1-15.クマ高校1
「父上、俺は私立クマ魔法高等学校を受験したいです。」
ヘイドがお父さんに言ったのは、アソの村から帰ってきた五日後のことである。お父さんはそれを言った瞬間、飲んでいたスープを吹き出してしまった。お母さんにはもう言っていたので動揺はしなかった。
「はあ?もう一回言ってみろ。」
お父さんは吹き出したのをナフキンで拭きながらそう言った。
「俺は私立クマ魔法高等学校を受験したいです。」
「それはどういうことかわかっているのか?」
「はい、俺はもう覚悟を決めています。」
「お前、ケンブルク家の名を地に落とす気か?」
「いいえ、」
「では、なぜそんなことを言い出すのか?」
お父さんは珍しく怒っていた。普段は寛容な父で願いは大体聞いてくれるものだった。
「俺はもっと高度な環境で勉強したいんだ。」
もちろんこれは建前であり、本音は他にある。
「一高で何が悪い?世界一の高校だぞ。」
「世界一の国立高校でしょ?世界一の高校はクマ高校です。」
「はあ・・・・でもうちは代々あの高校に通っておる。それを踏みにじる気か。魔法もできない出来損ないめ。」
お父さんの怒りはさらにエスカレートしていった。そこにお母さんが止めに入った。
「あなた、それは言いすぎでしょ。私たちの唯一の息子なのですよ。」
お父さんはお母さんには弱い。
「ああ、すまん。」
確かにヘイドは魔法においては出来損ないであった。しかし、身体能力、学力は常人をはるかに超える能力を持っていた。正直、魔法が使えなくても普通に生きて行けるのである。だから、お父さんは問題にあまりしなかった。今までは。
「兎に角、だめだ。」
「お願いします。でないと、試験当日解答欄ずらします。」
ヘイドはどさくさに紛れてよくわからないことを言ってしまった。でも、これがよくわからないが効いたようである。
「うーん。」
お父さんはそこから十分くらいうなり続けた。その間に、お母さんとヘイドは食事を済ました。そして、お父さんの返事を待った。
「母さんはどう思う?」
お父さんはお母さんに意見を求めた。
「私はヘイドのやりたいことをすればいいと思っているので。」
「ふーむ。」
そして、少し考えて、答えを出した。
「いいだろう、ただし、受験するにはしっかりとやれよ。」
「はい。」
ヘイドは大きな声で返事をした。
「お父さんの説得は終わったか、あとはもう一人か。」
ヘイドは自分の部屋のベッドで独り言を言った。ネネと別れてから、彼女についていろいろ調べてみた。どこかの経済貴族かと思っていたので、なかなか身元がはっきりとしないと思っていたが、思った以上に早くどこの誰かがわかった。
いや、ヘイドはあの列車で気づくべきであった。あれは、アンジェラ家専用列車で以前博物館で見たことがあったからだ。アンジェラ家専用列車とはその名の通り、アンジェラ家が出かける際に使う列車である。そして、彼女、ネネ・アンジェラこそ、今のアンジェラ家当主であったのだ。なぜあのようなところで絵を描いていたのか、自分をケンブルク家の人だとわかりながら、接して来たのかは謎であるが。
今、政治貴族と経済貴族の関係はとてつもなく悪い。原因はいろいろあるのだが、その一つに歴史がある。アンジェラ家は魔帝アレの腹心であったが、アレの臣下であった、アタランタ家がアレを暗殺し、宰相としてこの国の実権を握った。
そして、十人衆であったアンジェラ家を事実上十人衆から追放、政治に一切かかわらないようにさせた。この時なぜアタランタ家はアンジェラ家を滅ぼさなかったのか不思議であった。そして、アンジェラ家は政治の舞台から降り、鉄道事業、銀行、通貨を発行するまでに成長し、アンジェラ財閥は世界一の財閥となった。
年帝国の一年の国家予算の十倍もの富を稼ぐまでになった。これを見ていて面白くないのが、アタランタ家である。そして、経済貴族と政治貴族の対立は深まっていったのだった。
ヘイドがクマ高校を受ける理由はただ一つ、ネネと再会するためである。しかし、クマ高校は魔法が使えなければ入れない一般枠と魔法が使えなくても入れる特別枠があり、特別枠の定員はたったの三十人で世界一受かりにくい試験と言われている。倍率は百倍くらい、一般枠は十倍くらいなのだがそれでも多い。だから、ヘイドは今猛勉強している。たとえ、ダザイフ中学の学年一位のヘイドでさえ受かるのが難しいのだった。
夏休みが明けて、新年度が訪れた。今までヘイドは受験など余裕だと思っていたが、今は必死である。教室では時間を無駄にしないように、朝勉強していた。それに声をかけてくる女子がいた。
「どうしたの?熱でもあるの?」
ヘイドは顔を上げた。そこには彼が思った通りの人がいた。そう、この少女こそヘイドの幼馴染のリテラ・アタランタである。彼女は空色の髪に紺碧の瞳、身長はヘイドより低く、ツインテールをしていた。
「いや、別に、勉強しなきゃなって思って。」
ヘイドは答えた。
「ヘイドだったら勉強しないでも受かるでしょ。」
リテラはかわいいらしく甘い声で言った。ここでは、ネネとは大違いだなと思った。
「志望校変えたから。」
そのさりげない一言でリテラは顔色を変えた。
「へ?」
「ちょっと場所変えるか、リテラにはちゃんと言いたいし。」
そう言って二人は屋上へ向かった。
屋上では、まだ夏の暑さが感じられたので、二人は陰になっている部分に座った。リテラは空を見上げた。
「どういうこと?志望校を変えたって。」
「言葉の通りですけど。」
「何でそうしたか、聞いているの。」
「クマ高校に魅力を感じたから。」
「嘘でしょ。」
「いや、本当。」
「いや、嘘だね。ヘイドは嘘つくとき、声の調子が低くなるから。」
「じゃあ、直しとくわ。」
「ほら、嘘じゃん。何でクマ高校に行きたいの?」
「お父さんに許可を得たからのと一高は行きたくないから。」
「なんかほかに理由ありそうだけど。」
「さあ。」
「でも、よくお父さんが許可したね。」
リテラは怒っているようだった。長年付き合っていると顔に出さなくても相手の感情がわかるようになるものだ。
「頼んだからね。」
「はあ、」
リテラはため息をついた。
「不満か?」
「まあ、そうでないと言うと嘘になるけど。」
「俺がどうしようと俺の勝手だと思うのだがな。」
「そうなんだけど、私のことも少しくらい考えてよ。」
「考えてるから、こうして話しているんだけど。」
リテラは少し照れたように赤くなった。
「じゃあ、私が泣いてどうかやめてくださいって言ったら、行くのやめてくれるの?」
「さあ、どうだろうね。」
「うん、無理だね。昔からヘイドは一度決めたことは曲げないもんね。頑固だし。」
彼女は泣き出しそうになっていた。
「そうだな・・・」
リテラの頬に涙が一筋流れた。そして、彼女は涙を腕で拭って、
「私も、ヘイドと同じ学校受ける。」
彼女はか細い声で言った。
「はあ?それこそやばくないか。」
「もう決めたことは決めたの。」
確かに、彼女は学年二位で魔法も得意というかめちゃくちゃすごい。彼女なら、一般枠で合格することは可能だと思った。しかし、彼女は宰相家の出身、それを敵地へ送るようなことを親が許すのか、説得できるのだろうかと思った。彼女のお爺さんが今は第三十四目宰相をしている。しかし、一般的には宰相とは呼ばれておらず、国王と呼ばれているので、リテラはこう見えてもお姫様なのである。学校では、親しい間柄の人以外は姫やリテラ様と呼んでいる。
「そうか、じゃあ頑張ろうな。」
「うん。」




