1-12.出会い2
ヘイドはびしょ濡れになって家に帰った。もちろん傘などは持ってはいなかった。帰るとおばあちゃんが出迎えてくれた。
「おや、やっぱり傘持っていってなかったんだね。ほら、タオルで拭いて、すぐお風呂にしなさい。」
「ありがとう。」
ご飯中、ヘイドは魂がどこかに行ってしまったようになっていた。なんとなくネネのことを考えていたのだ。今までこんな気持ちになったことはない。無性にその人のことを考えてしまう。
「おい、ヘイド、どうしたんじゃ?」
おじいちゃんがそう言ってヘイドを現実に戻した。
「さっきから、ぼーっとしているようじゃが、何かあったのか?」
「いや、特に大したことはなかったけど。」
「今日はどこへ言っていたのじゃ?」
「外輪山の南のほう、ここら辺じゃ一番高い山。」
「ああ、コラド岳か。あそこは人が行くべき場所じゃなかっただろ。」
「いや、それが絵を描いている少女がいて・・・」
「なに?あの山はそう簡単に登れはせんぞ。ましてや、絵を描く道具をもってなど普通の人にはむりじゃろ。」
「いや、でも普通にいたんだけど。」
「もしかしたら、妖精の類かもな、普通の人は行ってはならない場所だからな。それがどうしたのじゃ?」
「なんか、その人のことを思うともやもやするというか、胸が締め付けられるような感じがするような。」
おじいちゃんとおばあちゃんは笑い出した。
「若いのう。」
おばあちゃんはニヤニヤした。そして、おじいちゃんが背筋を伸ばして、かしこまった。
「孫よ、それは恋というものじゃ。」
ヘイドは愕然とした。彼は今まで恋をしたことはなかった。そして何かの冗談ではないか、と思った。
「へ?恋?」
「そう、恋じゃ。」
「何それ、おいしいの?」
「まあ、結構うまいぞ、後味が悪い時もあるがのう。」
ヘイドはおじいちゃんが本気で言っているということを漸く悟った。
「ほう。」
「まあ、いずれわかることじゃ。その子は綺麗だったか?」
「はあ、うん。」
「もしかしたら、一目惚れというやつじゃな。」
ヘイドは一目惚れする人はあまり好きではなかった。それは人の外見を重視するという、浅はかな考えであると思っていたからである。しかし、人はやはり外見で物事を判断する生き物である。それと同時に、人は外見によってその人の内面を直観的にとらえることもある。それゆえに、どんな人でも一目惚れするということはあり得るのである。
不幸にもヘイドはそれを軽蔑しており、それをしてしまっただけである。だから、彼はこれが恋ではないと信じたかった。今までしたことがないので、彼にはこれが恋なのか、そうではないのかすら、はっきりとしなかった。しかし、一目惚れというしょうもない彼のプライドのせいであろうか、彼はこれが恋だと認めるのにはまだ時間がかかってしまうようだ。
「たぶん、違う。」
ヘイドは少し怒ったような顔をして、食事を終えようとした。しかし、お腹は空いていたので、それっきり黙って静かに食事をした。食後はすぐに部屋に戻り、本を読んだ。
「ばあさんや、あの頑固者のヘイドにもやっと青春が訪れたようじゃな。」
「じいさま、あまりあの子をからかわないで上げてくださいな。たぶんあれは乙女に恋する少年の顔でしたが。」
「そうじゃろ。」
「まあ、そっとしておいてくださいな。」
「ばあさまが言うなら。」
ヘイドはベッドの中で考えていた。夏だというのにアソの村の夜は冷える。ヘイドは布団にくるまった。これは恋なのか。いや、そうじゃない。そうでないでほしい。ましてや一目惚れなどありえない。そう自分に言い聞かせた。しかし、いくら自分がそうでほしくなくてもそうかもしれないと心のどこかで思っている。彼女のことが頭から離れない。会いたくて仕方がない。彼の心はそう叫んでいた。しかし、彼は頑なに認めようとはしなかった。そしていったんこの問題を保留した。そして彼は寝たのだった。




