仁義なさすぎる戦い【後編】
出張授業は無事終わったものの、私と旦那様は屋敷に逆戻りする羽目になってしまった。
団に戻るというラルフさんとは学院で別れ、旦那様とクライヴさん、そしてなぜか付いてきたヴィンスさんと共に屋敷の門をくぐる。そのまま庭園へと移動した。
先頭を歩いていたヴィンスさんがくるりと振り返り、パンと澄んだ音を立てて手を叩く。
「さっ、それじゃあ二回戦を始めましょう。勝負の内容はアタシが決めさせてもらうわね」
「……はあ? なぜ貴様が――」
不服そうな声を上げるクライヴさんに、ヴィンスさんは思いっきり鼻にシワを寄せる。
「出張授業を邪魔した罰よ。……それに、ちょっと面白そうなんだもの。シリルも文句はないわね?」
「……時間を取らない勝負ならな」
旦那様がため息交じりに答えた途端、ヴィンスさんはニタァリと笑み崩れた。旦那様がすうっと無表情になる。
「待て。やはり――」
「ダ~メ。もう取り消しは効かないわ。――二回戦は、その名もズバリ! 『胸キュン対決』よ!!」
両手を広げ、勝ち誇ったように宣言した。
「三分の制限時間内に、ステキな口説き文句でミアをときめかせた方の勝ち! 審判はもちろんミアよっ」
「ぅえええええっ!?」
なにその勝負!?
ネーミングセンス酷……っていうか! そもそも私は絶対に――
「ふっざけるな、そんなもの不公平だろう!? どう考えてもシリルが有利じゃないかっ。ミアはシリルを贔屓するに決まっている!」
クライヴさんが顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
でも、その言い分はもっともだ。
贔屓なんかしなくても、私が旦那様以外にときめくはずがない。
唇を尖らせて訴えようとした瞬間、ヴィンスさんがクライヴさんの肩を引っ掴んだ。ずりずりと引きずっていき、私と旦那様から完全に背を向けてしまう。
ぼそぼそとした会話が聞こえた後、クライヴさんがぱっと振り返った。その表情はさっきまでとは一変していて、なんなら爽やかな笑みまで浮かべている。
「仕方ない、その勝負受け入れてやろうじゃないか! シリル、お前が先で構わんぞ」
「そうそう、さっきはクライヴが先攻だったしね。言っておくけど辞退はナシよ。ちゃんとアンタのお父様を見習って、有言実行してもらわなくちゃね?」
「…………」
苦々しく眉根を寄せながらも、旦那様は諦めたようにクライヴさんとヴィンスさんから顔を背けた。よっぽど早くピクニックに行きたいのだろう。
真剣な表情で私に向き直る。
「……ミア」
「は、はいっ!」
ぴっと背筋を伸ばして、旦那様の言葉を待ち構える。今更ながらにわくわくしてきた。
――勝負のためとはいえ、旦那様が私を口説いてくれる。
もしや、いつもならおねだりしても五回に一回くらいしか返してくれない、あの言葉も聞けちゃうかもしんない?
浮かれた予想に小躍りしそうになる足をなんとかなだめ、しとやかに微笑んで待つ。
庭園の中を穏やかな風が吹き抜ける。
私の長いスカートと、陽光を弾いて輝く旦那様の銀髪がふわりとなびいた。気持ちよさに目を細める。
目に眩しいほどの緑と、咲き誇る大輪の花々が私達を包み込んでいた。旦那様は、湖面を思わせる碧眼で熱く私を見つめ――
「…………」
「…………」
「はぁい、三分経過。時間切れ~」
ヴィンスさんが無情に宣告した。
ええ~……って、そりゃそうか!
二人きりの時ですらなかなか言えないもんね。人前でなんかもっと無理だよねっ?
旦那様ががっくりと地面に膝を突き、私も慌てて屈み込む。
「だ、大丈夫ですよシリル様! 私は何があっても、他の人にときめいたりしませんからっ」
打ちひしがれる旦那様を、必死になって慰めた。最後に肩をひと撫でして、こぶしを握り締めて立ち上がる。しゅしゅっと振って身構えた。
さあさあ、どこからでもかかってきなさいクライヴさん!
私は絶対に平常心を崩しませんからねっ。
悠々と仁王立ちしていたクライヴさんが、ファイティングポーズを決める私を見て顔から笑みを消す。ゆったりと私に歩み寄った。
「……ミア」
「ハイなんでしょうっ?」
しゅっしゅっ。
「俺は、この歳まで何不自由なく暮らしてきた。だが今は、何もかも――身支度から移動から、食事の支度まで自分でせねばならない」
……う、うん。
生活がガラリと変わって大変だよね……。
「先日、お前が食材をどっさり差し入れてくれたろう? あれで朝食を作ってみたんだ。作り方はニールに教わった」
おおっ!
偉い、偉いよクライヴさんっ。
「まず、パンを切る。卵を割り、ミルクと砂糖を加えてしっかりと混ぜ合わせる。出来上がった卵液に、パンを浸して沁み込ませ、冷蔵庫に入れて一晩待つ――」
ふむふむ。
「翌朝、満を持して調理開始だ。まずは熱したフライパンにバターを落とす。バターが溶けて良い香りが立ち昇ったところで、卵液をたっぷり含んだパンを並べ――」
……ゴクリ。
「フライパンでこんがり焼き上げる。じゅうじゅういう音に合わせるように、俺の腹の虫も鳴り響いて参ったよ。美しい焼き色の付いたそれを、真っ白な皿に盛り付け――」
……じゅるり。
「上にバニラアイスを載せて、蜂蜜を回しかけた。ナイフとフォークで切り分けて口に入れると、冷たいアイスがパンの熱で程よく溶けて絡み合い、とろけるような旨さだった――」
しみじみと呟いたクライヴさんは、じっと私を見つめて瞳を潤ませる。
「その時、思ったんだ。……ミア。これをお前にも食べさせたい、と」
――キュンッ。
「勝負ありっ。クライヴさんの勝ち!!」
気付けば私は高らかに宣言していた。
前のめりに倒れかけた旦那様が、体勢を立て直してヴィンスさんにくわっと噛みつく。
「おい!? これのどこにときめく要素があった! 今のは単に食欲だっ」
「いいのよ、だって胸キュン対決だもの。胸をキュンさせた方の勝ちなのよ」
「キュンしたのは胸ではなく腹だろうっ」
「ふははははッ! 己の妻への理解が足りないらしいな! 愚かなりシリルッ!!」
ぎゃあぎゃあと言い争う男性陣を眺めつつ、私は胸……ではなくお腹を撫でた。
(……お腹、減ったなぁ)
これで一勝一敗。
今日はどうやらピクニックは無理らしい。
次の勝負は料理対決に決定したらしく、旦那様とクライヴさんは厨房へと突撃していく。苦笑いで見送ったヴィンスさんが、すまなさそうに私を拝んだ。
「ゴメン、ミア。クライヴもなんだかんだで頑張ってるし、一度シリルに勝ったら満足すると思ったんだけど。逆に、シリルに火を点けちゃったみたいね?」
まあ、あの男がミアに関することで譲るワケないか。
ため息をつくヴィンスさんに、笑って首を振ってみせる。
「いいんです。ピクニックはまた来週行けばいいもん。……それに」
ちょいちょい、とヴィンスさんを手招きした。屈んでくれた彼の耳元に、内緒話のように囁きかける。
「さっきの勝負、悪くなかったです。口に出せなくてだんまりするシリル様、可愛くってときめいちゃった」
いたずらっぽく告げると、ヴィンスさんは瞬きしてから大きく噴き出した。お腹を抱えてげらげら笑う。
「それ、本人に言ったらダメなやつよ? 情けなさ倍増だものっ」
ええ~、そうかなぁ?
絶対可愛いと思うのにー。
一緒になって笑いながら、私は先に立って駆け出した。
「さ、それじゃ。三回戦の見物に行きますかっ」
いっぱい味見させてもらわなきゃ!
今日のお昼は大ご馳走だ。
きっと賑やかな食卓になるに違いない。
ヴィンスさんと一緒に、うきうきと足を急がせた。
番外編にお付き合い頂きありがとうございました!
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