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第73話 一難去ってまた一難!?

 ピーちゃんにクロエさんへの手紙を託して送り出し、あっという間にお茶会当日。


 緊張する私にヴィンスさんが選んでくれたのは、落ち着いた深緑色のベルベッドのドレス。首元の白いレースが爽やかで、胸元の大きめボタンも愛らしい。

 例によってメイクは薄め、髪は編み上げてドレスとお揃いのリボンで結んでもらった。


「――ヴィンスさん、朝早くからありがとうございました。それじゃあ二人とも、今日も元気に行ってらっしゃい……」


 玄関先でへろへろと手を振る私に、旦那様とヴィンスさんは顔を見合わせた。

 旦那様が一歩前に出て、眉根を寄せて私の顔を覗き込む。その瞳は案じるように揺れていた。


「大丈夫か。なんなら、体調を崩した事にして――」


「ダ・メ・よっ! 王妃様に失礼でしょう! それに今日逃げたところで、いつかは行かなきゃならないのは同じよっ」


 ヴィンスさんに叱責され、私も慌てて笑顔を作る。いけないいけない、しっかりしないと!


「大丈夫です! きっと数時間程度だろうし、エマさんも同席するそうですから」


 慣れない私が緊張しないようにと、王妃様が気遣ってくださったのだと聞いている。そこまでしてもらってドタキャンだなんて論外だろう。


 よし、と決意を新たにして、両手で二人の背中を叩いた。


「開き直って楽しんできますっ! 二人はお仕事頑張って!」


 ぐいぐい押して玄関から追い出す。


 旦那様はなおも心配げな表情で振り返ったけれど、ヴィンスさんから頭をはたかれ、渋々馬車に乗り込んだ。馬車の中から「ぎゃふん!」と悲鳴が聞こえたのは、旦那様がヴィンスさんに応酬したからか。……生ぎゃふん、生まれて初めて聞きました。


 馬車が門を出るところまで見送って、私はくるりと屋敷の中に駆け込んだ。午後のお茶会の時間まで、私一人でもやれる事があるはずだ。


 ――すなわち。

 鏡の前で「おほほ」と上品に笑う練習だー!




***



「ごきげんよう、ミアさん! さあどうぞ。こちらにお掛けになって!」


 頬を上気させた王妃様が、にっこり微笑んで隣の席を指し示す。引きつりながらも挨拶を返し、ぎくしゃくと手足を動かした。


 アビーちゃんの誕生日パーティーで訪れたガラス宮、中央に用意されたテーブルの席は、ひとつを除きすべて埋まっている。


(……しまったぁ! もしや私、遅刻しちゃった!?)


 それというのも、出発前。

 ふと視線を感じ振り向くと、執事のジルさんがなんとも困った表情で私を見つめていたのだ。鏡の前で百面相する私に、長いこと声を掛けあぐねていたらしい。


 慌てて馬車に駆け込んだものの、予定より到着が遅れてしまったのかもしれない。


「あのあのっ。お待たせしてすみま……ではなく、大変申し訳なく――」


「ミア様。ご心配なさらずとも、時間ぴったりですわ」


 挙動不審に頭を下げる私を、さっと席を立ったエマさんが優しくエスコートしてくれる。め、女神~!


 椅子に落ち着いたところで、さりげなく周囲を観察する。招待客は華やかな貴族の女性ばかりで、おそらく私が最年少のようだ。


 浮いていないだろうかと不安になり、こっそりと深呼吸を繰り返す。私以外の全員は顔見知りらしく、お互いにドレスや宝石を褒め合って、親しげに笑いさざめいている。

 話についていけず作り笑顔だけ保っているうちに、テーブルに色とりどりの茶菓が供された。ティーカップに注がれたお茶からは不思議な香りが立ち昇り、思わず興味津々で覗き込む。


「わたくし、最近ハーブティーに凝っておりますの。効能や色から組み合わせを考えて、わたくしが自ら調合いたしますのよ」


 私の視線に気付いたのか、王妃様が誇らしげに胸を反らせて説明してくれる。へえぇと感心し、ティーカップの持ち手に指を掛けた瞬間、思いっきり足を踏みつけられた。


「……っ!?」


「まあ、ミア様。どうなされましたの?」


 隣の席のエマさんが、おっとりと可愛らしく小首を傾げる。声も出ない私を眺め、ああ、と瞳を瞬かせた。


「もしや空腹でいらっしゃいますのね。でしたらまずは、わたくしのお気に入りをお召し上がりくださいな」


 ふんわりと微笑み、三段重ねのケーキスタンドの一番下のお皿から、小ぶりの焼き菓子を取って私のお皿に載せてくれた。


「い、いただきます?」


 痛む足に内心首を傾げつつも、フォークで小さく切り分ける。いつもよりお上品にほおばると、野菜とベーコンの入った甘くないケーキだった。おお、なんかお惣菜っぽくて美味し――


「ぐっ!?」

「ごふっ!」


 何事っ?


 突如、お茶を飲んだ貴婦人のお姉様方が激しく崩れ落ちる。取り落としたティーカップから、赤紫のお茶がこぼれて純白のテーブルクロスに広がった。

 彼女達は先を争うようにケーキスタンドに手を伸ばし、鬼気迫る形相でケーキやクッキーを口の中に詰め込んだ。


 目を丸くした王妃様が、自身も恐る恐るティーカップを持ち上げる。


「あら嫌だ。調合に失敗してしまったのかしら――ぎゃふんっ!」


 早くも人生二度目のぎゃふん!?


 王妃様は震える手でカップをソーサーに戻すと、ハンカチで口元を押さえ、生まれたての子鹿のようにぷるぷると立ち上がった。


「……び、ビックリするほど不味いですわね……? ごめんあそばせ皆様。本日はこれで、お開きという事で……」


「…………」


 茫然としている間に、涙目な貴婦人の皆様もてんでバラバラに散っていく。


 ずっと憂鬱だったお茶会ミッション。

 ――開始五分足らずで、楽々終了。




***



「王妃様の側仕えがこぼしておりましたの。連日個性的な味のハーブティーを振る舞われ、弱っていると。今日のは特に凄い出来だったようですわね。手荒な止め方をしてごめんなさいね?」


「いいえ、全然! お陰で助かりましたからっ」


 エマさんと二人、ガラス宮の中をゆっくりと歩く。

 緑の木々も咲き乱れる花々も見事で、まるで植物園の中にいるみたいだ。惚れ惚れとあたりを見回した。


「ガラス宮、すっごく綺麗……。アビーちゃんが帰るまで、本当に居てもいいんですか?」


 王立学院初等科に編入したアビーちゃんは、夕方頃に帰宅するらしい。せっかくなので、久しぶりに可愛い姪っ子の顔を見たかったのだ。


 エマさんはにっこりと微笑んで請け合ってくれた。


「ええ、勿論。姫様も喜ばれますわ」


 壁際のソファに足を伸ばして座ると、メイドさんが即座にお茶とお菓子を運んで来てくれる。今度は紛れもなく普通の紅茶で、安心して口をつけた。


「――そういえば、エマさん。温泉の事で怒ってるって、ヴィンスさんから聞いたんですけど」


 クッキーを口に放り込んで上目遣いに窺うと、彼女は軽やかな笑い声を立てる。


「怒ってなどおりませんわ。あまりに大仰にヴィンセント様がわたくしの機嫌を取るから、ご期待に応えて無理難題を押し付けただけですの」


 わたくしの一挙一動に赤くなったり蒼くなったり。眉を下げた困り顔がとっても可愛らしくてうふふふふ。


 低い声で含み笑いするエマさんに、思わず盛大にずっこけてしまった。ヴィンスさん、めっさ不憫……!


 そのまましばらく二人女子会を楽しんでいると、不意にエマさんが大きく目を見開いた。彼女にしては珍しい硬く強ばった表情に、私も驚いて息を呑む。


「……? エマさん、どうし――」


「ライリー嬢。良ければ少しばかり離席してもらえると有り難い。……()()と二人で話がしたいのでな」


 吐き捨てるような口調に、勢いをつけて声の主を振り向く。視線の先に立っているのは……三白眼と眉間の縦ジワがチャームポイント、歴戦のヤクザのような迫力満載の――


「こ、国王陛下っ?」


 私達の結婚に反対している、旦那様のお異母兄(にい)さん。現国王・アーノルド陛下そのひとだった。


 ……ぎゃっふーーーんっ!!?

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