1-95.期末考査4
もう、これじゃあ諦めきれないじゃないか。
ヘイドはベッドの上に寝転がり足をバタバタさせている。残りの男子は全員寝静まり、あたりは静けさに包まれていた。今夜は月も出ており、夜風にたなびいたレースカーテンが月光によって青白く光っていた。
「ご主人様、眠れませんか?」
ディアは隙を見てはヘイドのベッドにもぐりこんでくる。最初のころは注意していたのだが、ディアが諦めないのでヘイドが折れた。まあ、寝ているときは意識もないし、特に安眠妨害されるわけでもないのでよしとしている。
「うん、ちょっと。」
「またあいつのことを想っているんですか?夜な夜な想うとかどこの乙女ですか全く。」
ヘイドは自分の行動に恥じらいを覚えた。そして、自分の女々しさを少し疎ましく思う。
「俺は乙女じゃないんだけどな・・・」
「明らかに恋する乙女です。」
ヘイドの行動は最近おかしかった。そして、敏感なマコトとイオは気を使っていたのだ。もちろん、ネネもヘイドが悩んでいることに気が付いていた。
「・・・」
「今更悩んでも遅すぎですよー。」
「つれないな、ディアは。」
「私的にはご主人様が誰とも結ばれず晴れて私と結婚するのが理想だからいいのですけどねー。」
「それはないから安心して。」
「えええ・・・まあ、わかってましたけどね。」
それでも悲しいものは悲しいものですよ。
ヘイドはいまだに答えを出せずにいた。
「ご主人様はどうしたいのですか?」
「俺は・・・俺はネネと結婚したい。」
「ご主人様、あのネネの野郎は今は婚約しています。なぜ、婚約なのか考えたことはありませんか?」
「そりゃ、ネネが学生だからだろう。」
「それは表向きの理由です。別に宰相家との関係を深めたいならそのまま結婚してもよかったでしょう。」
「じゃあ、何で。」
「ここからはあくまでも私の推測ですが、ネネの野郎は婚約破棄する可能性があります。わざわざ、婚約にした理由はいざとなれば宰相家を切れるからではないでしょうか。」
「ネネは宰相家を利用しようとして今回の婚約を・・・」
「ですが、離婚よりもハードルは低いとは言え、婚約破棄は難しいかもしれません。宰相家の権威が揺るいだら別ですけどねえ。」
「そんなことがあるのか?」
「さあ、私は奴ではないのでわかりませんが。」
「ディアはどうしてほしいんだ?」
「ご主人様?」
ディアはヘイドの怒りのようなものが籠った声に困惑していた。
「もちろん、自分のことすら決められない俺がこんなことを言う資格はないのは重々承知してる。けど、ディアにははっきりと言ってほしんだ。」
「ご主人様・・・」
ディアは信頼されていることを感じて嬉しくなる。
「私は諦めるべきだと思います。」
「そうか・・・」
いや、ディアに言われる前からずっとずっとわかっていた。わかってるつもりだった。俺の初恋が叶うはずもないことを。俺は固執しすぎていたのかもな。初恋に、ネネに。たぶんネネにとって俺は足枷以外の何物でもないのだろう。そうならないように一生懸命努力してきたつもりだった。ネネの隣に並べるように頑張ってきた。仕えなかった魔法を頑張って使えるようになった。剣術だって頑張った。ディアと地獄のような特訓もしてきた。すべてネネのために、ネネと釣り合う自分になるように。
しかし、その努力は無駄だった。結局俺は何もできていない。
ヘイドの瞳から一筋の涙が流れた。その瞬間、ディアがヘイドの顔を胸に押し付けた。
「ご主人様、防音の結界を張ったので声を上げて泣いていいんですよ。」
その一言でヘイドのなかの何かがプツンと切れた。そして、涙が堰を切ったようにほろほろと流れあふれた。
「うおおおお。」
ヘイドは思いっきり泣いた。泣いて泣いて涙の泉が枯れるまでずっとずっと泣いていた。その間ディアはずっと背中をさすってくれていた。
「気が済みましたか?」
「う、うん。」
ヘイドはか弱い声でそう言った。まだ、体が震えていた。しかし、心はすこし晴れた気がした。
「ヘイド、大丈夫ですか?」
翌朝、リビングに行くとネネが一人でいた。今日の朝ごはんの当番はネネだったのだ。
「うん・・・」
「どうしたんですか、目の周りが腫れてますけど?」
「何でもない。」
ヘイドは作り笑いを浮かべた。
「ならいいですけど・・・」
その後、ヘイドはネネとあまり関わらないように過ごした。ネネへの気持ちはないわけではないし、自分でも押し込めているのはわかる。しかし、いつまでも悩んでいるわけにはいかなかった。人は誰しも進んでいかなければいけない。そう自分に言い聞かせていたのだった。期末考査は良い言い訳になった。勉強しているときや模擬戦をしているときは、ネネのことを考えなくてよかったからだ。
そして、試験日がやってきた。
「ネネ様―、やばいです。」
「それ今言ってもどうにもならないでしょう?」
「でもー、やばいんです。」
スミレはご飯中だと言うのに参考書とにらめっこしていた。
「ふん、俺様はお前らとは違って余裕なんだぜ。」
カイは気取っていた。しかし、この男余裕ではない。内心では、やばい、やばい、このままだと成績最低の可能性がある・・・などと思っているのだ。
「全然余裕じゃねーだろ、てめえ。」
サヤカはカイのポーカーフェイスを見事見抜いた。
「サヤカも余裕ではないのでは?」
ネネの一言によって一気に黙り込んでしまう。そう、この女も結局寝てばっかりで勉強していないのである。使い魔の勉強と称して使い魔のモモンガのハギとずっと遊んでいたりしていたのである。
必死そうなのはネネとケリンだけだったが、やばそうなのはやはりこの四人であった。
「まあ、知りませんけど。」
「ネネ様、それはひどすぎます。」
「たっぷり時間はありましたからね。あとは実力次第ですよ。」
「それ、励ましになってないぞ、ネネ。」
マコトは優雅に新聞を片手にコーヒーを飲んでいた。
「まじで、じじいだぞ。」
しょんぼりしていたサヤカが生き返ったようだった。
「そろそろ、試験会場いかないとおくれちゃうよー。」
イオの一言でみんなが少し慌ただしくなる。そして、準備をして試験会場にみんなで向かったのだった。




