第79話 あなたの過去を知るのです!
「ふははははッ! 食らうが良い、シリルの妻よ! 恐怖の二枚取りだあっ!」
「反射」
「はい。跳ね返されたので、クライヴ様が二枚取りですね」
「クッ、なんと卑怯な! さすがはシリルの妻、といったところか……?」
額の汗を拭う誘拐男を、冷淡な目で見返した。
いいからさっさと二枚取ってってば!
テーブルの中央に置いたカードの山から、誘拐男がペナルティ分を手持ちカードに加える。よしよし、今のところは誘拐男がダントツのビリ。このまま一気に畳み掛けるべし!
――誘拐された翌日、うららかな午後の昼下がりである。
昨夜は疲れのせいか死んだように眠りこけ、目が覚めた時にはすっかり日が高くなっていた。
誘拐男と女好きニールさんも寝坊したようで、さっき朝ごはん兼昼ごはんを済ませたところだ。
逃げ出そうにも私の部屋は厳重に施錠されていたし、部屋にいる時以外は常に狼犬のグッさんが目を光らせている。
トイレに行く時に窓から逃げようと試みたものの、スカートの裾に噛みつかれて阻止されてしまった。可愛らしく「メッ」と目で叱りつけられてしまうと、もう諦めるしかない。
それで、仕方なく方針転換することにしたのだ。
誘拐男に事情を話せとせっつくと、男は私に勝負を持ち掛けた。私が勝つごとに知りたいことを教えてやる、と。
そうして、真剣勝負が始まったわけだが。
「……なんで、そんなに弱いんです? ルグロ公爵領で流行ってるカードゲームだって言ってませんでした?」
時計回りに一人ずつカードを出して、先に手持ちカードがなくなった人の勝ち。カードによっては様々な効果もあって、相手の手持ちカードを増やすことも可能だ。初めて遊ぶけれど、戦略性もあってなかなか面白い。
ジト目で睨む私に、男はバツが悪そうに咳払いした。
「下々の間で流行っているだけで、俺もやるのは初めてだからだ」
すかさず女好きなニールさんが身を乗り出し、したり顔で口を挟む。
「クライヴ様には友達がいませんからね。このゲームは三人以上じゃないと盛り上がらないんですよ、マイ・ハニー」
誰がアンタのハニーですかい。
ズキズキと痛む頭を押さえつつ、これまでに得た情報を頭の中で整理する。
誘拐犯の名はクライヴ・ルグロ。
ルグロ公爵家の時期当主で、その母親はなんと――
(……まさか。ヒューさんの妹さん、だったなんて)
王家の姫だった彼女がルグロ公爵に降嫁して、生まれたのがクライヴさんらしい。
つまり。
(……シリル様の、イトコ……)
前国王様の庶子で、お母さんが平民である旦那様。
由緒ある公爵家の嫡子で、半分は王族の血も引いているクライヴさん。
二人の間には、私なんかには想像もつかない葛藤があったんじゃないだろうか。
おまけに二人は王立学院の同級生だったという。クライヴさんは高等科卒業後に領地へ戻ったので、大学は別だったという話だけれど。
じっと俯いて考え込んでいると、再び順番の回ってきたクライヴさんが気取った仕草でカードを滑らせた。
「今度はどうだ、シリルの妻よ! 二枚取りだぁっ!!」
「あ、じゃあ私も二枚取り」
「僕もー」
「…………」
誘拐犯、恐怖の六枚取りであえなく撃沈。
片手では持ちきれない大量のカードをじっと見つめ、ぷるぷると涙目になる。
ふふん。
どうやらまた私の勝ちのようですねっ!
***
「王立学院の初等科時代から高等科まで、俺とシリルは一貫して犬猿の仲だった。優秀で顔も運動神経も良く、人望も厚くおまけに高貴な血筋の俺を妬むあまり、奴は事あるごとに難癖をつけてきて――」
長々とナルシスト発言をかますクライヴさんを遮り、私はハイッと手を挙げた。
「シリル様は絶対にそんな事しません。嘘つかないで」
というか、難癖をつけたのはあなたの方では?
語気を強めて睨みつけると、男は反論もできずに唸るばかり。やっぱりねー。
「さすがはハニー、正解です。僕は子供の頃からクライヴ様にお仕えしていますが、学院の中までは入れません。それでもきちんと情報収集はしていましたからね」
またも口を挟んだニールさんが、生温かい目でクライヴさんを眺める。
「いつも貴族の取り巻きを引き連れて、構ってもらおうと必死だったようですよ。――やーいやーい母親が平民のくせにぃ、テストで一番だからって良い気になるなよぉ、ぼっちのガリ勉野郎がぁ~」
あっかんべえのオマケ付きの再現に、クライヴさんが真っ赤になって震えだした。バンッとテーブルを叩きつけて立ち上がる。
「そんな下品な言い方はしていないっ! 第一っ、奴はいつも俺達が目の前に居ないかのように振る舞って……! 下賤な生まれのくせに、身の程をわきまえないにも程がある! だから俺はっ……!」
勝手な言い分に我慢ならず、私も立ち上がって反論しようとした瞬間、クライヴさんは突然熱弁を止めてしまった。握ったこぶしを力無く下ろし、崩れ落ちるように椅子に座り込む。
「……高等科の時。剣術の授業の一環で、勝ち上がり戦があったんだ。俺は、勉学でも魔法でも奴に遠く及ばなかったが……剣術だけは、かろうじて互角だった」
といっても、二人とも優勝を狙える程の腕じゃない。
強ばった顔に口角だけ上げ、クライヴさんは苦しそうに息を吐く。
「だから、教師を買収して――俺と奴が一回戦で当たるよう仕組んだんだ」
「それで……どうなったんです?」
掠れた声で尋ねる私を無視して、クライヴさんは再びカードの山を手に取った。シャッシャッとリズミカルに切り、七枚ずつそれぞれの前に配り出す。
続きはまた私が勝ってからかと思いきや、クライヴさんはカードに目を落としつつも、静かに口を開いた。
「決着は、瞬く間についた。奴は全くやる気を見せず……数合打ち合った後で剣を取り落し、あっさりと俺に勝ちを譲ったんだ」
テーブルの中央に、音を立ててカードを叩きつける。
「ふざけるなと思った」
クライヴさんの燃えるような怒りを感じて、私はビクリと体を揺らした。
「……試合が終わった後、一礼して去ろうとした奴を呼び止め、罵詈雑言を浴びせかけた。奴はいつも通り、表情ひとつ変えなかったがな。再戦を要求する俺を無視して、踵を返した」
トン、とうながすように指でテーブルを叩かれ、私は慌てて次のカードを出す。
小さく頷いたクライヴさんは、低い声で続けた。
「俺は諦めきれなかった。今を逃せば卒業まで、奴をやり込める機会は無いと思ったからだ。――後ろ姿の奴に向かって、何と言ったのか。今となっては正確に覚えていない。……だが、何かが奴の心に触れたのだと思う。振り返った奴の手は、青い光を帯びていて――」
「二枚取り」
独り言のように小さく呟き、ニールさんが次のカードを置く。事情を知っているに違いないニールさんも、苦しげに顔を歪めていた。
「……気が付いたら、病院のベッドの上だった。奴の魔法に吹っ飛ばされ、頭を打って気絶したらしい。幸い怪我自体は大した事なかったが、領地から出てきた俺の両親……とりわけ母が、怒り狂ってな。まあ、息子が殺されかけたのだから当然か」
「……っ」
手持ちカードを伏せ、私は自分の体を抱き締めるようにして胸を押さえる。心臓が痛くて痛くて、たまらなかった。
ぎゅっと目を閉じ俯いていると、クライヴさんが次のカードを置く気配がした。
「シリルに責任を取らせろ、事を公表して王族籍から抜け。実の兄であるヒューバート陛下に、強硬に主張したわけだ」
「……それ、で……?」
どんなに辛くても、痛くても。
これは、旦那様の話だ。
――私が目を逸らしたら駄目なのだ。
きっぱりと顔を上げた私に、クライヴさんは真剣な眼差しを向ける。
「ヒューバート陛下は、親である自分が責任を取ると仰った。王位を退く準備を進められ……慌てたのが両親だ」
呆れたように肩をすくめた。
「赤くなって青くなって、もう結構です騒ぎ立てません、そう何度訴えてもヒューバート陛下は聞き入れられなかった。結局シリルは卒業まで謹慎処分になったが、陛下は有言実行で本当に退位されてしまってな。――とまあ。これが、高等科時代にあった全てだ」
クライヴさんの長い話が終わり、私は大きく息をついた。
ごしごしと乱暴に目を擦り、彼に笑顔を向ける。
「話してくれて、ありがとうございました。……でもっ!」
さっきクライヴさんが出したカードは、やはり二枚取りだった。私も同じカードを中央に置く。
「だからって、誘拐は犯罪ですっ! 二枚取り!」
「僕もー」
「…………」
この勝負もまた、クライヴさんの惨敗だった。
……クライヴさん、絶対勝負運ないよね?




