1-13.出会い3
次の日、ヘイドは早起きし、ご飯を作ってもらい、すぐに家を出た。コラド岳までは徒歩で急いでも三時間はかかる。彼は急いで登山道を歩いた。
山頂に着いた彼は一回深呼吸をした。今日は晴れていて、雨が降る心配もなさそうだった。今日は風がなく、穏やかな日であった。そして、彼は昨日の場所へ向かった。彼は不安だった。もし、彼女がいなければどうしようと思った。もう会えないのは嫌だと思った。
彼女は昨日と同じように絵を描いていた。違っているのは昨日は白いワンピースだったのが、黒色になっていた。これもまた似合っていた。今日は彼女がヘイドのことに気づいて、彼に向かって手を振った。彼は嬉しくなって、手を振り返した。
「おはようございます。」
彼女はやわらかく冷たい声で言った。
「お、おはよう。」
ヘイドはなんだか緊張していた。
「今日もいらしてくれたのですね。・・・・ここは人が来てはいけない場所ですのに。」
ネネは小さい声で付け足した。
「あ、はい。昨日はなんだか会話の途中だったし。」
「そうですね。確か自己紹介だけして終わったのでしたね。」
「うん。」
「ヘイドさんは十人衆ですからやはり帝国立第一高等学校に入学されるのですか?」
「ええっと、今受験勉強してて来年合格したら入学かな。」
「しかし、十人衆であれば選抜を受ける必要はないと聞きましたが。」
「うん、実際そうなんだけどね。ほら、ほかのみんなはちゃんと勉強しているのに、俺だけが勉強しないで合格っていうのも嫌だし。入ってから授業について行けないのも嫌だからさ。」
「真面目なのですね。」
ネネは微笑んだ。ヘイドにとってそれは天使の笑みであり、この世でもっとも貴いものだとすら感じられた。
「まあ、普通だと思うけどな。貴族であれば小さいころから勉強させられるし。」
「そう、なのですか。今はどこの中学に通っていらっしゃるのですか?」
「帝国立ダザイフ中学校だよ。」
帝国立ダザイフ中学校とは名門中の名門で中学校では世界トップクラスである。しかし、中高一貫校ではなくそこに行ったものはすべて高校受験をしなければならない。その約半分が帝国立第一高等学校、四分の一が帝国立第二高等学校、そして残りの四分の一が私立クマ魔法高等学校に行く。大体アンジェラ家を除く十人衆及び、その分家や政治貴族の子は帝国立第一高等学校へ、商人や経済貴族は私立クマ魔法高等学校へ進学する。
貴族は大まかに二つに分類され、十人衆を筆頭とする政治貴族で主にダザイフに屋敷を構えて、宰相家であるアタランタ家に仕えている貴族たちである。そしてもう一つの貴族がアンジェラ家を筆頭とする経済貴族だ。この人たちは優秀な能力で平民から成りあがってきたものや商人が裕福になったものなど様々である。
しかし、経済貴族は政治貴族たちのように特権はなく、実質平民と同じ身分ではあるが発言権は大きい。そして、能力のあるものはすぐ認められるという寛容な社会である。また経済貴族のうちには大魔法使いのものもいる。
紹介した三つの学校の学費は全額無料であるが、国立ではないクマ高校はアンジェラ家がすべての学費及び研究費を負担している。学校の設備、教師陣、教育方針はすべてクマ高校がほかの二校よりも勝っており、偏差値はクマ高校が一番高く、世界中から人が集まってくるインターナショナルな学校である。しかし、その選抜は厳しく、裏口入学や貴族優遇などは一切存在せず、学校内でもすべての生徒が平等に扱われる。
帝国立第一高等学校(以下一高)は貴族枠と一般枠があり、貴族のほうが受かりやすい。それでも倍率は三倍くらいなのだけど。そして、一般生徒と貴族生徒では待遇が違うらしい。しかし、帝国内で貴族としての地位を保つためには一高、一大(一高に行ったものは自動的に帝国立第一大学に受かる仕組みである。)に行かなくてはならない。だから、ヘイドは一高を目指して勉強しているのである。
「名門に通っておられるのですね。」
「ネネはどこの中学校に行っているの?」
「私は中学校には通っておりません。三年ほど前までは家庭教師が教えてくれていたのですが、必要がなくなったのでもう雇ってはおりませんわ。」
「そうなんだ、じゃあ勉強はしてないの?」
「自分で勉強しております。」
「そう、どこの高校受験するつもりなの?」
「それは教えられませんわ、まだ会って二日の方に。」
ヘイドははっとした。彼はまだ彼女と会って二日なのかということを再認識した。彼にはとてもそうは思えなかったのだ。なんとなく、ずっと一緒にいたようなそんな感じがしたのだ。そして、彼女にすんなりと自分のことを話しすぎたのを後悔した。しかし、彼は彼女が自分に興味を持ってくれることがうれしかった。そして、彼女のことをもっと知りたいと思うようになっていた。
「俺は教えたのに。」
気が付くとヘイドはこんなことをぼそりとつぶやいていた。言ってはいけないことを言ってしまったなと思った。しかし、言葉というものは取り消したりできるものではない。
「自分がしたからと言って相手に対価を求めるなんて理不尽ですわ。」
ネネは鋭い目でヘイドを見つめた。ヘイドは自分が悪いことをしたような錯覚に陥ってしまった。別にどちらも正論を述べていたのだ。しかし、コミュニケーション能力ではネネのほうが格上であった。
「そうだね。」
思わずヘイドは認めてしまった。
「趣味とか、ありますの?」
彼女は話題を変えた。あくまで自分のことはあまり話したくないらしい。
「趣味ね、読書とかかな。」
このようにたわいない会話が続いたが、ヘイドはネネの情報はあまり引き出すことができなかった。要約すると彼女はヘイドと同じ中学生であり、来年から高校に通うらしい。そして、身なり言動から察するに彼女はどこかの経済貴族の令嬢なのであろう。話し方がとても丁寧でひとつもぼろを出さない。
外輪山のさらに南の別荘に今はいるらしい。果たしてそんなところに別荘があったのかとヘイドは疑問に思ったが、何も聞かないことにした。不思議だが、かわいい人であった。たまに笑ってくれるのもまたとても可愛らしかった。
次の日もその次の日も彼と彼女は会って楽し気に話をした。そして、あってから五日目ヘイドはついに切り出した。
「あのさ、明日よかったらなんだけど、アソの村一緒に見て回らない?」
彼女は少し考えているように黙っていた。そしてしばらくして答えた。
「いいですよ。でも明後日私はこの村を出ますので、もうこれが最後になりますね。」
ヘイドは心の中で喜んだ。もしかしたら、彼の喜びは表情に出ていたかもしれない。しかし、そんなこと彼にとってはどうでもよかった。
「じゃあ、明日十時にアソ駅でいい?」
「はい。」
こうして、ヘイドはネネを初デートに誘うことに成功したのであった。




