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第88話 季節が巡り、そして

 赤、白、黄色。

 ピンクに薄紫、オレンジ色。


 色鮮やかな光景に、くらくらする。


 こんなにも大量の中から、一体どれを選べばいい?

 ああ。私にはわからない――……


 額に手を当てたポーズでわかりやすく苦悩していると、傍らからスッと人影が進み出た。


「まずは、これとこれだね。ちょっと大きめだけど、空間にメリハリがつくからさ。それとこっちは、お店の入口に置くといいよ」


「――ありがと、リオ君! 頼りになるぅ!!」


 手を合わせて拝むと、救世主は砂色の髪をサラリと揺らして微笑んだ。「それから」とさっきまで見ていた観葉植物から目を離し、今度は切花を指し示す。


「カウンターにも花を飾るべきだよ、絶対。店内がグッと華やかになるからね」


「了解、了解っ。いい感じのお花を選んでくださいっ」


「はい、毎度あり~。明日の朝イチで配達するからね」


 ほくほく顔のリオ君が揉み手した。


 ありがとうございました、というリオ君ママの弾んだ声に見送られ、私とリオ君はハイド生花店を後にする。

 外で待っていてくれた狼犬のグッさんが、「わふっ」と元気に一声吠えた。


「グッさん、お待たせ! 次はお店に向かうよ~!」


 任せろ、と言わんばかりにグッさんが腰を上げる。

 周囲に油断なく目配りしながら、キビキビと先頭に立って私とリオ君を導いてくれる。グッさんの銀の毛並みが暑い日差しを照り返し、こぼれんばかりに輝いた。


「……グウェナエルは、本当に立派な護衛だよねぇ」


 後ろ姿に見惚れながら、リオ君が感嘆したように呟く。私も勢い込んで頷いた。


「でしょでしょ? もう四六時中一緒にいるんだ。その方がシリル様も安心みたいだし」


「この平和な国で、そうそう誘拐なんて起こらないんだけどね。本来なら」


 リオ君が苦虫を噛み潰したような顔で言う。


 誘拐の話題になると、半年近く経った今でも皆がこんな顔をする。ジーンさんなども、帰ってすぐは泣いて怒って大変な騒ぎだったのだ。


 思わず足を止め、深々とリオ君に頭を下げた。


「……その節は、ご心配をおかけして大層申し訳なく……」


「いやいや、ミアちゃんが謝ることじゃないから。――あ、噂をすれば。誘拐犯その二」


 リオ君の声につられて顔を上げると、箒を持ったニールさんがぶんぶんと手を……ではなく箒を振っていた。満面の笑みで私達に駆け寄ってくる。


「いらっしゃいハニー、グウェナエル! ――そしてようこそ、花屋の少年よ。僕こそが誘拐犯その二です」


「知ってます」


 二人して大真面目にお辞儀し合う。


 ニールさんは額の汗を拭い、私に向かって眩しそうに目を眇めた。


「ハニー、暑いからアイスでもいかがです? 僕もちょうど店先の掃除が終わったところなんです」


「いいですねー! 店長さんは中ですか?」


 声を弾ませて問いかけると、ニールさんはなぜか失笑した。ちょいちょい、と私達を手招きして、にんまりと囁きかける。


「テーブルと椅子の配置がああだこうだって、今朝からうんうん唸りっぱなしなんですよ。……まったく、明日には開店だっていうのに」


「念願のお店ですからね。よぉし、私も早くお手伝いしないとっ」


 腕まくりして、意気揚々と扉を開ける。

 カラン、とドアベルを鳴り響き、中にいた店長さんがはっと気付いて振り返った。私を見て嬉しげに顔をほころばせる。


「――奥方様! 来てくださったのですね」


「もっちろん! これでジルさんの夢が叶うんですからっ」




***



「開店祝いのお花の注文もばっちりです。リオ君が選んでくれて」


「明日配達しますから。今日は僕も微力ながらお手伝いさせてください。後で従姉(いとこ)も来るって言ってましたし」


「……皆様。本当にありがとうございます」


 ジルさんが感動したように目を潤ませる。

 ニールさんがすかさず進み出て、さっとハンカチを差し出した。


「どうぞ、店主(マスター)。涙を拭いてください」


 ジルさんがジロリと横目でニールさんを睨む。


「……何度も言うが、君を雇うのはあくまで奥方様のご推挙あればこその話だ。ゆめゆめ忘れないよう」


 ハンカチを奪い取り、苦々しく吐き捨てた。


 いつも穏やかなジルさんのらしくない様子に、思わず苦笑してしまう。まあまあ、と二人の間に割って入った。


「ニールさんのごはんが美味しいのは私が保証しますから。ランチもやるんですよね?」


「ええ。慣れるまではメニューを絞ってやってみようと考えております」


 ジルさんがはにかみつつ答える。


 全員でアイスを食べて休憩しながら、ランチメニュー談義に花を咲かせた。


(……良かったぁ)


 興奮に顔を赤くするジルさんを眺めて、安堵に胸を撫で下ろす。


 ――湖畔の別荘から、無事に屋敷に戻った後。


 ジルさんは土下座せんばかりの勢いで、私と旦那様に謝罪した。自分が供をしながら私を守れなかったと、危険な目に合わせたと涙を流して悔やみ続けた。


 そして私の擦り傷が癒えるのを待ち、彼は唐突に宣言したのだ。自分は責任を取って執事の職を辞する、と。私と旦那様がどんなに慰留しても、がんとして聞き入れてくれなかった。


 あまつさえ退職金も受け取らないと言う。

 これもどんなに口酸っぱく説得しても無駄で――業を煮やした旦那様は、とうとう実力行使に打って出たのだ。


 くすりと思い出し笑いして、私はまだごたついている店内を見回した。


退()()()()()()()()、とうとう明日から稼働ですねっ。すっごく楽しみ~! ……で。やっぱり、私を雇ってくれたりは……?」


 上目遣いに窺うと、ジルさんが答えるより早く、リオ君がばっさりと切り捨てる。


「駄目に決まってるでしょ、ミアちゃん。ジーン姉さんの研究室掃除をこっそりやるだけならともかく、王族の奥方様がカフェの接客業だなんて。絶っ対に無理」


 ……うぅん、やっぱり駄目かぁ。


 そう。


 なんと、私と旦那様の「王族辞めちゃおうぜ計画」は失敗してしまったのだ……!


 旦那様と二人で悲痛な表情を装って、王族の離籍を願い出たはいいものの。

 旦那様のお兄さん、アーノルド陛下は三白眼を剥き出しにして叫んだのだ。「一度ならず二度までも、同じ手を食らってたまるかぁ!」と。


 どうやら前国王・ヒューバート様の退位事件は、彼の心にもプチトラウマを残していたらしい。旦那様とアーノルド陛下の押し問答は、「これは国王命令だ! 反論は許さんッ!」という陛下の最後通牒により、旦那様の敗北に終わってしまった。


 その時のことを思い返してにんまりする。


「でも、シリル様は全然諦めてないみたいですよ? 帰り道で『まだだ。まだ機会は巡ってくるはずだ』って目を光らせてたし」


 うぅん、素晴らしきかな不屈の精神。


 わいわい盛り上がっていると、再びドアベルがカランと鳴った。ジーンさんとラルフさんが暑そうに顔を扇ぎながら入ってくる。


「ジルさん……っ! 開店おめでとうございますっ。これ、あたしからのお祝いです!」


 顔を真っ赤にしたジーンさんが、大きな包みを差し出した。潤んだ瞳でジルさんを見つめる。


「あたし、あたし通い詰めますから……! お昼ごはんは絶対ここで食べるし、毎日全メニューを制覇して」


「やめろ馬鹿者。破産するぞ」


「胃袋も破裂しちゃうよね」


 ラルフさんが不機嫌に、リオ君が楽しそうに突っ込んだ。


 お礼を言ったジルさんが包みを開けてみると、中から大小様々なタオルが出てきた。ラルフさんは「実用的に過ぎる」と苦々しく呟いたが、ジルさんは笑って首を振る。


「とても助かります。ありがとうございました、ハイド先生」


「いいえ! 今日はあたしもラルフ君もお休みを取りましたから、どんどんこき使っちゃってくださいねっ」


「……力仕事ならお任せください」


 むっつりと頭を下げるラルフさんを、ぱちくりと眺める。あれ?


「ラルフさん。最近死ぬほど忙しいってこぼしてませんでしたっけ?」


 こっそり囁きかけると、ラルフさんは思いっきりしかめっ面になった。


「いや、やっと新人教育が終わったからな。……まったく。素直に言うことを聞かないわ、口答えするわでこの数ヶ月大変だったぞ。つくづく酷い目に合った」


 旦那様ばりの眉間にシワに笑ってしまう。

 流しでお皿を洗っていたニールさんが私達の会話を聞きつけ、バタバタとテーブルに戻ってきた。目を輝かせてラルフさんを覗き込む。


「――それで、いかがです? 傲岸不遜(ごうがんふそん)な新人サマのご様子は?」

明日最終話、

あさってエピローグを更新します。

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