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第85話 あたたかい場所

「それにしても、鎧みたいに硬いお猿さんですわね。全く刃が立ちませんでしたもの」


 形の良い眉をひそめ、エマさんがやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。

 ヴィンスさんは腰に()いていた剣を抜き放ち、正眼に構えてじりじりと魔獣との距離を詰める。


「でも、アンタの雷撃は効いたみたいね。――左右から囲むわよ、エマ」


「ふふっ、承知いたしましたわ。ヴィンセント様」


 エマさんも手にしていた小太刀を構え直す。軽く振った途端、刀身がバチバチと光を放ち始めた。こ、これはもしや……!


「静電気っ!?」


「雷の元素魔法だ」


 私を背中に庇いながら、旦那様が冷静に突っ込んだ。


 猿形の魔獣はヴィンスさんとエマさんを用心深く見比べ、少しずつ後ずさりする。

 グッと屈んだと思った瞬間、木の上に大きく跳躍した。力強く幹を蹴って反動をつけ、上空からエマさんに襲いかかる。


 魔獣は禍々しい爪を彼女に向け――


「させるかっ!」


 ヴィンスさんが一声吠えて地を蹴った。


 エマさんは微動だにせず立ち尽くしている。

 迫りくる魔獣を睨み据え、爪の攻撃が当たるすれすれでふわりと身を翻した。魔獣の外れた攻撃が地をえぐる。


 羽のような軽やかな動きで、エマさんが間髪を入れずに反撃する。


「――ギッ!?」


 電撃を帯びた小太刀が魔獣の両眼を斬り裂いた。同時にヴィンスさんが魔獣の背中を袈裟懸けに斬り下ろす。


 攻撃を終えた二人は機敏に後退した。


「ンもう、ホントに硬いわねッ! ――(とど)めは頼んだわよ、シリルッ!!」


 気が付くと、旦那様が魔獣に照準を合わせて腕をまっすぐに構えていた。氷の塊が虚空に出現する。


 眩いほどの青い光を放ちながら、氷の塊は空中の粒子を取り込むようにして、その大きさと長さを増していく。鋭く先端が尖ったその姿は、まるで一本の槍みたいだ。


 よろめきながら逃げようとした魔獣の背中に、旦那様は完成した魔法を放つ。


 巨大な氷の槍はまるで意志があるかのように、凄まじいスピードで標的に向かっていく。圧倒的な破壊力の前には木々すら障害物にならず、槍は瞬く間に魔獣に迫った。


 ――私に見えたのは、そこまでだった。


 ぱっと振り返った旦那様が、素早く私を抱き締めたから。

 大きな手で塞がれた耳の隙間から、恐ろしい断末魔が微かに届く。旦那様にすがりつき、ぎゅっと目をつぶった。




***



「――ミア殿ッ!! 無事か!? ああいや、怪我をして……!」


 クライヴさんとニールさんを残した場所に戻るなり、団服姿のラルフさんがあたふたと駆け寄ってきた。ぼろぼろの私を見て、自分の方が痛そうに顔を歪める。


 どうしてラルフさんがここに、とぱちくり瞬きしていると、彼は震えながら私の肩を掴んだ。涙目になって私の顔を覗き込む。


「頬と……足も怪我しているな。なんという無茶を――」


「ミア、この大馬鹿者がッ!! 囮になるなど正気か阿呆がっ!!」


 ラルフさんを無理やり押しのけて、クライヴさんが真っ赤な顔で怒鳴り出す。脇腹を押さえてよろめいてはいるものの、元気そうな様子に安堵して、思わず頬が緩んでしまう。


「クライヴさん……! 良かったぁ、無事だったんですねっ」


 手を叩いて喜ぶ私を見て、ラルフさんが珍妙な顔で息を呑んだ。くわっと私に噛みつく。


「加害者の心配をしてどうする!? 全く君ときたら、本当に!」


 おお、いつものお説教。

 心配してくれるのは嬉しいけれど、やっぱりラルフさんはこうじゃなくっちゃね!


 にこにこと聞き入っていると、今度はニールさんがラルフさんを突き飛ばして前に出る。


「無事でよかったですハニー! クライヴ様はアバラが折れてるみたいですけど、お陰様で僕はピンピンしてますよっ」


 これぞ愛の力ですね!


 歌うように言いながら、ニールさんが私の手を握った。狼犬のグッさんもてててと寄ってきて、ニールさんに同調するようにふっさふっさと尻尾を振る。……えっと。


 ニールさんの手を外そうとこっそり奮闘していると、私の背後からおどろおどろしい気配が立ち昇った。案の定、周囲の気温がガクンと下がる。


 ひょひょひょひょ氷点下かなっ?


 しかし、ニールさんはそれでも動じない。どころか、ますますその手に力を込めた。


 潤んだ瞳で熱っぽく私に囁きかける。


「ああハニー、貴女はクライヴ様と僕の命の恩人です。なんと気高く勇敢な――」


「ぼげぇぇぇぇっ!」


 ピーちゃんの飛び蹴りが華麗に決まった。ニールさんがもんどり打って倒れる。はっ、そういえば!


 さっと回れ右して旦那様の背中に隠れ、くいくいと彼の団服を引いて背伸びした。


「なんでピーちゃんがここにいるんです?」

「ハニーというのは何の話だ」


 おっと、かぶった。


 苦笑していると、未だ倒れたままのニールさんにヴィンスさんが歩み寄った。荒っぽくニールさんを助け起こす。


「ちょっとアンタね。誘拐一味の分際で、ウチの大事な娘に馴れ馴れしくしてんじゃないわよ。氷漬けになりたくなきゃ、その軽い口閉じときなさいっ」


 ぴしゃりと苦言を呈する彼に、さすがのニールさんも反省したように眉を下げた。ぽりぽりと頭を掻く。


「はあ、すみませ――……ハッ!?」


 あんぐりと口を開けて動きを止める。

 驚愕の視線の先には……しとやかに微笑むエマさんの姿……。


 これから起こることが容易に想像できて、思わずクライヴさんと顔を見合わせる。クライヴさんが呆れたように天を仰いだ時には、すでにニールさんはエマさんの前に立っていた。


「ああハニー! その顔、その髪、そしてその顔! 貴女はなんてお美しいかたなんだ……! まさに女神です!」


「まあ、うふふ。よく言われますの」


 おっとりと肯定するエマさんに向かって跪き、ニールさんはその手を握る。


「愛しい人。ぜひ僕とデートを――」


「あぁっらステキねぇッ!? アタシが行っちゃおうかしらぁ!?」


 額に青筋を立てたヴィンスさんが、二人の前に素早く割り込んだ。背中にエマさんを庇い、仁王立ちしてニールさんを睨みつける。


 ニールさんはぽかんとヴィンスさんを見上げ、困り顔で立ち上がった。曖昧に微笑み、小さくかぶりを振る。


「あ、ごめんなさい。ご好意はありがたいんですけど、貴方じゃ僕のハニーになれないっていうか」


「いつアタシがアンタのハニーに立候補した!? こっちの方から願い下げよッ!」


 ぎゃんぎゃんわめくヴィンスさんの後ろでは、エマさんが驚いたように目を見開いていた。その頬はほんのりピンク色に染まっている。


 微笑ましい眺めに私まで嬉しくなって、ぎゅっと旦那様の腕に抱き着いた。旦那様も柔らかな瞳で私を見下ろす。

 相変わらず隈は酷いけれど、真っ白だった顔色は随分マシになった。強力な魔法を使ったお陰で、少しは魔力を減らすことができたのかな?


 それでも早く休んでほしい。

 思いが通じたのか、旦那様はゆっくりと私を促した。


「――怪我の手当をしなければ。別荘に移動するぞ」


「はいっ」


 元気いっぱいに返事する。

 賑やかに騒ぎつつ、私達は全員で森を後にした。

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