カフェパーティを開きましょう!【後編】
私と旦那様の心配に反して、パーティは至極和やかに進んでいった。
クライヴさんは如才なく立ち回り、王妃様も鷹揚に彼を受け入れた。盛り上げ上手なヴィンスさんとジーンさんのお陰で、途切れることなく会話が弾む。
じきに王立学院組も到着し、パーティは終盤へと差し掛かった。
「……料理もあらかた片付いたから、そろそろ終わりにしてもいいかもしれん」
「ですねー。何だかんだで私も楽しんじゃいました」
照れ笑いすると、旦那様もふっと微笑んだ。
テーブルから私の好きなケーキを取って、クリームをたっぷりのせて渡してくれる。
「わ、ありがとうございます~!」
あーん、と大口を開けた私に旦那様が瞬きする。
ふざけすぎだと注意されるかと思ったが、旦那様は澄まし顔でフォークを手に取った。大きめの一切れをひょいと私の口に入れる。
目を白黒させながら咀嚼した。
「お、おいひいれす」
「喋れてないな」
店内の片隅で、二人秘めやかに笑い合う。
もうひとくち、と彼に強請ろうとしたところで、全員の視線がこちらに集中しているのに気が付いた。ぎょっとして勢いよく頭を下げる。
「わわっ、失礼しまし」
「はああ……。そうですわよね。新婚って、こういうものなのですよね……」
王妃様が湿っぽく嘆息した。
両手で包み込んだティーカップに、悲しそうに目を落とす。
「わたくしと陛下は政略結婚ですもの……。もちろんわたくしは陛下を愛しているけれど、陛下はああ見えて恥ずかしがり屋。愛を囁くことなんか滅多にありませんわ」
「お母様……」
アビーちゃんが眉を曇らせて王妃様に寄り添った。
そんな彼女を愛おしげに見つめ、王妃様は「そうだわ!」と高らかに手を打つ。
「せっかく今日は市井のパーティなのですもの! 俗に言う恋バナとやらをいたしませんこと!?」
『…………』
恋バナ?
全員が絶句する中、王妃様だけが楽しそうに声を弾ませる。
「プロポーズの言葉を教えていただきたいわ! だってわたくし、陛下からこれといって求婚されておりませんもの。アビーも将来の参考になるでしょうし、ね? お願いいたしますわ、ミアさん!」
「ええっ!? わ、私ですかぁ!?」
困り果てて隣の旦那様を見上げるが、彼はかちんこちんに固まっていた。そっと周りを見回せば、ヴィンスさんは乙女のように目を輝かせ、他の皆も興味津々で身を乗り出している。
仕方なく、私はコホンと大きく空咳した。
「わ、わかりました。――では、発表します!」
「待っ」
私は中央に躍り出ると、ぐぐっと眉間のシワを深くした。苦み走った顔でポーズを決める。
「この娘は俺の妻に迎え入れよう」
低い声を出した途端、場がしんと静まり返る。
唖然とする周囲を鋭く睨みつけ、私はせいぜい偉そうに胸を反らした。
「ふっ。わかっているだろうが、お前達に拒否権はないっ!」
「…………」
旦那様が崩れ落ちるように膝を突く。
どうしたの!? と慌てて旦那様に駆け寄る私の耳に、「うわぁ、改めて聞くと最低だわぁ」「あり得ないプロポーズですわ」「いえ、うちの旦那様は口下手でして」「団長……」「シリルはアホなのか?」などという囁きが漏れ聞こえてきた。あれぇっ!?
「ち、違っ。えっと王妃……ではなくルーシャ様! これはですねぇっ」
わたわたと手を振る私を、王妃様は静かな眼差しで見返した。じっと黙りこくったかと思うと、突然感極まったように瞳を潤ませる。
「素敵……!」
「へっ?」
素っ頓狂な声を上げる私などお構いなしに、「そうですわよね、アビー!」と熱心に同意を求めた。アビーちゃんもぽっと頬を染める。
「は、はい。情熱的で、とっても格好良いと思います」
「ええ、全くです! なんて強引なのかしら……! うちの陛下にも見習ってほしいものですわ!」
「い、いやぁ……。それほどでも……」
私は照れ照れと頰を掻く。
旦那様が褒められてとっても嬉しい。虚ろな目をした旦那様に手を貸すと、旦那様はよろめきながらも立ち上がった。
「えぇと、それでは次のかた! 他に既婚者は――」
「はい」
王妃様の呼び掛けに、エマさんがにっこりと手を挙げる。
不思議そうに首をひねる王妃様に、スカートをつまんでしとやかにお辞儀した。
「わたくしは未婚ですし、プロポーズをされたこともございません。ですが、プロポーズをした経験ならございますの」
王妃様が目を輝かせ、ヴィンスさんはグエッと呻いた。
エマさんは恥じらうように胸に手を当て、もじもじと口を開く。
「まだほんの子供だったわたくしは、愛するひとに小指を差し伸べてこう申しましたわ。『大人になったら、あなたのお嫁さんになってあげる』と」
「まああ! おませさんねぇ! それでそれでっ?」
大興奮の王妃様から、ヴィンスさんがさり気なく距離を取っていく。逃げようとした彼の背中をがっちりと捕らえ、エマさんがおっとりと微笑んだ。
「彼もわたくしのプロポーズを受けてくれたのですけれど。次に会った時には、綺麗さっぱり忘れられておりましたわ」
「――まあ! なんて不誠実な男でしょう!」
ぷんぷん怒る王妃様に頭を抱え、ヴィンスさんはエマさんの手から脱出を果たした。半泣きで旦那様の腕を揺さぶる。
「シリル、フォローしてちょうだいっ」
「ハイハイッ! じゃああたしも発表しちゃいま~すっ!」
なぜか今度はジーンさんが手を挙げた。王妃様が楽しげに指名する。
「えっと、あたしのは恋バナじゃないんですけど。ラルフ君と友達になった時のことを話していいですか?」
「はああっ!?」
「もちろんですわ。さあ、どうぞ」
赤くなったり青くなったりするラルフさんを避けて、ジーンさんがはにかむように笑った。長身の体をしゃんと伸ばし、ラルフさんに向き直る。
「ラルフ君。最初の出会いはお互い印象最悪だったし、決闘の後に友達になった時だって、ラルフ君は『友人になってやらない事もない』なんて言っちゃって。全然素直じゃなかったよね?」
ラルフさんがバツが悪そうに視線を泳がせた。
そんな彼をじっと見て、でも、と彼女は熱を込めて続ける。
「あれから一緒に旅行に行ったり、二人でご飯を食べたり……。いつの間にか、あたし達すっごくいい友達になれたと思うんだ。もはや、親友と言ってもいいぐらい!」
顔を赤くして言い募る彼女に、ラルフさんは「ジーン……」と掠れた声を上げた。
意を決したように一歩踏み出すと、ラルフさんはまっすぐにジーンさんを見つめる。ジーンさんも笑顔で彼に手を差し伸べた。
「ジーン。僕はっ」
「ラルフ君! どうか、これからも一生あたしと友達でいてください!」
『…………』
またも店内を重苦しい沈黙が支配する。
ラルフさんは引きつった笑みを浮かべると、よろよろと腕を持ち上げた。力なくジーンさんの手を握り返し、「ははは……。一生、一生な……」と虚ろな笑い声を響かせる。
ヴィンスさんが肩を落とした。
「アタシ、恋バナとやらが男に与えるダメージを甘く見すぎていたわ……。そろそろお開きにしない、シリル?」
「……ああ、異議無しだ」
なぜか疲れ切っている男性陣に苦笑して、リオ君が前に進み出る。豪奢な薔薇の花束を、王妃様とアビーちゃんに差し出した。
「よろしけばお持ち帰りください。……ルーシャ様。ご無礼を承知で、ひとつだけ申し上げても?」
「まあ、もちろん構いませんわ。今日は無礼講ですもの」
嬉しげに花束を抱き締める彼女を、リオ君はいたずらっぽく見上げる。
「国王陛下に、花束を貰ったと自慢されてみてはいかがです? きっと心穏やかではいられなくなるはずですよ」
一瞬目をしばたたかせた王妃様は、顔にみるみる喜色を浮かべた。頬を上気させて何度も頷く。
「ええ、やってみますわ。もちろん今日のことは陛下に秘密にしておきますから、どうぞ心配なさらないで?」
「ふふ。ありがとうございます」
胸に企みを秘めた王妃様は、アビーちゃんと共に足取りも軽くパーティから帰っていった。王妃様が退出した途端、ジルさんは問答無用でクライヴさんを叩き出す。
「おいっ!?」
ドアの外から漏れるわめき声は華麗に無視して、ジルさんはにっこりと私達を見回した。
「片付けはわたくしとニールの二人で充分ですので。どうぞ、皆様もお気を付けて」
お言葉に甘え、私達もカフェを後にする。
なんとなく落ち込んでいる旦那様に寄り添っていると、背後から笑みを含んだ声が聞こえてきた。
「ごめんなさいね、ヴィンセント様? 王妃様に喜んでいただきたい一心でしたの。もはやあれは、わたくし鉄板のお笑いネタと申しますか」
「ネタだったんかいっ!……はあ、もう。いいわよ。笑って話せるようになったってことなら」
いくらでもネタにされてあげるわ、とヴィンスさんがヤケのように声を張り上げる。
私はくすりと笑って旦那様の腕に抱き着いた。
「私も鉄板ネタにしちゃおかな?」
「……いや。できれば、記憶から抹消してもらえると有り難いんだが」
気まずげに視線を落とす旦那様に、「それは絶対できません!」と即座に切り捨てる。ぱっと旦那様の腕から離れ、前に回って挑戦的に彼を見上げた。
「シリル様のくれた言葉で、忘れていいものなんてひとつもないから。全部ぜーんぶ、私の宝物です!」
旦那様は目を丸くすると、おかしそうに頬をゆるめた。優しく腕を取って私を抱き寄せる。
「わかった。……ならばせめて、鍵を掛けておいてくれないか。そうして、できれば一番奥に隠しておいて欲しい」
「……ええ~。どうしよっかなぁ~?」
わざとらしく焦らす私に、旦那様は小さく噴き出した。後ろに続くヴィンスさん達も、お腹を抱えて大爆笑している。
皆で賑やかに笑い合いながら、夕闇の濃くなった王都を歩いた。
――その後。
見事企みに成功した王妃様は、彼から不器用な愛の言葉を貰ったという。
またも突然屋敷に押し掛けての身振り手振りの再現に、旦那様はひたすら忍耐の表情で耳を傾けていた。私は神妙に聞き入りながらも、心の中は羨ましい気持ちでいっぱいだった。
王妃様が帰った後で、後ろからこっそり旦那様の袖を引く。
「恋の駆け引き、私も今度リオ君から習おうかな?」
「心の底から止めてくれ」
速攻で却下されてしまった。うぅん、残念~!
お読みいただきありがとうございました。
本日『冷酷非情な旦那様!?』第2巻の発売となります!
第2巻には完全新作・1万字超えの番外編も収録されております♪
書影や特典情報については活動報告に載せていますので、そちらもぜひチェックしていただけると嬉しいです!




