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第8話 嫁イビリは様式美!?

 荒天、王都へ向かう馬車の中。


 副官さんはあからさまに私から顔を逸らし、むっつりと外を眺めている。……うん、かなり根に持ってるね?

 会話のない気詰りな空気に居心地が悪くなり、ここに居ない男を恨めしく思った。


 ――なんと、私の旦那様(予定)は、私と副官さんを馬車に詰め込むと、馬を駆って先に出発してしまったのだ。


 まさか嫁を置いていくなんて!

 これが俗に言う「釣った魚に餌をやらない」ってヤツなのね!?


 しばし悲劇のヒロインに浸ってみてから、てへっと心の中で舌を出す。そもそも結婚なんて建前なのだから、それは別に構わないのだ。


 心配なのは、氷の旦那様の体調のこと。

 外は土砂降りなのに、風邪でも引いたらどうする気だろう。全くもうっ。


 ため息をひとつつき、不機嫌大爆発な副官さんを上目遣いに窺う。仮にも旦那様の同僚さんなのだから、できれば仲良くなりたいと思う。


「……あのぉ、副官さんは……」


「わたしは『副官さん』などという名前ではありません」


 私の方を見もせずに、にべもなく答える。

 しかし、私はめげたりしない。千里の道も一歩から。歩み寄ることこそ大切なのだ。


「副官さんはっ、なんて名前なんですかっ」


「あなたに教える名はありません」


「副官さんはっ、どうして言葉遣いがコロコロ変わるんですかっ」


「あなたに関係ありません」


「副官さんはっ、とっても綺麗な黒髪ですねっ」


「フン、当ったり前よ! というか、髪だけじゃなくてお肌も褒めなさいよね! このツルピカ肌を維持するため、毎晩お手入れに一時間はかけてるんだから!」


 まあ、魔法士として当然の嗜みってやつかしらぁ~。


 やっとこちらを向いてくれた副官さんが、頬に手を当てて得意げに微笑んだ。そんな彼をぽかんと眺める。


 や、絶対ウソだよね?

 だって、うちの旦那様はお肌荒れ荒れだったもん。


 心の中で突っ込んでいると、副官さんが向かいの座席から身を乗り出した。私の髪を一房つまみ、痛くない程度にくいくいと引っ張る。


「そういうアンタは、若さのお陰で肌こそ綺麗だけど、ひっどい癖っ毛よね。もっとキチンと手入れなさいよ。ちゃんと香油とか使ってる?」


「ううん、使ってないです。……使った方がいいのかな?」


「モチのロンよ! ……仕方ないわね。アタシ愛用の香油を、分けてあげないこともないけどぉ?」


 パチパチと瞬きをしながら、ちらっちらっと私を見つめた。


「なんか高そうだから遠慮します。使うのもったいないもん」


 あっけらかんと答えると、副官さんは驚愕したようにカッと目を見開く。「……何を女子力の低いことを」と呻き、不快げに眉をひそめた。


「……アンタね、シリルの嫁になる自覚はあるの? あの男は、腐っても王弟……。――そう、これからアンタはッ! 社交界の女達の(ねた)(そね)みを、一身に引き受けることになるのよッ!?」


 ビシィッと指さされ、私は目を丸くして副官さんを見返した。しばし茫然と考え込み、ぽんと手を打つ。


「――そっか。私の旦那様、シリル様っていうんだぁ。そういえば、昨日もそう呼んでましたよね」


 うかつなことに、旦那様に名前を聞くのをすっかり忘れていた。


 てへへと照れ笑いすると、副官さんがあんぐりと口を開ける。信じられないものを見る目で私を見た。


「ウソでしょ……? 天下の魔法士団長の名を知らない、あんぽんたんがこの国にいるなんてっ……。しかも、そのおバカが嫁ですって……!?」


 あんぽんたん、おバカ……。


 遠い目で反芻する私に構わず、副官さんは血走った目で私を睨みつけた。


「――いーいっ!? アンタの旦那はシリル・レイディアス、無愛想・無表情・無口の三重苦! ここディアス王国の現国王、アーノルド陛下の異母弟よっ」


「はい、わかりましたっ。ちなみに副官さんのお名前はっ?」


 はきはきと返事をして、どさくさ紛れに再び質問してみた。副官さんは気取ったようにツンと顎を上げる。


「アタシはヴィンセント・ノーヴァ! 強く賢く心優しい、三拍子揃った美青年っ!!」


「いよっ、この完璧美人ー!」


 ひゅーひゅー!


 合いの手を入れると、副官さんは得意げに小鼻をうごめかした。興が乗ったように、大きく身を乗り出す。


「――言っとくけど、社交界の女共だけじゃないわよ? これから、シリルはアンタを自分の屋敷に連れ帰るんでしょうけど。ド庶民なアンタを、屋敷の使用人達がどう思うかしらねぇ? 王族に仕えるのを誇りとしている、気位の高い連中だもの」


 意地悪く言いながら、楽しげに笑い声を上げた。


 えっ? えっ?


「冴えない町娘のアンタを見て、さぞかし驚き見下すことでしょうねぇ。陰湿なイジメなんか始めちゃったりしてぇー!」


 キャー、怖ぁいッ!


 くねくねと身をよじらせ一人で盛り上がる副官さんに、血の気が引いていくのが自分でもわかった。恐ろしい未来を想像し、ぶるぶると体が震え出す。


「い、イジメって……! 例えば、夕食で私にだけお湯みたいなスープを出したり、昼食がカチコチのパン一切れだったり、うっかり忘れたふりして朝食をくれなかったり……!?」


 そんなの嫌ぁぁっ!

 ギブミー快適な食生活ぅーーーっ!


「……アンタの懸念は食だけなワケ?」


 さっきまでのハイテンションはどこへやら、副官さんが笑みを消して半眼で私を見た。


「はいっ。ごはんはとっても大事ですっ!」


 欲を言うなら、おやつも欲しいっ!


 身振り手振りで熱弁する私に、副官さんは盛大なため息をつく。がっくりと俯いた後で、ヤケになったようにこぶしを握り締めた。


「――だったら。面倒な連中に見下されないよう、アンタは戦闘力を上げなさいっ。つまり何より優先すべきは、その底辺の女子力を上げることっ!」


「は、はいっ!」


 ありがたい助言をいただき、姿勢を正して真剣に聞き入った。副官さんは至極満足そうに頷き、こぶしを振り回して熱弁する。


「いい? 女子力とはすなわち戦闘力ッ! さあ復唱なさい!!」


「はい先生っ! 女子力とはすなわち戦闘力っ!」


「声が小さあぁいッ!」


「女子力とはぁー! すんなわちぃー! 戦っ闘っ力ぅーーーっ!!」


 二人でこぶしを天井に突き上げて叫んでいると、ガタリと音を立てて馬車が止まった。外から扉が開かれる。


 ――超絶不機嫌な魔法士団長が待ち構えていた。


「……お前達。外まで意味不明な雄叫びが響き渡っていたぞ」


「…………」


 副官さんと無言で顔を見合わせる。


 アラヤダ。恥ずかしっ。

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