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第77話 因縁の対決って何ですか!?

 王都から街道へ出たところで、誘拐犯から目隠しまでされてしまった。外の景色が見えず、時間の感覚すら危うくなってくる。

 真っ暗闇の中で馬車に揺られ続ける間、誘拐犯の男は得々としゃべり続けた。


 ――曰く。


 シリルは昔から嫌味な奴だった。

 取り澄まして周囲の人間を馬鹿にしている。

 母親が平民のくせに王族を名乗るなどおこがましい。

 こちらから何度連絡をしても無視するばかり。礼儀というものを知らないんだ!


 だんだんと飽きてきた私は、目隠しを良いことにうつらうつらと居眠りする。猿ぐつわ苦しー。鼻から酸素を取り込もー。えいえいおー。


「――って聞いてるのか君はっ!」


「すすすすーはーっ!」


 鼻息だけで返事したった。

 自分としては「やかましいわー!」と答えたつもりなんだけど、今のですべての息を使い果たしてしまった。なんてこった。


 酸素不足の頭痛をこらえていると、馬車がゆっくりと止まる気配がした。


「はいはい。着きましたから黙りましょうね、クライヴ様。――お手をどうぞ、可愛らしい栗毛のお嬢さん?」


 縛られていた手が自由になり、笑みを含んだ声に導かれるまま手探りで馬車から降りる。誘拐犯のぼそぼそとした声が耳に入り、聞き取れずに首を傾げた瞬間、馬車が轍の音を響かせながら去っていく気配がした。


(――えっ!?)


 まさか置いていかれたのかと混乱していると、やっと目隠しの布と猿ぐつわが取り払われた。視界が晴れる。

 条件反射で深呼吸した途端、痛いほど冷たい外気をまともに吸い込んでしまった。涙目になってむせながら、キョロキョロと辺りを見回す。


 ――ここは。


「……森?」


 茫然と呟くと、傍らに立っていた御者の青年がにっこり微笑んだ。寒さでガチガチと歯を鳴らす私に、分厚いショールを幾重にも巻きつけてくれる。


 後ろを振り返ってもやはり馬車の姿はない。御者さんに目顔で問いかけると、彼は困ったように眉を下げた。


「ここで待ち合わせていた人間に命じて、さらに遠くまで行ってもらったのですよ。撹乱(かくらん)のためです」


「助けを呼んでもらえると期待しても無駄だぞ。金で雇ったゴロツキの類だからな」


 誘拐犯がふんぞり返って告げる。

 目を吊り上げる私を見て、御者さんが慌てたように割って入った。


「お嬢さん。貴女には、この先にある別荘に滞在していただきたいのです。行き届かない点もあるかとは思いますが、ほんの三日ばかりのことですから。どうかご容赦くださいね?」


 御者さんの言葉が耳を素通りしていく。


 見上げた空は、いつの間にやら真っ暗になっていた。

 頼りない月明かりの元、御者さんが魔力灯で足元を照らしながら私を先導してくれる。


(……どうしよう。今、逃げるべき…?)


 緊張にゴクリと唾を飲み込んだ。

 背後には誘拐犯の男が張り付いているが、不意を突けばいけそうな気がする。……でも。


(ここがどこかもわからないし。それに、夜の森って……)


 危険なんじゃないだろうか。


 そう考えた瞬間、狙いすましたように恐ろしい遠吠えが響き渡った。恐怖に体が跳ねる。


「ふん。奴の妻な割りに、臆病な女だ」


 背後から嘲笑うような声が飛んできて、振り返った勢いのまま男を睨みつける。私が言い返すより早く、前方の御者さんが引きつった顔で誘拐犯を照らしだした。


「クライヴ様っ! 肩にでっかい蜘蛛が!!」


「な、何っ!?」


 誘拐犯が大慌てで身をよじる。

 御者さんはそんな男を悠然と眺め、自らの顎の下に魔力灯を当てた。灯りに照らされて陰影のついた顔で、ニヤリと意地悪く口角を上げる。


「ウッソでーす。クライヴ様ってば慌てすぎー。口ほどにもない愚か者ー。ダッサダサー。ヘッタレー」


「……ニール。お前、来月も減給な」


 誘拐犯が疲れ切った様子で肩を落とす。……何この主従?


 呆れ返って二人を見比べていると、突然すぐ側の茂みがガサリと音を立てた。緊張に体を強ばらせた瞬間、「わふっ!」という元気な吠え声と共に、大きな獣が飛び出してきた。


 獣は一直線に誘拐犯に体当りして、ふさふさの尻尾を千切れんばかりに振る。受け止めきれずに尻餅をついた誘拐犯が、両腕で抱き締めるようにして獣を撫でた。


「よしッ! グウェナエル、やはりさっきの遠吠えはお前だったか!」


 じゃれかかる獣に目を奪われ、茫然と立ち尽くす。光の加減のせいだろうか――その毛並みは、血のように真っ赤に見える。


 凍えるぐらい寒いというのに、背筋を冷たい汗がつたった。震える足で後ずさる。


(……もしかして、魔――)


「魔獣ではありません。グウェナエルは狼と犬の混血です」


 トン、とぶつかった私の肩を支え、御者さんが見透かしたように微笑む。


「そもそもこの森には、そう危険な魔獣はいませんからご安心ください。詳しい話はまた後程。別荘はもうすぐそこですよ」


 再び歩き出そうとすると、グなんちゃらという名前の狼犬がすかさず前に出た。

 キビキビとした動きで先頭に立ち、時折気遣うように私達を振り返りながら歩を進める。頼もしいグッさんの後ろ姿に安堵して、私はやっと緊張を解いた。


 とにかく、まずは状況把握。

 逃げるにしても、夜が明けてからだ。


 固く自分に言い聞かせ、鼻先までショールに埋めて無心に足を動かす。いくらも進まないうちに開けた場所に出た。


 目の前には、頑丈そうな塀に囲まれた一軒家。

 三角屋根の煙突から煙は出ておらず、塀の上にかろうじて見える二階の窓も真っ暗だ。どうみても無人らしい。

 森の中にひっそりと建つ空き家に、なんとも心細い気持ちが湧いてくる。


 ちらりと視線を送ると、誘拐犯は得意気に鼻をうごめかせた。


「俺の遠縁が所有する別荘だ。ここならば数日程度は身を隠せる」


 わんっと元気よく返事するグッさんを尻目に、御者さんは大仰なため息をつく。


「長くなればなるほど、見つかる可能性は高くなりますがね。……どうせなら明日にすれば良かったものを。なぜ、期日を三日後にしたのです」


「心の準備の為だ」


 きっぱりと答えた誘拐犯は、気取った仕草で前髪をかき上げる。御者さんはしばし考え込み、ややあってぽんと手を打った。慈愛の笑みを男に向ける。


「残り僅かな余生を楽しむのですね?」


 そうそう、と頷きかけた誘拐犯は、前のめりによろめいた。顔を真っ赤にして地団駄を踏む。


「ちっがぁぁうっ! 対決に向けての心構えの話だっ、心構えのっ! ――そう。俺と奴の長きにわたる因縁が、七年もの時を経てようやく(けっ)ちゃ」


「さっ、夕飯にしましょうね。食材はすでに運び込んでいますから、何でもお作りできますよ」


 御者さんが塀の扉を解錠し、私を中に招き入れてくれた。夕飯と聞いてお腹の鳴り出した私も素直に従う。……この状況でも食欲のある私って一体。


「って最後まで聞けよぉぉっ!?」


「ワオォーン!」


 取り残された一人と一匹の遠吠えが木霊した。


 ――これぞまさしく、負け犬の遠吠えってやつ?

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