お届けミッション!
時系列は誕生日パーティの前ぐらいです。
「――おや? これは……」
怪訝そうな声音に、私は朝食を食べる手を止めた。もぐもぐごっくん、と飲み込んでから首を傾げる。
「ジルさん? どうかしましたか?」
「……ああ。失礼いたしました、奥方様」
はっとしたように背筋を伸ばし、ジルさんが申し訳なさそうに微笑する。旦那様の定位置の、ひとつ隣の椅子から何かを拾い上げた。
大判の茶封筒――きちんと蜜蝋で封されている。
「おそらく旦那様のお忘れ物かと。今朝はいつもより早くお出になられたでしょう?」
そう、私が起きたときには旦那様はすでに出勤していた。お陰で今日は「いってらっしゃい」を言いそびれてしまったのだ。
ちらりとテーブルに視線を走らせ、大急ぎでスープを飲み干した。ご馳走様でした、と両手を合わせて立ち上がる。
「ジルさん、私が届けてきますよ! 任せてくださいっ」
しかし、ジルさんはきっぱりと首を振った。
「いいえ、奥方様。これは使用人の役目でございます」
「いいえ、ジルさん。これは妻の役目でゴザイマス」
大真面目ににらめっこした結果、勝ったのは私だった。ジルさんが苦笑しながら私に封筒を差し出す。
「承知いたしました。それではすぐに馬車をご用意いたします」
「はいっ、よろしくお願いします!」
***
魔法士団本部。
重厚感のある石造りの建物に、堂々たる門構え。封筒を抱き締めた私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
(えぇと、まずは受付……。シリル様に取り次いでもらわなきゃ……)
頭の中でシミュレーションしながら、緊張しきりで中へと足を踏み入れる。受付にいた綺麗なお姉さんが顔を上げた。
「おはようございます。ご要件は何でしょうか?」
にっこりと優しい笑顔に、どぎまぎしながら勢いよくお辞儀する。
「はじっ、初めまして! えぇと、今日はその、シリ、ではなく。氷の旦那様の忘れ物を届けに参りましたっ!」
早口で言い切ると、お姉さんは目をまんまるに見開いた。やがてその瞳に理解の色が浮かび、笑顔で立ち上がる。
「まあ、魔法士団長閣下の使用人さんなのね。お使いご苦労様」
「…………」
いいえ、妻でゴザイマス。
どう誤解を解くべきかと悩んでいると、なぜかお姉さんも眉根を寄せて考え込んでいた。コツコツ、と神経質に額を叩く。
「……今日は、確か早朝会議があったはず。どうしよう、忘れ物が会議で使う資料とかなら乱入すべき……? いやいや駄目よ、邪魔をしたと怒られてしまったらどうするの?」
低い声で、ぶつぶつと自問自答する。
「氷の魔法士団長の恐ろしい眼光に射抜かれる。あたし心臓発作起こす。今日の合コン出られなくなる。……うん、人生の大損失ね」
どうやら結論が出たらしく、お姉さんは大きく頷いた。晴れやかに微笑み、どうぞ、と背後の階段を指し示す。
「二階に上がって右に進んで、一番奥の会議室ですっ! ずずいっとお一人で進んじゃってください!」
「…………」
魔法士団のセキュリティ、こんなんで大丈夫でしょうか……?
ずっこけそうになりつつも、「じ、じゃあお邪魔しま~す」と引きつり笑顔で受付を後にした。軽やかに階段を駆け上がり、指示されたとおり右に曲がる。
(……うぅん、でも)
会議に乱入、は確かに緊張するかも。
旦那様に恥をかかせたりしないよう、しっかり段取りを確認しなければ。
そのいち、まずは扉をノックする。
そのに、返事があってから扉を開いて、「失礼いたします」と礼儀正しく一礼。そのさん、旦那様の同僚の皆さんに、妻として完璧な挨拶を――……
……挨拶?
足を止め、旦那様を真似てぐぐっと眉間に皺を寄せて考え込む。
「宅の主人がいつもお世話になっているざますぅ~? ……いやいや、絶対違う。うちの旦那様がぁ~……いやいや、また使用人と間違えられちゃう」
何かいい台詞はないだろうか。
一発で私が旦那様の妻だと、誰もがわかるような名台詞が。何か……!
(――そうだっ)
「忘れ物を届けに来ましたよダーリンッ! なぁんてどうかなっ?」
てへへと照れ笑いしていると、背後から涼やかな声が飛んできた。
「ああ、わざわざすまなかったな愛しいハニー。忘れ物をしたお間抜けな俺を、どうか許しておくれ」
ええっ!?
どうしちゃったのシリル様っ!?
仰天して振り返った先には、凄みのある笑みを浮かべたヴィンスさんが立っていた。……ただし、その目はちっとも笑っていない。
ヴィンスさんはつかつかと私に歩み寄ると、いきなり首根っこを引っ掴んだ。
「なぁんてシリルが言うわけないでしょうがっ。アホかアンタはッ! シリルに恥をかかせる気!?」
轟くような大声で怒鳴りつけられ、ひゃっと耳を塞ぐ。鼻息荒く怒る彼に、「だってぇ」と情けない声を上げた。
「受付で使用人と勘違いされちゃったんですよぅ。私って、もしやあんまり妻っぽくない?」
「今さら気付いたのかソコに」
あきれたように突っ込みながら、ヴィンスさんが私から封筒を取り上げる。
「とにかく、お届けご苦労様。これはアタシからシリルに渡しておくわ」
「ええっ!?――駄目ですっ」
大慌て封筒を奪い返した。渡すものかとぎゅうと強く抱き締める。
「今朝はシリル様に会ってないんですっ。だから私が直接渡すんですっ」
「……ああ。成程ね」
苦笑したヴィンスさんは、「だったら」とくるりと私を裏返す。
「わわ……っ?」
「アタシも付き合ってあげるわ! 会議はさっき終わったから、シリルは今頃最上階の執務室に戻ってるはず!」
さあ、行くわよ!
なぜか大張り切りのヴィンスさんに背中を押され、再び階段を登る私であった。
***
魔法士団本部、最上階。
さすがは天下の魔法士団長の執務室だけあって、飾り彫りされた分厚い扉がなんとも豪華だ。
ヴィンスさんがうきうきした様子で私の肩を叩き、「ねえねえっ」と声をひそめた。
「シリルはきっと一人だと思うから、やっぱりさっきの台詞言ってみましょうよっ。どんな反応するか見物――……あら?」
瞬きする彼につられて私も振り向いた。階段のすぐ側で、お盆を持った女の人がぽかんとして立ち尽くしている。
ヴィンスさんがすかさず居住まいを正した。
「おや。それはもしや、団長にですか?」
取り澄ましたように尋ねるヴィンスさんに、彼女もほっとしたように頷く。
「ええ、お茶をお持ちしたのです」
ヴィンスさんの瞳がきらりと光った。「では、これはわたしから団長にお出ししておきましょう」と一方的に告げると、強引にお盆を奪い取ってしまう。
きらきらイケメンスマイルに当てられたのか、頬を染めた彼女は素直に頷いて去っていった。背中が見えなくなるまで笑顔で見送って、ヴィンスさんは興奮したように私の手にお盆を押し付ける。
「チャンスよミアッ! 使用人の振りしてシリルにお茶出しするのっ」
「えええっ!?」
扉の前、二人でこそこそ囁き合う。
「いーい、ちゃんと声音は変えるのよ?――よし行けっ!」
止める暇もあらばこそ。
ヴィンスさんが重い扉をゴツゴツとノックする。すぐに中から「入れ」と応答があった。
行けっ! と再度目顔で促され、仕方なくドアノブに手を掛ける。
「し、失礼しまぁす?」
いつもより甲高い、うわずった声を上げる。
執務机の旦那様はこちらを見ることなく、手元に視線を落としたまま無表情に頷いた。
そそ、と小幅で歩み寄り、机の隅にカップを給仕する。
「粗茶ですぅ~、おほほほ~?」
「…………」
旦那様が微かに眉をひそめた。さては不審に思われてしまったかと、慌ててぐいぐいカップを彼に近付ける。
「大変大変、冷めちゃうわっ! お熱いうちに一気、一気!」
パンパンと手を叩いて囃し立てると、旦那様がゆっくりと崩れ落ちた。
美しい銀髪をさらりと揺らし、あきれたような視線を私に向ける。
「……火傷させる気か」
「ふうふうしてあげてもいいですよ?」
澄まして告げると、旦那様の瞳がやわらいだ。
姿勢を正し、優雅な所作でカップに口を付ける。一口飲んで、小さく頷いた。
「それほど熱くはないな。……で、どうした」
「あ、実は忘れ物を届けに来たんです!」
脇に挟んでいた茶封筒を取り出し、満面の笑みで旦那様に手渡す。「ああ」と旦那様が目をしばたたかせた。
「ジルが来ると思っていたが。……わざわざ悪かった」
「いいえ! 私がどうしても行きたいって言いはったんです!」
とにもかくにも、これで無事にお届けミッション達成だ。
(……あ)
違う違う、もう一個あったんだ!
ぱっと机の前に回り込み、せっかく渡した封筒を再び手に取る。ぶりっと小首を傾げて旦那様に差し出した。
「えへへ、忘れ物を届けに来ましたよっ。愛しのダーリンッ!」
――――ゴフッ!!
その後。
激しくお茶にむせた旦那様は、しばらく咳が止まらなかった。私は死ぬほど謝った。
そしてヴィンスさんは、回復した旦那様からめっちゃ怒られた。……なんか、お騒がせしちゃってスミマセン……。
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