第7話 さよならは笑顔で伝えましょう!
「おお~? ……天気悪っ」
「……そりゃあそうでしょ。誰も祝福なんてしてないもの」
私の顔を見もせずに、ローズがぶすりと吐き捨てた。……うん、まだ怒ってるよね……。
眉を下げつつ、ローズと窓の外を見比べる。
まだ時間が早いとはいえ、外は夜のように真っ暗だった。おまけに土砂降りの雨まで降っている。風もごうごうと吹き荒れ、窓はガタピシ鳴ってるし。
怒る友人に何と伝えるべきか迷っていると、私の部屋の扉が控えめにノックされた。おずおずとライラさんが顔を覗かせる。
「……ミア。その、魔法士団長閣下がもう発つっておっしゃってるの……。朝食もいらないんですって」
泣き出しそうな顔で告げられて、私はあえて元気よく頷いた。
「わかりましたっ。……じゃあ、ローズ……」
声をかけるけれど、ローズは完全にそっぽを向いてしまった。そんな彼女の背後に、そろりそろりと歩み寄る。
「……てぃっ」
「ちょっ……!? ふっ、あはははははっ!!」
どうだ、必殺くすぐり攻撃!
ローズって脇の下が弱いよね!
「――もおっ! ミアってば……!」
怒り笑いの顔で振り向いたローズに、えへへと照れ笑いをしてみせる。しばらく会えなくなるのなら、せめて笑顔で別れたかった。
「魔法士団長の体調が落ち着けば、里帰りもできるみたいだから。その時は、お土産買って会いに来るね?」
ウインクして言うと、ローズの顔がみるみる歪みだす。決壊したようにぼろりと涙を溢れさせた。
そんな彼女に慌てて抱き付き、ぽんぽんと背中を叩いて慰める。泣かない、泣かない。
思いが通じたのか、ローズがぐすりと鼻をすすり上げて泣き止んだ。ごしごしと目元をこすり、赤くなった瞳で私を見つめる。
「……ええ。絶対よ」
震える声で言うローズに、「もっちろん!」と大きく頷いた。
そのまま三人で部屋を出て、急ぎ足で玄関へと向かう。
玄関には町長夫妻とマシューおじさんが待ち構えていた。
みんな沈痛な顔をして、ローズやライラさんと同じく赤い目をしている。……私、死出の旅にでも行くんでしたっけ?
町長が意を決したように進み出た。
私の肩に両手を置いて、涙目のまましっかりと頷きかけてくれる。
「ミア、我々はいつまでだって待っている。無事にお務めが終わったら、必ずこの家に戻って来るのだぞ」
「……ハイ。アリガトウゴザイマス」
どうやら死出の旅ではなく、行き先は刑務所だったようだ。
その瞬間、ガラピッシャーンと雷が鳴る。……わぁお、素敵なタイミング。
しみじみ噛み締めていると、玄関の扉が開いて肩を濡らした副官さんが入って来た。上着に付いた雨露をパンパンと払い、私に向かって微笑みかける。
「天気が酷いので、慌てて馬車を手配したんですが、もう到着したようです。さすがは『通過の町』。便利が良いですね」
お褒めの言葉をいただき、素直に頭を下げておく。
確かにこの町は交通の便が良い。
それこそが「通過の町」の利点であり、「通過の町」と呼ばれる由縁でもある。
――この町は、王都から馬車でたった一時間ほどの距離にある。
その近さ故に、旅人や行商人はこの町に全く滞在してくれない。
観光するにしても商売するにしても、少し移動すれば最大の都が近くにあるのだ。しかも頻繁に乗合馬車も出ているし、なんなら貸切馬車だって容易に手配できる。
だから、人々はこの町を素通りする。
いつの頃からか、「通過の町」だなんて不名誉な二つ名で呼ばれるようになってしまった。
……まあ、程よく都会で程よくのんびりしているこの町が、私はすごく気に入っていたんだけどね。
しばらくここに戻れないのは寂しいけれど、決めたのは自分自身だ。後悔なんてするものか。
心に決めて、笑顔でみんなを見渡した。
「――それじゃ、私はこれで。ローズ、フィンに手紙を渡しておいてね」
「……ええ。フィンが可哀想だけど……きっと大混乱するでしょうけど……泣き叫ぶかもしれないけど……。ちゃんと渡しておくわね」
遠い目で言い募るローズに首を傾げる。
驚くは驚くだろうけど、泣きはしないと思うよ?
「……さ、名残は惜しいでしょうがもう行きますよ。団長がお待ちですから」
副官さんからうながされ、私は改めてみんなに向かって頭を下げた。
「――それじゃ皆さん、行ってきます! 絶対に帰ってきますから、その時はまたよろしくお願いしますっ!」
みんなの返事を待ちもせず、ぶんぶか手を振ってパッと入口をくぐった。大きく音を立てて扉を閉める。
扉に両手を突っ張って、強く歯を食いしばり目をつぶった。
「……別れは済んだのか」
平坦な声で問いかけられ、ビクリと顔を上げた。屋根の下、壁にもたれた氷の魔法士団長が、感情を感じさせない瞳でじっと私を見ている。
慌てて目をこすり、にぱっと笑う。
「はい! お天気も悪いし、早く出発しましょ!」
「…………」
魔法士団長は無表情に私を見返すと、無言で手を差し伸べてきた。んん?と疑問に思いつつ、そっとその手を握ってみる。
「――濡れるぞ。馬車まで一気に走れ」
ぎゅっと力強く握り返され、パチクリと瞬きした。――その仕草に労りのようなものを感じて、冷えていた心がじんわりと温かくなる。
へらりと頬を緩ませると、魔法士団長の眉がピクリと動いた。すぐに元の無表情に戻って、すっと目を逸らされてしまったけれど。
……アホ面を、お見せしちゃってスミマセン……。
おお、五七五になった!
アホなことを考えていると、魔法士団長からうながされるように手を引かれた。嵐の中をいっせーので走り出そうとした瞬間、玄関の扉がバァンと開く。
鬼の形相の副官さんが仁王立ちしていた。
「ちょっと、アンタ達ッ!! いつアタシを忘れてることに気付くかと待っていたのに、そのまま出発しようとしてたわねッ!? しかも小娘、アンタ自分の荷物も忘れてるわよ!!」
はっ、しまった!
副官さんはともかく、荷物はとっても大事です!!
「……荷物は忘れたら駄目だろう」
氷の魔法士団長がぼそりと呟く。完全同意だった私も、「ですよね!」と声を張り上げた。
副官さんがみるみる柳眉を逆立てる。アンタ達、と呻くような声を出した。
「――アタシの存在は、小娘の荷物以下かああああッ!?」
ガラピッシャーン!!!
怒れる副官さんに呼応するかのように、またもタイミング良く雷鳴が轟くのであった。オーノー!