エピローグ
お昼時を過ぎると、店は見違えるように落ち着きを取り戻す。
泡だらけの食器を丁寧にゆすぎ、ふうと額に浮いた汗をぬぐった。毎度毎度、ランチ時は戦場だ。
「おかしいですよねー。ここ、カフェのはずなのに」
洗い終えたお皿をふきんできっちり拭き上げながら、ニールさんがわざとらしく首をひねる。……いやいやいや。
店主のジルさんと顔を見合わせ、思わず苦笑いしてしまう。
「ニールさんのごはんが美味しすぎるせいでしょう? もはや魔法士団の食堂と化してるじゃないですか」
「ま、近いですからねー」
澄まし顔で取り繕いつつも、その口元はにんまり笑っている。
今もまたひとり、団服を着た男の人が「ご馳走様」とヒラリと手を振って出ていった。魔法士団の建物の方向へと消えていく。団の本部はここから目と鼻の先にあるのだ。
ありがとうございました、と見送ったジルさんがしみじみと呟く。
「この場所を選んでくださった旦那様のお陰でございます。開店してたった二ヶ月で、ここまでお客様に恵まれるとは」
「立地だけじゃないですよ。お料理もお菓子もお茶も、全部ぜーんぶ美味しいから!」
褒めついでに私のお腹がぐうと鳴る。ランチタイムが始まる前に軽い賄いは食べたけれど、もうすっかり消化してしまったのだ。
汚れ物も片付いたことだし、これからお客に早変わりしちゃおっと。
目論んだ途端にドアベルがカランと鳴って、新たなお客様が二人入ってきた。
「――いらっしゃ……って、えええっ!?」
大絶叫した私に、二人がしいっと人差し指を唇に当てる。慌てて私も口をつぐんだ。
なんとか笑顔をこしらえて、しとやかに一礼してみせる。
「あちらのテーブル席へどうぞ~!」
注文は鼻の下を伸ばしたニールさんに任せることにして、私は二階のジルさん居住スペースへと駆け上がった。エプロンと伊達眼鏡をはずし、ポニーテールにしていた髪をほどいて整える。
うんよし、と鏡の前で全身をチェックして、急ぎ彼女達に合流した。
「――アビーちゃん、エマさん! いきなりだからびっくりしちゃった!」
「えへへ。今日で定期試験が終わりだったから……」
はにかみながら答えるアビーちゃんの髪を優しく撫でて、エマさんもふんわり微笑む。
「たまには息抜きも必要ですもの。それに、ここなら隠れるのにぴったりですし」
背後の植木鉢に鋭く目をやった。
ここは壁際一番奥のテーブル席で、あえて大きな植木鉢で仕切ってある。カフェたるもの、密談スペースも必要だというのがジルさんの持論なのだ。
運ばれてきたケーキセットをつつきながら、「それにしても」とエマさんが意味ありげに私を見る。
「グウェナエルちゃんがお店の前で愛嬌を振りまいておりましたから、ミア様もいらしているとは思いましたけれど。……見間違いでなければ、働いておられましたわよね?」
ぎくぎくっ。
しらばっくれようにも、エプロン姿をしっかり目撃されてしまった。私はしおしおと二人に頭を下げる。
「アーノルド陛下には内緒でお願いします……。週に数回、忙しい時間帯にカウンターで洗い物をするぐらいなんですけど。ちゃんと変装してるし、そもそも魔法士団の人達にすら気付かれてないっていうか」
そもそも有名なのは旦那様であって、私みたいな平凡顔は簡単に溶け込めるっていうか。
しどろもどろに弁解する私に、エマさんがコロコロと上品に笑った。
「あらまあ。では口止め料として、姫様にケーキのお代わりを――……」
言いかけたところで、すうっと目線を鋭くした。素早くアビーちゃんの肩に手を回す。
「――ミア様。さり気なく、わたくし達の後ろを見ていただいてよろしいですか? 殺気はこもっていませんが、粘りつくような視線を感じるのです」
「……っ。り、了解です」
ゴクリと唾を飲み込んで、植木鉢の向こうに目を凝らす。体を斜めに傾けた途端、私と同じ体勢の男と目が合った。
「…………」
うん。
すっと体を戻し、何事もなかったかのように紅茶のカップを手に取る。ひとくち飲んでソーサーに戻し、もう一度体を傾けた。
「…………」
さっきより近くにいる。
「……エマさんエマさんっ! どうしよう、陛下がいますっ」
小声で囁きかけると、エマさんは目をまんまるに、アビーちゃんは能面のように無表情になった。……旦那様との血の繋がりを感じたよ。
って、今はそれどころではなく!
「な、なんか変な格好してます。髪は七三分けだし、靴は高級感にあふれてるのにズボンは破れてますっ」
あと、赤いチョッキが絶妙にダサい!
早口で実況中継する私に、エマさんが重苦しいため息をついた。
「平民に変装しているおつもりなのでしょう。……今日は王妃様に許可を取って参りましたのよ。おそらくそこからバレたのだと思いますわ。――いかがいたしますか、姫様?」
厳しい眼差しをアビーちゃんに向ける。
「……ぇ……?」
「陛下をこの席にお呼びするかどうか。決めるのは、姫様ご自身です」
アビーちゃんが泣き出しそうに顔を歪ませた。すがるように私に手を伸ばす彼女に、私も大きく頷いてみせる。
「アビーちゃんの思う通りにしていいんだよ? 自分の気持ちに素直になって!」
アビーちゃんはハッと大きな瞳を揺らした。
唇を噛み、強い決意を宿した目で私とエマさんを見比べる。
「……ミア姉様。エマ」
「は、はいっ」
ぐっと身を乗り出す私達に、彼女はきっぱりと宣言した。
「気付かなかったことにしましょうっ」
椅子から転がり落ちかける私をよそに、エマさんは得たりとばかりに拍手した。頬に手を当てておっとりと微笑む。
「素晴らしいですわ、姫様。その気の持てない殿方は完膚なきまでに拒絶する。勘違い男には勘違いさせる隙すら与えない――。姫様も立派な淑女に成長されましたこと」
「うんっ、ありがとうエマ。わたし、これからも頑張るねっ」
「…………」
どうしよう。
盛り上がっているところ悪いのだけど、王様が「ボクも仲間に入れて」って目で私を見てるんです……。
頭を抱えていると、不意に王様がぎゃっと悲鳴を上げた。首根っこを引っ掴まれて無理やり立たされている。その後ろに立つのは――
「シリル様っ!?」
苦りきった顔をした旦那様が、私に小さく頷きかけた。背後にいた屈強な男性陣に王様を引き渡し、大股でこちらに歩み寄ってくる。
「陛下の護衛から回収を依頼された。……大分待ったろう」
「いいえっ。アビーちゃんとエマさんとお茶してましたから!」
今日は午後から旦那様はお休みを取って、私とここで待ち合わせをしていたのだ。仕事が長引くのはよくある話なので、私も最初からそのつもりだった。
ケーキの最後のひとくちを口に放り込み、紅茶で一気に流し込む。勢いよく立ち上がった。
「――それじゃ、二人とも! また遊びに来てくださいね。あ、アビーちゃんケーキお代わりしていいよ!」
叔母さんの奢り、とウインクして二人に別れを告げる。
店の前で看板犬を務めてくれたグッさんとも合流し、私達は市場へと足を急がせる。
「今日の夕飯、何にします?」
「酔いどれ亭秘伝の煮込み。昨日から仕込んでおいた」
なんと。
昨夜は帰りが遅いと思っていたのだ。残業しているとばかり思っていたのに、どうやらこっそり秘密基地に寄っていたらしい。
苦笑しながら買い物計画を立てる。
「じゃあ後はパンと卵とー、明日の朝用の果物も買って帰ろうかな」
今日は週に一度のお楽しみ、秘密基地にお泊まりの日だ。
上機嫌で旦那様の腕に抱き着くと、旦那様も柔らかく微笑んだ。その瞬間、周囲の人々がざわりと騒ぐ。……うん。もうね、慣れました。
旦那様を追い越して、早く早くと腕を引く。
「――さあ、急いで買い物済ませて帰りましょっ。いっぱいのんびりするんだから!」
「ああ」
「わんっ」
二人と一匹で笑い合い。
陽だまりの中を元気いっぱいに駆け出した。
――了――
これにて完結です!
ブックマーク&評価、すごくすごく励みになりました……!
お陰様で無事に完結させることができました。
最終回までお付き合いくださって、ありがとうございました!
最後にお知らせがあります。
『冷酷非情な旦那様!?』
なんとこちら、書籍化が決定いたしました!!
これもひとえに読んでくださった皆様のお陰です……!
本当にありがとうございました!
そして書籍化に伴い、ユーザーネームを変更しました。
「逆」改め、「和島 逆」です。
お気に入り登録等も、ぜひお気軽にしていただけると嬉しいです!
書籍化に関する詳細は順次、活動報告でお知らせしたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします(*^^*)
2021.6.26 和島 逆




