難しくなる。まあ、こんなことするのは僕ぐらいだけどな。』と魔王が答えました。
天使は納得し、英知を尽くして作戦を考えたのでした。こうして、その作戦は実際に決行され、味方の被害は少なくなかったが、戦況にあまり影響せず、印象的な敗北ができたのだった。落胆している兵士たちを魔王は励まし、何とか、敗北を乗り越えて、それ以降魔王軍は負けることはありませんでした。
そして、十年後魔王は念願の世界征服を果たしたのです。こうして、この世界は一つの国によって治められるようになりました。人間は魔族に征服されたと初めのころは反乱を起こしたりしましたが、魔王様は人族、魔族、竜族、妖精族などの種族関係なしに統治したため、初めのころは反発があったものの、人々の意識は変えられて、争いはめっきり少なくなりました。このように世界平和は魔王の一人の統治によって完成されました。魔王は本当に天才で先を見れる人でした。そうであったので、世界を統一したら自分は世界の邪魔者、歴史の法則によって排除される存在であるということは知っていたのでしょう。
天使もそれを感じていました。魔王は、自分は一番上の存在ではなくなるために、帝国十人衆会議という議決機関を作りました。議決機関とは、国をどうしたらよくできるのかを考える会議のことです。もちろん、天使もその十人の一人でした。その会議は魔王の腹心によって成り立っていたのでした。
しかし、その甲斐もなく魔王はその十人衆の二番目に強い人に殺されました。しかし、魔王は殺されるということ知っていました。そこで、自分の死ぬ準備をします。魔王上の権限を制限したり、最終兵器を作動させないようにしたり、そこで魔王は一番信用していたメイド、天使に魔王の一番大切なものを託して、死んでいったのでした。魔王は自分の運命を受け入れて、死んでいったのでした・・・」