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第72話 秘密基地のお手入れしましょ!

「――つまり。このイビツなテーブルは、クロたんの自作なのね? あっかんべえしてるウサギも」


「らしいですよー。ジルさん情報です!」


 買い足した食器を洗うヴィンスさんに答え、私はいそいそと魔動掃除機を用意した。魔力の補充は後でお願いするとして、まずは棚の上からハタキをかけますかっ。


 今日はヴィンスさんと二人、秘密基地のお掃除にやって来たのだ。

 最近の旦那様は忙しいようで、なかなか一緒にここに来る暇がない。一度だけ来た時に間取りを見て回ったけれど、リビングにある脚の長さの違うテーブルは、旦那様のお気に召さなかったようだ。


「屋根裏部屋がねぇ、混沌としてるんですよね~。アトリエ代わりに使ってたらしいから、絵の具とかもいっぱい付いてるし。シリル様はもう物置にするって言ってました。新しいテーブルを買ったら、古いのはそこに移動させるって」


 でも、ちょっと惜しい気もするけど。


 あの傾いたテーブルでお茶を飲むと、カップの水面が斜めになって面白いのだ。スリル満点!


 はしゃぐ私を眺め、ヴィンスさんが苦笑する。


「あの男にそれは耐えらんないでしょー。で、どう? 秘密基地自体は気に入ってたみたい?」


「はいっ。そこのソファに寝っ転がって読書してましたよ。しかめっ面だけど楽しそうでした!」


 屋敷では常に品行方正に振る舞う旦那様の、珍しい自堕落ポーズが見られて私も楽しかった。その日は帰りに『酔いどれ亭』で夕食を取ったりと有意義な一日だったし。


 でも、と一転して暗い気持ちになる。


「シリル様、最近ほとんどお休み取れてないですよね。身体を壊さないかって心配で……」


 肩を落とす私に、ヴィンスさんが笑ってかぶりを振った。


「平気平気。別に無茶な肉体労働をしてるわけじゃないし、ちゃんとアタシも注意しておくから。もう少しだけ、気付かないフリして見守ってあげて?」


「うー……。ヴィンスさんが、そう言うなら……」


 しぶしぶ頷くと、彼はほっとしたように頬をゆるめる。むぅ、なんか仲間はずれ感があるぞ。


 微妙にむくれつつ、せっせと掃除に精を出すうちに夕闇が濃くなってきた。外を眺めてにんまりする。

 実は、この時を待っていたのだ。ヴィンスさんを窓辺に引っ張って、私はもったいぶった仕草で服の下に隠していた『ある物』を取り出す。


「あら? それって……」


 軽く目を見開く彼に、不敵に笑ってみせる。

 そっと唇にくわえて「ピィッ」と吹き鳴らした。


「えへへ。これ、クロエさんが送ってくれたんです。首から下げる紐を付けてくれたのはシリル様!」


 得意気に笛を見せびらかしていると、聞きなれたバサバサという羽音がする。窓を大きく開け放ち、すばやく()を招き入れた。


「ピーちゃん!」


「ぼっげぇ~ん」


 鋭い目を細めるその顔は、やっぱりイケメン! 目の保養!!


 昨夜王都に到着したピーちゃんを、せっかくだからヴィンスさんにも紹介したかったのだ。日中は目立たないようにとお願いして、屋敷の屋根で過ごしてもらった。


 ヴィンスさんもうっとりしたように彼の美しい黒羽に見惚れる。


「やぁだ、アタシとお揃いの色じゃない~! きっと縁があるんだわっ。よろしくピーちゃ――あいたぁッ!?」


 突如大きくジャンプしたピーちゃんが、ヴィンスさんの肩に激しく飛び蹴りをかます。ばさりとソファに着陸し、フンスと鼻息を荒くしてヴィンスさんを睨みつけた。


「ああっ! ごめんヴィンスさん、言うの忘れてた~!」


 衝撃で後ろに倒れ込んだ彼を慌てて助け起こし、両手を合わせて謝罪する。


「ちゃん付けで呼べるの、ピーちゃんが許した相手だけなんですって。私も手紙で初めて知ったんです」


 そう。


 前国王のヒューバート様ですら、「さん」付けでしか呼べないそうなのだ。ちなみにうちの旦那様は、単に「おい鳥」と呼んでいる。その度に殴り合い蹴り合いの激闘を繰り広げている。


「そ、そうなのね……。えぇと、ならピーさん?」


「ぼぎょっ」


 また一蹴り入った。

 今度は避けたヴィンスさんが、体勢を整えてじりじりとピーちゃんから距離を取る。


「――ピー様ッ! 素敵ッ最高ッイカしてるぅ!!」


「ぼげ~ん」


 ピー様は胸を反らしてふんぞり返った。……自己評価高いなー。


 気を取り直し、ピーちゃんのつややかな羽を撫でて顔を覗き込む。


「ピーちゃん、無意味に呼んじゃってゴメンね? もうすぐ帰るから、先に屋敷に戻っててね。はいコレ!」


 執事のジルさん宛に走り書きした「今から帰ります」というメモを、ピーちゃんの足にくくりつける。

 屋敷の中では、ジルさんにだけピーちゃんを紹介したのだ。ジルさんはすぐさま「よろしくお願いいたします、ピー坊ちゃま」と恭しくお辞儀していた。ピー坊ちゃまは大層ご満悦だった。


「じゃあ、よろしくね~!」


 夜空に羽ばたく彼をにこやかに見送った途端、ヴィンスさんは荒々しくソファに座る。


「……あンの自信過剰の勘違い鳥。こんがり丸焼きにしたろか」


「…………」


 物騒な発言は、聞かなかった事にして。


 帰り支度を整えた私達は、しっかりと戸締まりを済ませて秘密基地を後にする。大通りで辻馬車を拾い、二人で乗り込んだ。


「ヴィンスさん。今夜はエマさんとデートでしたっけ?」


「……ええ。アンタを屋敷に落としたら、すぐに待ち合わせ場所に向かうわ」


 苦虫を噛み潰したような顔で答える彼に、思わず首を傾げてしまう。目顔で問いかけると、彼はわっと顔を覆って泣き出した。


「あのコ、温泉のこと根に持ってるのよ~! 今度は連れて行くって言ったのにまだ怒ってるの! 許してほしければ、永遠に枯れない薔薇を用意しろだの、真珠のなる枝を探してこいだの無茶振りするしっ」


 ……エマさんって、もしや竹から生まれました?


 泣き濡れるヴィンスさんの頭をよしよしして、カバンから取り出したハンカチを手渡す。ヴィンスさんはぐしぐし涙をぬぐい、ぢーんと鼻をかんだ。……もうソレあげるね?


「ええと、そんな揉めてる時に何なんですけど。エマさんと会うなら、聞いてほしいことがあって……」


 上目遣いに窺うと、ヴィンスさんはきょとんと目を丸くした。涙が止まっているうちにと、私は大急ぎで説明する。


「先週、王妃様からお茶会の招待状が届いたんです。こぢんまりした内輪の会だから、気楽な格好でどうぞって書いてあったけど……。お茶会なんて初めてだし、緊張しちゃって。もしエマさんも参加するなら心強いなって」


「王妃様の、お茶会……。いつ?」


 気弱げな表情は瞬時に消え去り、ヴィンスさんの瞳が爛々と輝き出す。

 私はごくりと唾を飲み込んだ。


「三日後、です。ちなみにシリル様はお仕事で――」


「アタシも仕事だから、メイクと髪は朝のうちに済ませなきゃね! 前日夜から泊まり込んであげるから、大船に乗ったつもりでいなさい!」


 ドレスは何がいいかしら?

 確かアレとアレがあったはず!


 鼻歌交じりに計画を練る彼に、がっくりとうなだれる。


「うぅ……。私、正直気が重くて……」


「オシャレして美味しいお菓子が食べられる、ぐらいに考えてればいいのよ! あ、でも食べ過ぎ注意ねっ」


 ……了解です。


 そっと胸に手を当てて誓う私であった。

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