1-25.アルティ決め7
この後、ネネは二人と別れて、一人でアルティのメンバーを探すことにした。しかし、飽きたので、図書館へ向かった。クマ高校の図書館は世界で三番目に蔵書数が多く、いろいろな言語のいろいろなジャンルの本が並んでいる。アンジェラ家の図書館も本は多いがどれも難しい専門書ばかりではじめのほうは読むのが大変だった。
しかし、小説はほぼなかったため、クマ高校の図書館はネネにとって新鮮であった。彼女は本棚の間をうろうろしながら面白そうな本を探していた。彼女はこの時間が好きだった。本のタイトルから内容を想像したり、まだ見ぬ本を発見しては少し立ち読みをする。
この図書館の本棚は高く、高さは6メートルくらいあった。もちろん上のほうの本をとるために梯子が用意されていたが、本を探すのには向かない。ネネは誰も見ていないことを確認すると飛行魔法を使った。
飛行魔法は普通の人はできない。理論的にはできるが、魔力の消費が激しいとされているからだ。しかし、物理を学んでいくとそこまで難しいものではないとわかる。もちろんある程度のレベルの魔法が使えないとできないのだが。
人目に付くところでは驚かれるので、ネネはあまり使わない。普通は箒で飛ぶ。箒であれば、すでに術式処理がされているので普通に使うなら、何もせずに飛べるが、スピードを出したり、小回りをよくしようとすると脳内での術式処理及び箒自体の術式の書き換えが必要である。これを得意とするのがリテラである。彼女は全国箒レース大会で三度も優勝している。ネネはこの点においてリテラに勝てる自信はない。
ふわふわと浮きながら、よさげな本を探していると、下から声がした。
「あのー、そこの『魔王の娘 1』という本を取ってくださいませんか?」
ネネは下を見るとそこには眼鏡をかけた紫色のポニーテールをした少女がいた。
「あ、いいですよ。」
驚かないのですね、とネネは思った。ネネは指をさされた本棚から、言われた通りの本を取ってあげた。
「ありがとうございます。申し遅れましたが、私、スミレと言います。以後お見知りおきを。」
「私はネネと申します。よろしくお願いします。」
ネネは今回は彼女のアルティに入ってくれるか聞かなかった。ネネは片っ端から人に頼んでいるわけでもなく、面白そうな人、才のある人に声をかけている。ちなみに断られたことも三回くらいある。ネネはスミレに才があることはなんとなく察していた。しかし、頼みはしなかった。
「では、私はもう少し本を見たいので。」
ネネはそう言って、またぷかぷかと浮かんで本を探した。ネネは午後は図書館で過ごしたが、良さそうな本は見つけられなかったので、図書館を後にした。
良い本を見つけるのは難しいですね。ネネは暇なときは読書をすることも多いが、良い本に巡り合うのは二十から三十冊に一冊くらいである。趣味嗜好、文書の書き方、面白さなどがネネの好みに合うことは少なかった。
ネネはそのまま夕飯を食べて、部屋に戻った。戻ると、カナとサヤカが部屋にいた。散々議論した結果、ネネがリビングのソファで寝ることになった。三人は夜遅くまで女子トークと言っても大したものではないものをした。
「何で無口なんだ?」
やっぱそこ聞いちゃいますか。
「かっこいいから。」
カナはカンペを素早くめくった。
「へ?」
ネネとサヤカはきょとんとしていた。
「まあ、そうなんでしょう。私は困っていないのでいいのです。」
「そうだな、ちょっと困ることもあるかもしれねーけど、迷惑じゃないからな。」
『いい人たち・・・』
『めっちゃ聞こえてますよ。』
『すまん。』
このような話などをして、彼女たちは寝た。
しかし、やはり、ソファというものは寝心地が良いものではなかった。ネネは眠れないので、ベランダに出た。そして、飛行魔法で飛んで屋根の上に腰を下ろした。屋根の角度は滑らかで寝ても転げ落ちることはなかった。
ネネはぼんやりと夜空を見ていた。雲一つない夜空には数えきれないほどの星が瞬いていた。赤いものや青いもの、白いものなどがあった。その日は新月で夜空の星がより明るく見えた。クマ高校の校内には灯りが少なく、町よりかは星空観察に向いていた。
町にはガス灯が灯されていたが、その灯りは、高校からはぼんやりと見えるだけであった。ネネは、昔お母様と一緒にこのようにして夜星空を眺めたことを思い出した。
「ほら、ネネ真夜中になるとこんなにいっぱい星が見えるのよ。この星がいっぱい集まっているところが、天の川と言うの。」
「きれい。」
思わずネネはそう声を出した。
「綺麗でしょ。ある国では星にお願いをするお祭りがあるのよ。ちょうどこの時期くらいかしらね。ネネは何をお願いする?」
お母様は唐突に聞いてきた。
「私なら、うーん。お母様とずっと一緒にいること。」
ネネは確かにそう言った。
「その願い、お母さんもかなうように願っといて上げるね。」
その時、お母様がどこか諦めたような、悲しいような表情を浮かべていた。ネネはそのことをよく覚えている。お母様は何でそんな顔をするのだろうと思ったからだ。今ならそれの意味が分かる。
「お母様なら何を願う?」
「私ならね・・・・ネネが幸せに生きることかな。」
お母様はそう言ってネネを抱きしめたのだった。
ネネの頬には知らないうちに涙が流れていた。夜空の星が涙でぼやけて見える。久しぶりにお母様のことを思い出したからですかね。ネネは悲しかった。いないはずのお母様に思いをはせて一人で泣いていた。
「お母様は今どうしているのかな。」
お母様は死ぬ直前、あの世へ行くと言っていた。ネネはこれまでいろいろなことを学んできたが、「あの世」という言葉はどこにも出てこない。なんとなく、人が消えていく場所だということはわかるのですが。そう考えているうちに、ネネは屋根の上で寝てしまった。
ネネは、体にあたる雨粒のせいで目が覚めた。気が付くと辺りは明るくなっていた。灰色の空から雨粒がぽつりぽつりと降ってくるのが見えた。目をこすると、泣いたせいであろうか、目やにが少しついていた。どれくらい寝ていたのでしょう。
辺りは雨音以外何も聞こえなかったのでまだ早い時間らしい。ちょうど雨が降り出したようで、ネネの体は少ししか濡れていなかった。ネネは急に寒気がしてきたので、茶色の屋根を後にして部屋に戻った。
戻ると、カナとサヤカはまだぐっすり寝ているようだった。ネネは二人を起こさないようにそっとシャワールームに行って、シャワーを浴びた。冷めた体にお湯が当たって気持ちよかった。
ネネは深呼吸をした。特に憂鬱なわけでもなく、何だか心を落ち着かせたかった。つい感情的になってしまいましたね、魔法使いたるもの常に冷静でなくてはならないのに。
今の自分に不満があるわけでもない。お母様が死んだのなんてもう随分前の話だ。つらいことを思い出してしまいましたね。ネネは表情を整えると近くに置いてあったタオルで体をふいた。風魔法を使って一瞬で乾かすこともできるが、ネネはタオルで拭くのが好きだった。洗って乾かしてある、ほんのりお日様のにおいやふわふわなタオルを体にあてる感覚が好きだった。ネネは全身をタオルで拭くと長い美しい黒髪を風魔法を使って乾かした。普通に乾かそうとすると時間がかかるからだ。乾いた髪は元の通り、つやつやになった。
時計を見ると六時だった。朝食までは時間があったので、外で散歩することにした。秋雨がしとしとと降る中、傘をさして、石畳の道を歩いた。朝が早いのと雨が降っていることもあり、人はいなかった。てくてくと小道を歩いて、学校の庭園に着いた。そして奥のほうへと進んでいくとそこにはコスモスのお花畑があった。
一面桃色のコスモスが咲き誇り、きれいだった。ネネは花に魅せられて、近くにあったベンチに座った。濡れていたので、魔法で乾かしてから座った。ネネはぼんやりと傘を差しながら花を眺めていた。
「雨の日のお花畑も趣がありますね。」
ネネは独り言を言った。独り言のつもりだった。しかし、そこに答える声があった。
「そうですね。」ネ
ネは少し驚いて顔と傘を上げた。
「あら、おはようございます。」
そこにいたのは昨日図書館で話しかけられた、確か、スミレと言う人だった。
「おはようございます。こんな朝早くの雨の日に庭園にいる人なんていないと思っていましたわ。」
「私もです。何をしていたのですか?」
「いえ、特に何もすることがなくて、散歩していただけですわ。」
「私もそんな感じですかね。」
「ぶしつけなのですが、私をあなたのアルティに入れていただけませんか?」
「急ですね、いいですけど。」
「本当ですか?」
「ええ。断る理由がないので。」
話はとんとん拍子に進んだ。
「では、これからよろしくお願いしますわ。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
「夢みたいですわ、あのネネ様と同じアルティに入れるなんて。ふふ、ふふふふ。」
スミレは少しおかしな風に笑った。
あらら、なんか危ない人を入れちゃいましたかね。
「私のことをどこまで知っているのですか?」
「まあ、ある程度知っていますわ。月刊『世界の魔法使い』を毎月欠かさず読んでいましたので、同年代なのに魔法使いなので死ぬほど憧れてて、初日から見かけてたんですけど、話しかける勇気がなくて、今話せててとても幸せですわ。」
まあ、控えめに言ってストーカーじゃないですか。ここまでのひとがいるとは心外ですね。
「私あの雑誌の取材二回くらいしか受けたことないんですけどね。」
「たしかに、雑誌の表紙にネネ様の写真が載ったのは二回ですけど、その時は他の魔法使いのページが一切なく、ネネ様密着の回でしたよ。本当にそれで惚れてしまいましたわ。」
「あのテキトーに答えたやつがですか?忙しかったので、大したことは言ってないんですけどね。」
「ネネ様は史上最年少で魔法使いになられたのに、プライベートは闇に包まれてたので、当時はすごく盛り上がったものですよ。」
「あ、そうですか。まあ、大したことはないですよ。」
「でも、ネネ様は十歳の時からアンジェラ財閥の代表取締役になられて以来、貴族のパーティーや財閥の行事以外は顔を出さないでいらっしゃったので、謎の姫だったのですよ。」
「そんなふうに思われていたのですか。学校にも通っていませんでしたし、仕方ありませんね。」
ネネは少し照れた。褒められるのも悪くないですね。
「不思議なんですよね。ネネ様は十歳より前の記録が一切ないんですよ。ちょうどエレ様が亡くなってから後を継いだのはわかってるのですが。」
「余計な詮索はしない方がいいですよ。」
ネネは作り笑顔を浮かべて、立ち上がった。
「本当にネネ様のアルティに入れてもらえますよね?」
「はい。」
ネネはそう言ってその場を立ち去った。
とんでもない人を入れてしまいましたかね。まあ、これはこれで面白いのでいいですかね。ネネは自分の部屋へ戻っていった。




