1-36.帆船レース1
二か月はあっという間に過ぎていった。ネネたちのアルティはわずか五十日で船を完成させた。普通十人ではありえない早さだったが、魔法を駆使して作業効率を上げたのでできた。そして、あとの十日間は試験運転に費やした。
船の名前は「ソフィア号」というのになった。長さ四十メートル、全幅十一メートル、砲門は六つ、マスト二本の十人のためにはもったいないくらいのトップルスクナーであった。船体は黒色に塗装した。帆は白色のままの予定だったが、黒のほうがかっこいいという理由で黒色に染めることになった。
私は船長、航海士兼操舵士はヘイドとスミレ、食事係はケリン、砲手はヘイドと言うことになった。他の人は監視をしたり帆を調整したりすることになった。そして、十日間練習するうちにだんだんと息が合うようになってきた。
他のアルティはもう少し小型な船を造っていたり、リテラのアルティはもっと大型のバークという船を造っていたり、三年生のアルティはもっと大きな船を造っていたりと、多種多様な三十八の船がアリアケ海に浮かんでいたのだった。しかし、あるアルティは船を座礁させてしまったり、航行中に沈んでしまったり、と本番にちゃんとした船を造れたアルティは九十しかなかった。一年生の十六のアルティ、二年生の八 のアルティは失格となり、成績はゼロとなるのだ。
「にしても、ここまででかくする必要はなかったかもな。」
マコトがつぶやいた。
「いえいえ、これはレースですから風をたくさん拾えたほうがいいんですよ。」
スミレが答えた。
「何度見ても立派な船ですね。」
「いつかみんなで世界一周でもしようぜ。その時は俺が船長やってやるから。」
カイがそう言った。
「船長は大変なのですよ。」
「いいさ、それでも俺様はやってやるよ。」
「相変わらずだな。」
ヘイドは笑った。
レース前日の夜、私は妙な胸騒ぎがして眠れなかった。
「心配ですか?ネネ様?」
スミレが私がごそごそとしているのに気が付いたのか声をかけてくれた。
「うん、ちょっとね。」
「散歩でもしますか。」
スミレとネネはこっそりと寝室を抜け出して外に出た。その時、ネネはなにやら人が走っている音を耳にした。
「誰?そこにいるの。」
しかし、物音は消え、人の気配はそこになかった。
「どうしたのです?ネネ様。」
「いや、少し足音がした気がしてね。こんな夜中に・・・」
「きっと猫か使い魔かなんかですよ。生徒だったらそんなことをしなくていいですし。」
「そうだといいけど。」
散歩したからだろうか、私は寝室に戻ると疲れて、そのまま寝たのだった。
次の日、九十の多種多様な帆船が学校の持っている港に並んだ。クマ城は昔海軍基地として使われていたこともあり、頑張って九十もの船を停泊させたのだった。そして、出発を前に全校生徒九百名が集められた。
「諸君、ここまでよく頑張ったと思う。二か月でまともな帆船を造れという無茶苦茶な課題をよくこなせたと感心するのじゃ。残念ながら船を完成させたれなかった諸君は次頑張ってほしい。普通は完成するほうがおかしいのじゃ。ほほほ。」
コバルト校長が話し始めた。
「ではルールの説明じゃ。諸君ら目標はいかなる手段を用いてでも船とアルティ全員、そしてあてがわれる教員をナハ港まで連れて行くことじゃ。魔法の使用は許可するが、アマクサ諸島のホンド瀬戸、及びハヤサキ瀬戸直前までは使用してはならん。また、そのどちらかに差し掛かるまでに他のアルティの船を攻撃したら失格じゃ。もちろん、その前に魔法を使っても失格じゃ。ヤナギノ瀬戸を通過することは禁ずる。破ったら即失格じゃ。失格となった場合は進み具合によって採点する。あとは箒及び飛行のための魔道具の使用は禁止じゃ。あてがわれる教員は諸君らが反則行為をしないか見るためにおり、決して助けてはくれない。助けを借りれば失格じゃ。しかし、強い魔物遭遇した場合や難破した場合は遠慮せずに助けを求めるのじゃ。以上がルールじゃ。諸君の武運を祈る。」
話が終わると生徒たちがざわざわし始めた。
「ずるいよな、今そんなこと言うなんて。」
ヘイドがそう言った。
「ああ、全く大砲を用意しておいて正解だった。本来は海賊や魔物に使うはずだったんだが。」
マコトも同意した。
「え?どういうこと?」
「これはレースじゃなくて、戦いになるってことさ。」
「まあ、ひとまず、船に乗り込みますか。まだ開戦まで時間はありますし。」
「ネネまで、どういうことなの?」
イオはまだわからないようだった。
「要するに他のアルティをぶっ潰したほうが、レースに勝つ確率が高くなるってことだろう?腕がなるぜ。」
サヤカはけんかっ早いこと言った。
「そういうことだイオ。」
「あ、なるほど。」
イオはようやく理解したようだった。
ネネたちの担当教員はアルベール先生だった。担任は自分のアルティに助力するかもしれないので、他のアルティの先生があてられるのだった。アルベール先生は三年の最強と言われている、ランティスの担任である。
「よろしくお願いします。ソフィアの皆さん。」
彼は妙に落ち着いた声でそう言った。
「よろしくお願いします。船長のネネと申します。アルベール様が快適な船旅をおくれるよう全力で船員一同努めてまいります。」
「ほう、これは心強いですな。」
アルベール先生はそう笑った。
「お部屋へご案内いたします。」
ネネは先生を部屋に案内した。教員が乗ることは想定済みだったので、その部屋は用意してあったのだ。
「ほう、これは見事な部屋だな。」
「少し、狭いですが。」
「船なのだから仕方ない。」
「何かあればベルでお呼びください。食事は六時、十二時、十八時です。有事によって変更するかもしれませんが、ご了承ください。浴室は十五時から使用可能ですが、十九時以降は女子が使用するので、それまでにお済ませください。また、男子の船員も利用しますが、そこはご了承ください。船内は自由にしてもらっても構いませんが船員の邪魔だけはされないようにしてください。」
「浴室があるのかね?」
「はい、シャワーが二つと四人くらい入れる浴槽が一つ。海水を熱してお湯にしております。シャワーは普通の水なので出られる際に浴びてください。しかし、お湯は魔法によって熱せられているので、本艦がホンド瀬戸を通過するまで使用はできません。恐らく明日の早朝までには通過できると思うのですが。」
「おう、これは驚いた。一年生がここまでの船を完成させるとはね。よく考えているものだ。」
「お誉めにあずかり光栄です。何か他に質問はございますか?」
「酒はあるかね?」
「葡萄酒を用意しております。夕食の際にお召し上がりください。」
「ほう、この船には何でもそろってそうだな。」
「大人が一人乗船するのは想定していました故。」
「では、大船に乗った気分でいよう。」
「わが船はそこまで大きくはありませんが、安心してください。では、私はこれで。」
「ありがとう。」
ネネが去るとアルベール先生は笑い出した。
「ソフィアか、面白いではないか、よい船旅が出来そうだな。」
彼は荷物をほどいた。
「これは面白くなってきたな。」




