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第87話 私史上で、一番!

 旦那様は盛大に固まった。


 こぼれんばかりに目を見開いて、生き人形と化してしまった。私は(はや)る気持ちをなんとか抑え、辛抱強く彼の返事を待つ。

 たっぷり一分はフリーズした後、旦那様は仰向けにベッドに倒れ込んだ。苦悩するように目を閉じて、そのまま微動だにしない。


 むくれた私はすかさず隣に寝転び、ねえねえと彼の肩を叩く。


「シリル様ー? 大丈夫ですかー?」


「…………」


 うぅん。

 これは、もしかしなくても駄目かもしんない?


 まあ、もし振られてしまったとしても、それならそれで別に構わない。

 上辺だけとはいえ私達はもう結婚済みなのだ。気合と根性で彼の側から離れないで、これから頑張って振り向かせればいい。


 有頂天で計画を練っていると、やっと旦那様が身じろぎした。よろめきながら体を起こし、私を見下ろす。


「……なぜ」


 呻くような声音にきょとんとしつつ、私も起き上がって小首を傾げた。


「なぜ、先に言うんだ……」


「…………」


 えっと。


 なぜ、と言われましても。


「だって、自分の気持ちに気付いちゃったんだもん。なら一刻も早く伝えないと! もたもたしてられないですよぅ」


 人生ってのは有限なんですから!


 あっけらかんと答えると、旦那様はがっくりと項垂(うなだ)れてしまった。


 なぜか打ちひしがれている旦那様は放っておくことにして、足をぶらぶらさせつつ一人でしゃべり続ける。


「そういえばシリル様。なんと私、また浮気したんですよっ。クライヴさんの魔力を奪っちゃって!」


 我知らず声が弾んでしまう。


 だって、今の私には契約解消なんて怖くない。むしろどんと来いだ。

 契約が解消されたって、旦那様が私を恋愛対象として見ていなくたって、これからも図々しく旦那様の側に居座り続ける所存です。


 上機嫌な私に、旦那様がぶすりと呟いた。


「……以前にも思ったが。なぜ、魔力譲渡が浮気になるんだ」


 返事が来るとは思っていなかったので、ぱちくりと目を瞬かせる。戸惑いつつも、だって、と唇を尖らせた。


「ヴィンスさんがそう言ってたから。……もしかして、別に浮気じゃなかったです? なら、特に問題なし?」


 顔を覗き込む私に、旦那様はぐっと喉を詰まらせる。しばし黙り込み、苦々しくかぶりを振った。


「浮気ではない。……が、問題ならある。俺としては、お前が俺以外の人間の魔力を受け入れるのは……多少、面白くない」


 多少?


「……訂正する。多少ではない。かなり。この上なく。(はらわた)が煮えくり返る程度には。面白くない」


 きちきちと生真面目に断言する。


 なんだかよくわからないけれど、やっぱり旦那様以外の人と魔力譲渡するのはよろしくないらしい。緩みそうになる顔をなんとか引き締め、びしっと敬礼する。


「了解ですっ。……でも。なるべくは守りますけど、今回みたいな場合には――」


「ああ。一応、クライヴから聞いてはいる。……俺を助けるために、奴の魔力を吸ったのだろう?」


 旦那様達が決闘の場に到着した時。


 私から魔力を奪われたこと、責任を感じた私が自ら魔獣の囮となったことを、クライヴさんは顔面を蒼白にしながら訴えたそうだ。すぐさま駆け出した旦那様の背中に、クライヴさんの悲痛な声が追いかけてきたという。



 ――すまない……っ。すまない、シリル……!



 その時のことを思い返したのか、旦那様は苦しげに眉根を寄せた。


「魔力譲渡はともかくとして。二度と、今回のような事はしないでくれ」


 私の手に指を絡め、縋るように握り締める。


「……頼むから。自分の身を何よりも、誰よりも優先してくれ。お前だけでなく、他の人間も俺が必ず助けてみせるから。だから、どうかお前だけは――……」


 声を震わせる旦那様に、改めて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。揺れる碧眼の瞳をひたと見つめ、大きく頷いた。


「約束します。……でも、シリル様だって怪我したら嫌ですからね? 絶対ですよ?」


「……ああ」


 絡めた指に力を込めて、きっぱりと答えてくれる。安堵して微笑む私をじっと見つめ、旦那様も頬を緩めた。二人で小さく笑い合う。


 心地良い沈黙に浸っていると、旦那様が不意に空咳をひとつした。「実は」とためらうように口を開く。


「はい?」


「……お前が攫われてすぐ、首謀者がクライヴだと分かったんだ。奴から手紙が届いたからな。手紙には、決闘の場は追って知らせるとあったが……俺は、居ても立っても居られず――」


 私から目を逸らし、うろうろと視線を泳がせた。


「王都にある、ルグロ公爵家の別邸に押しかけた。……今思えば、別邸の使用人達は何も知らなかったのだろう。が、俺はクライヴの居所を吐けと、怯える使用人を脅しつけ」


「ええええっ!?」


「挙げ句、久方ぶりに魔力を暴走させてしまい」


「なんとぉぉぉっ!?」


「――公爵家別邸の壁に大穴を開けてしまった」


 早口で言い切った旦那様は、バツが悪そうにそっぽを向く。……えっと、それってもしや。


「器物損壊罪?」


 もしくは、建造物損壊罪。


 眉を下げる私に、旦那様はしかつめらしく頷いた。


「それと、脅迫罪だな。……どうしたものかと思い悩んでいる。このままでは国王である兄に、迷惑をかける事になるからな」


 ため息交じりに呟き、意味ありげに私を見やった。


 ぽかんと彼を見返し、しばし二人無言で見つめ合う。

 首をひねった瞬間、突然脳裏にヒューバート様の姿が閃いた。国王を辞めて、クロエさんとの生活を満喫する――自由で楽しげだった、旦那様のお父さん。


 はたと手を打ち、大急ぎで旦那様を真似た。精一杯の困り顔をこしらえて、ぎゅぎゅっと眉根を寄せてみる。


「たいへん。シリル様、きちんと責任を取らなきゃ駄目ですよ」


 私の説教口調に、旦那様は得たりとばかりに同調する。


「そうだな、こうなっては仕方無い。この身が引き裂かれるように辛い事だが、兄に願って王族籍から抜いてもらう他ないだろう」


 ちっともツラくなさそうな無表情で、旦那様は棒読みに言い放つ。笑い出しそうになるのを必死で堪え、私も大真面目に頷いた。


「ですです。お屋敷を追い出されたって、私達には秘密基地があるし。路頭には迷いません」


「魔法士団は辞めないつもりだ。降格処分は受けるかもしれんが」


「大丈夫です。私も働きますっ」


 ガッツポーズで請け合ったところで、とうとう二人同時に噴き出した。肩を震わせて俯く旦那様に、笑いながら抱き着く。


 まだ口元に笑みの残る旦那様が、穏やかな瞳で私を見下ろした。


「俺が、王族でなくなっても構わないか?」


「もっちろん! 身分なんか関係ないです。私が好きなのはシリル様だからっ」


 きっぱりと言い切ると、またも旦那様は動きを止めた。何か言おうとするように口を開きかけ、また閉じる。


(……ん? なんか、これって……)


「……前にも、同じことがあったような?」


 首をひねる私に、旦那様は深々とため息をついた。


「初めて名を呼び合った時だな。……あの時も、俺より先にお前が言葉にしてくれた……」


 俺は負けてばかりだと、旦那様が遠い目をする。振り切るように咳払いをして、体ごと私に向き直った。


「――ミア。どうかこれからも、俺と共に生きてほしい」


 真剣な表情で、一言一句噛み締めるように口にする。

 くすぐったさに、私も笑顔で彼を見上げた。


「はい、喜んで」


 力強く返事をして、「で?」と旦那様の腕を揺さぶる。

 旦那様は顔を引きつらせたけれど、絶対カンベンしてあげません。もうひとつだけ、聞きたい言葉があるんです。


 耳を傾ける仕草をすると、旦那様は大きく深呼吸した。ゆっくりと私を抱き寄せ、耳元に唇を寄せる。


「――……」


 囁くように落とされた言葉に、目を閉じて聞き入った。胸の奥にほわりと明かりが灯る。


 私も、と答えて旦那様にしがみついた。声を上げて笑いながら、旦那様の胸に顔を埋める。旦那様も体を震わせて笑っていた。


 ――出会って初めて聞く、旦那様の笑い声。


 ふわふわした幸せに包まれながら、もう一度目を閉じる。滲んだ涙が温かく頬を濡らした。

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