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第78話 適量を守るって大事です!

 ちぎったパンの最後の一口をほおばって、冷たいミルクで流し込む。二回おかわりした鶏肉入りのシチューは絶品で、目の前のお皿はまるでなめたように綺麗になった。


 大満足の吐息をつき、両手を合わせて深々と頭を下げる。


「――ご馳走様でしたっ。御者さん、すっごく美味しかったです!」


「はい、お粗末様でした。どうぞ僕の事はニールとお呼びください。気持ちの良い食べっぷりで、僕の方こそ作った甲斐がありましたよ」


 にっこり微笑んだ御者さん、改めニールさんが、空っぽのお皿を手早く重ねて立ち上がった。慌てて手伝う私を尻目に、誘拐犯が長い足を組んでふんぞり返る。


「ニール、さっさと片付けて茶を持って来い。冷凍庫にアイスもあったろう」


 偉そうに命じるだけの傲慢男に腹が立ち、台拭きを男に向かって投げつけた。


「座ってないで、あなたも手伝ったらどうですか? ク、クラ……クロ……。クロレラ」


「ク・ラ・イ・ヴだっ! クライヴ・ルグロ! 人様の名前ぐらい一発で覚えろ!?」


 人様の名前なら間違えちゃ失礼だけど、相手はなにせ立派な誘拐犯。


 真っ赤な顔で投げ返された台拭きを悠々受け止め、私は鼻歌交じりにテーブルを拭く。テーブルの下に寝そべっていたグッさんが、働く私を見てはたはたと尻尾を振った。

 屈んでひと撫でしたその体は、明るい室内で見てもやはり真紅に輝いている。


 ……狼の血を引いてるって言っていたけど、赤い狼なんていたかなぁ?


 首を傾げていると、紅茶とアイスを運んできたニールさんが小さく苦笑した。


「魔獣に見せかけるため、ロシュの葉で染めたんですよ。自然に色が落ちるまではこのままです」


 手招きしてグッさんを呼び寄せた誘拐犯が、唇を歪ませて醜く笑う。


「一人が『魔獣だ!』と叫べば、他の全員がそれを信じて逃げまどう。愚昧な民衆を操作するなど容易いことだ」


「グウェナエルの見事な演技力あっての賜物ですよ。命令通り誰ひとり襲ってはいませんし。……と、いうかですね」


 眉根を寄せたニールさんが、座ったままの誘拐犯を冷淡に見下ろした。


「グウェナエルの銀の毛並みに、貴方はなんという罰当たりな事を。頭頂部の毛だけ残してハゲ散らかす呪いをかけてやりましょうか」


「せめて頭部全体にしてくれ!? ロシュの葉は無害だし、むしろトリートメント効果もあるんだぞ!? 見てみろ、ただでさえ美しいグウェナエルの毛並みが、こんなにもうるつやサラサラにっ!!」


 あらステキ。

 それはヴィンスさんが欲しがるかも。


 誘拐のお土産に、ロシュの葉とやらを貰って帰ろっかな。考えたのは一瞬で、すぐに思い直した。

 駄目駄目、やっぱりヴィンスさんは黒髪じゃないとね!


「お嬢さん。溶ける前にアイスをどうぞ?」


 ニールさんが椅子を引いてくれたので、お礼を言って席に戻る。

 舌に載せたアイスの冷たさを楽しんでいると、あっという間に完食した誘拐犯が、行儀悪く頬杖をついて私を凝視していた。


 無言で見返す私に向かって、やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。


「しかしまぁ、見れば見るほど平凡な女だな。シリルの奴、一体コレのどこが良かったんだか」


 あからさまな挑発に、私も負けじと首をひねった。


「うぅん。見れば見るほどひねくれた顔だなぁ。シリル様を月とするなら、クロレラさんはすっぽんぽん」


「俺は裸の変態か!? あとクライヴな、クライヴ!」


 いいんです、別に覚える気ないから。


 すっと息を吸い込み、お腹に力を込めて男を睨み据える。


「朝になったら、私を家に帰してください。シリル様も他の皆も、きっとすっごく心配してる」


 男は私の言葉など聞こえないかのように、砂糖壺を自分の側に引き寄せた。ティースプーンにたっぷりとすくい、自身のカップの中へ落とす。


「――すでにシリルの屋敷には手紙を届けさせている。お前を無事に返してほしくば、三日後の決闘に応じろ、とな」


 また一匙、砂糖を追加する。


「毎年のように決闘を申し込む俺に、奴は返事すら寄越さなかった。だが、さすがに今回は無視できまい」


 くくっと含み笑いしつつ、さらに一匙追加する。


「今回の件が公になる事も無い。俺と奴の立場を考えれば、王家も俺の実家も躍起になって隠蔽するはずだからな」


 傾けられた砂糖壺から、残りの砂糖がザザザとカップの中に消えてゆく。パンパンと壺の底を叩いた男は、やっと私に視線を向けた。


「――そう。なぜならこの俺は」


「待って待って待って!? 一体どんだけ砂糖入れてるの!?」


 気になりすぎて、話が一個も頭に入ってこなかった!


 っていうか私の分のお砂糖は!?

 いつ回ってくるかとじりじり待機してたのにっ!


 立ち上がって空っぽの砂糖壺を奪い取り、私は男の頭に怒りの空手チョップをお見舞いする。


「糖分摂りすぎっ! 病気になったらどうするの!!」


 叱りつける私を、男はあんぐりと口を開けて見返した。みるみる頬が赤く染まっていく。


「――っ。なんという、無礼な女だっ!! この俺を誰と心得る!? ルグロ公爵家の次期当主だぞ!!」


「次期公爵様だろうがなんだろうが、偏った栄養は身体に毒なんですっ。砂糖もお塩も摂り過ぎ厳禁っ! これは没収!!」


 全く砂糖の溶けきっていないカップを取り上げ、唖然として立ち尽くすニールさんに押し付けた。これはもはや飲み物ではない、ジャリジャリした茶色っぽい何かだー!


 鼻息を荒くする私を見て、ニールさんは堪えきれないように噴き出した。お腹を押さえて崩れ落ちる。


「は、ははっ……! ク……クライヴ、様を、ここまで真っ正面から怒鳴りつける、お嬢さんがいたなんて……!」


 息も絶え絶えに声を絞り出す彼に、私は慌てて手を差し伸べた。


「だっ、大丈夫ですか!? ニールさ――……」


 ぱっと指を絡めるようにして握り返され、そのまま胸に引き寄せられる。ぽかんと彼を見返していると、傍らの誘拐男がゲッと呻いた。ものすごく嫌そうな顔で私を見る。


「……忠告してやる義理は全く無いが。気を付けろ、シリルの妻。その男は――」


「ああなんて、貴女は素晴らしいかたなのでしょう。氷の魔法士団長の奥方様と知りながら、高鳴る胸を抑えられません……!」


「女と見れば、すぐさま口説く。むしろ今回はよく保った方だ。――ただし」


「えっ? えっ?」


 ニールさんの熱烈な眼差しを受け止めきれず、腕を振り解こうとするのに離してもらえない。愛の告白をされているかのような状況に、頬が一気に熱くなる。


 握った手に力を込めて、ニールさんは眩いばかりの笑みを浮かべた。


「可愛いっ。好きだ!」


「…………」


 えっと。


 硬直する私の肩を、誘拐男がぽんと叩いた。


「――ただし。口説き方が、雑」


「…………」


 ですよね。

 誘拐男の部下ですもんね。そりゃあ同類の変人ですよねっ!?


 どっと疲れを覚える私であった。

 シリル様。私、早く帰りたいです……。

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