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カフェパーティを開きましょう!【前編】

 とある日の昼下がり。


 ジルさんのカフェの前に、豪勢な馬車がゆっくりと停止する。

 しゃららんと音が聞こえてきそうなほど華やかに、光沢を放つドレスをさばいて一人の貴婦人が降り立った。緊張する私とニールさん、いつも通り落ち着き払ったジルさんとで彼女を出迎える。


 ジルさんが一歩前に進み出て、流れるように優雅な辞儀をした。


「ようこそいらっしゃいました。王――」


「うふふ。今日はその言葉は禁句ですわ。どうぞ、わたくしのことは『ルーシャ』とお呼びになって?」


 満面の笑みで遮った彼女に、ジルさんは一瞬だけ動きを止める。

 しかし、すぐさま何事もなかったかのように穏やかに微笑んだ。


「かしこまりました、ルーシャ様。――中へどうぞ。皆様も首を長くしてお待ちでございます」




***



 事の発端は、一週間ほど前に遡る。


 ジルさんの店に愛娘が出入りしているのは、以前からちゃんと報告を受けていた。けれど夫に関しては全く知らなかったのだ、と彼女は語気を強めて訴えた。


「信じられませんわ! 視察にかこつけて足しげく通っては、新作のケーキに舌鼓を打っていたなどと! 妻であるわたくしを差し置いて、酷い夫だと思いませんこと!?」


「は、はは……」


 引きつり笑いを返す私の隣では、旦那様が虚無の表情を浮かべていた。

 それはそうだろう。仕事から疲れて帰って、さあ今から存分に寛ごうという時に、突然義理の姉――王妃様が訪ねてきたのだから。


 困り果てる私達には全く気付かず、王妃様はぷっくりと頬を膨らませた。


「一度アビーを迎えに行ってから虜になったそうなんですの! ミアさんもご存じでしたか?」


「い、いや~。私も、初耳……ですかね……?」


 うろうろと視線をさ迷わせる。


 実際、私が怪しげな変装をした王様に店で遭遇したのは一度きり。

 皿洗いの手伝いをするのは週に数回程度、ランチタイムだけなので、これまでのところ私のアルバイトは彼にバレていない。もしもの時のための防災訓練もばっちりで、王様が入店してきた際はジルさんとニールさんにガードしてもらい、私はすばやく二階に避難することになっている。


「ですから、わたくしも行きたいですとお願いしましたの! そうしたら何て言われたと思います!? いいえ、もしシリル様がミアさんからお願いされたとしたら、何と返しますか!?」


 テーブルから身を乗り出して詰め寄る王妃様に、旦那様は微かに眉をひそめた。

 私の方に向き直り、無表情に大きく頷く。


「承知した。次の休みにでも連れて行こう」


「わあっ。ありがとうございます!」


 手を叩いて喜ぶと、旦那様はふっと瞳をなごませた。そのまま見つめ合う私達の間に、王妃様の勝ち誇った声が割って入る。


「ほぉらご覧なさいませ!」


 ……何を?


 目を点にする私をひと睨みして、王妃様はソファにふんぞり返った。


「愛ある夫とはかくあるべし、なのですわ。――それなのに、うちの陛下ときたら!」


 曰く。


 平民の素朴なケーキは、高貴な君に相応しくない。

 わたしは庶民の生活を知るため、仕事として視察しているのだ。

 よって、君を連れて行くことはできない。


「ですって! わたくしもう、腹が立って腹が立って。勝手に行ってやることに決めましたの!」


「ええっ? い、いやそれはちょっと……!」


 王様だけでも困りものなのに、この上王妃様まで加わったら堪ったものではない。


 大慌てで諫める私を見て、旦那様が小さく息を吐いた。


「……承知しました。ですが、一国の王妃が気軽に立ち寄れる場所で無いことはおわかりでしょう。今回限りとお約束頂けるのならば、ジルに交渉してみますが」


「ええ! もちろん、それで構いませんわ!」


 勢い込んで頷いた王妃様は、少女のように頬を染める。詳細が決まったら教えてくださいましね、と来た時とは打って変わって上機嫌で屋敷を後にした。

 玄関まで見送った私と旦那様は、疲れきった顔を見合わせる。


「なんでこんなことに……?」


「ジルには悪いが、定休日に貸し切りにしてもらう他ないだろうな。護衛がてら、俺も参加せざるを得ないか……」


 苦虫を嚙み潰したような顔で嘆息した。

 思わず噴き出した私は、どんと己の胸を叩く。


「もちろん私も手伝いますよっ。貸し切りだったらアビーちゃん達も招待して、立食パーティにしてもいいんじゃないですか?」


「そうだな。義姉の相手をしてくれる人間が多ければ多いほど楽になる」


 深々と頷く旦那様に笑って、私達は早速準備に奔走した。


 こうして日取りも無事決まり、後はカフェパーティの開催を待つばかりとなったのだ。




***



「まあっ。落ち着いた内装で素敵だわ! お花もたくさん飾られていて華やかですわね」


「ありがとうございます! それ、あたしの従弟(いとこ)の家のお花屋さんが卸してるんですよ~!」


 いつでも平常運転なジーンさんが、にこにこ笑顔で王妃様に歩み寄る。

 傍らのラルフさんが、ひくりと顔を引きつらせた。身振り手振りで「止めろ! 止めろ!」と訴えるが、当然ジーンさんには欠片も伝わらない。


 王妃様が嬉しそうに微笑んだ。


「あらあら、そうなのですわね。えぇと、あなたは……?」


「王立学院大学、魔法工学担当教師のジーン・ハイドと申します!」


「まああ、お若いのに優秀でいらっしゃいますのねぇ!」


 きゃあきゃあ盛り上がる二人の横では、ラルフさんが蒼白になって胃を押さえていた。が、頑張って……!


 心の中で彼にエールを送りつつ、大皿料理を次々とテーブルに運び込む。

 今日の私はおもてなし側、フリルエプロンを揺らしながらちょこまかと動き回った。


 ちらりと参加者達を確認する。


 遠い目をした旦那様はドアの近くで、万が一に備えて待機している。

 ジーンさんはあっという間に王妃様と打ち解けたようなので、こちらは任せておいて問題なし。

 アビーちゃんとエマさん、リオ君は学院が終わり次第来てくれる。

 ヴィンスさんは仕事を早退すると言っていたから、もうそろそろ到着する頃合いだろう。


 うんよし、と満足して、がちがちに緊張しながら料理をしているニールさんに近付いた。


「……クライヴさんは、不参加ですよね?」


 彼には招待状を送っていない。

 彼の起こした事件は王妃様にも伝わっているはずなので、避けておいた方がいいと旦那様から忠告されたのだ。


 こっそり囁きかけた私に、ニールさんも苦笑して頷いた。


「ええ、クライヴ様だって己のしでかした事の重大性は分かっていますから。さすがに今日ここに来るほど厚顔無恥ではありませんよ」


 確かに、と笑い合ったところでドアベルが鳴る。


 壁から体を離した旦那様が、虚を突かれたように硬直した。不思議に思い、私も彼の側へと急ぐ。


「……へ?」


「ふっ。今日はパーティへの招待、感謝する」


「いや招待されてないでしょーがアンタは」


 大きく胸を張るクライヴさんの背後から、ヴィンスさんがしかめっ面を覗かせた。べしっとクライヴさんの後頭部を叩き、私達に向かって申し訳なさそうに手を合わせる。


「ゴメン。どうしても付いてくるって聞かなくて。っていうのも――」


 彼の視線を追うと、目を剥いたジルさんが今まさにフライパンの柄を握り締めたところだった。ぶるぶると持ち上げかけて――力なくフライパンを置いてしまう。


 血走った眼でクライヴさんを睨みつけながらも、仕方なさそうに踵を返した。


 ……えっと。


 ククク、とクライヴさんが含み笑いする。


「やはりな。いかに店主とて、今日だけは俺を攻撃できまい!」


「さすがに王妃様の前じゃあねぇ。アンタ、その悪知恵をもっと別の場所で使いなさいよ」


 あきれたように突っ込みながら、ヴィンスさんは団服のコートを脱いだ。王妃様に歩み寄り、紳士然として挨拶をする。


 私も皆に合流しようと、脱力している旦那様の腕を引いた。……おぉっと、その前に。


 カウンターの中で固まっているニールさんに目配せすると、ニールさんはぶるるっと身じろぎした。思わずといったように半笑いの顔になる。


「僕の(あるじ)……。面の皮、厚っ」


 ですよねー。


 うんうんと同意する私と旦那様であった。

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