第71話 再会を約束するのです!
一話部分にこっそり登場人物紹介を追加しています。
鳥カゴの中のフランソワーズ達は。
立ち上がった姿勢のままピクリとも動かず、真っ黒な瞳でじいぃっと私を見つめている。けれども私が一歩踏み出した途端、一斉に丸まって石に変じてしまった。
変わり身の早さに感心する私に、リオ君が嬉しそうに顔をほころばせる。
「面白いでしょ? 一定の距離に近付いたら石のフリをするんだ。僕も大学で飼いたいなぁ」
「あたしの研究室で飼ってもいいよー?」
「だっかっらっ駄目だと言っているだろうがぁ! 減量が成功次第、山に放つんだ!」
今朝もラルフさんのお説教は絶好調だ。
私もリオ君もジーンさんも、耳を塞いで明後日の方向に目を逸らした。
ピーちゃん騒動から一夜明け、私達は温泉宿の裏庭でフランソワーズ達を観察している。
石に変わった彼らをつんつんと突き、思わず大きく噴き出してしまった。
「ダイエット、どれぐらいかかるのかな?」
「……さあな。そもそも、短期間で太り過ぎだろう……」
ラルフさんが遠い目をする。
そう。
露天風呂に十日ほど滞在した彼らは、食料である石が豊富で、さらに温泉の湯気で暖かく、そしてそして外敵のいないパラダイスを満喫しまくった結果――
「まさか、まんまるに太っちゃってたなんて……。そりゃあ自力で起き上がれないはずですよね?」
今だって、上手に石のフリをしつつも白いお肉がはみ出してるし。
このまま山に返したら、きっとあっという間に捕食されてしまうに違いない。そこで女将のマリーさん監督の元、ダイエットを決行することになったのだ。
「大丈夫です! あたくしにお任せなさいな。必ずやフランソワーズ達を、すっきりした魅力あふれる看板ネズミに――」
「しなくていいっ。派遣された魔法士団に、確実に渡すように!」
高飛車に命じるラルフさんに、マリーさんはこっそり横を向いて舌を出す。うぅん、絶妙に不安なような……?
「あら、ここだったのね。馬車を手配するから、そろそろ出発の準備をしなさいよ!」
背後からヴィンスさんの声がして、私達は慌てて立ち上がった。名残惜しい思いに駆られながら、フランソワーズを最後にちょんと撫でる。
腕組みして待ち構えるヴィンスさんに合流し、荷造りをするべく部屋へと急いだ。
***
「おや、ミーちゃん。馬車が到着するまで、一緒にお茶でもどうかね?」
「ミーではありません。ミアです」
旦那様が不機嫌に訂正する。
玄関のソファで優雅にお茶を飲むヒューさんに会釈して、私も旦那様の隣に腰掛けた。旦那様は正論と認めていたものの、私はいまいち納得がいっていない。顔が強ばりそうになるのを必死でこらえた。
「……ミーちゃんは、わたしに思う所がありそうだな?」
またたく間に見抜かれてしまい、馬鹿正直に体が跳ねる。怒らせてしまったかと上目遣いに窺うと、案に相違してヒューさんは闊達な笑い声を上げた。
「良い。実に良い。男というのは単純だからな。己を真摯に信じてくれる相手が居れば、限界以上の力を発揮できるものだ」
隣に座るクロエさんを熱っぽく見つめる。
「そう。わたしに、君という女神が居るように――」
「ところで、ミャーちゃん。秘密基地の件なんだけど」
ヒューさんを押しのけるようにして、クロエさんが身を乗り出した。訝しげに眉をひそめる旦那様に、慌てて秘密基地の事を説明する。
クロエさんは私と旦那様を見比べ、いたずらっぽく微笑んだ。
「よかったら、シリルと二人で使ってほしい。もうあの家はミャーちゃんの物。模様替えなり改装なり、好きにしてもらって構わない」
「いいんですか!?」
旦那様は、屋敷が気詰まりだと言っていた。
たくさんの使用人さんに囲まれて、王族として一時も気が抜けないのかもしれない。
(……でも。あの家なら……)
二人きりだから、旦那様もきっとのんびり寛げるに違いない。
ふわふわクッションやお気に入りのマグカップ、リラックスアイテムをたくさん持ち込んで。旦那様はシェフさんの目を気にする事なく、思う存分趣味の料理を楽しめる。そして私は食べられるっ!
想像するだけでわくわくしてきて、私は旦那様の腕を揺さぶった。
「シリル様! 王都に帰ったら、一緒に秘密基地に行きましょうっ」
「……そうだな」
瞳をなごませる旦那様に、私はてへへと照れ笑いする。二人でほのぼのと顔を見合わせていると、ヒューさんが芝居がかった仕草でクロエさんに手を差し伸べた。
「クロエ。なんなら我々も、このまま二人で愛の逃避行を――」
「そういえば、ミャーちゃん。バートが、ここに来る前に王都に寄ったらしいの。ピーちゃんに屋敷と秘密基地の場所を覚えさせたそうだから、今度手紙を送らせてもらうね」
「…………」
行き場を失ったヒューさんの手が、悲しく宙に浮いている……。
旦那様も眉根を寄せて二人を眺めていたが、どうやらスルーする事に決めたようだ。銅像よろしく固まったままのヒューさんに頭を下げる。
「では、我々はこれで。王都に戻り次第、温泉街には魔法士を派遣しますので」
派遣の魔法士さんに交代するまでの数日間は、ヴィンスさんとラルフさんが温泉街に残る事となった。美肌探求に余念のないヴィンスさんは、胸を叩いて請け合ってくれた。
「ミアちゃーん! 馬車が到着したよっ」
「荷物、馬車まで持っていってあげるわ。忘れ物はないわね?」
ヴィンスさん、それ完全にお母さんの台詞。
下を向いて笑いを噛み殺していると、やっと金縛りの解けたヒューさんが、旦那様の肩にぽんと手を置いた。
「顔色と、眉間の皺が改善したのを差し引いても。大分雰囲気が変わったな。目が違う」
再会してから初めて、優しい眼差しを旦那様に向ける。
「あの時の事は、気にしなくていい。むしろ、わたしを恨んでも構わない。ちょうどいい機会だと喜んで、退位の名分に利用させてもらったのだから」
お蔭で今は、悠々自適な隠居暮らしだ。
おどけたように告げて、ヒューさんは私へと視線を移した。
話が見えずに呆けていた私は、慌てて姿勢を正す。
「不肖の息子をよろしく頼む。我々夫婦を見習って、いついかなる時も仲睦まじく――」
クロエさんの肩を抱こうとしたところで、クロエさんはハエでも叩くかのようにその手を払い落とした。にっこりと私達を見回す。
「絶対また遊びに行くから。その時はよろしくね?」
「は、はいっ。楽しみにしてます!」
温度差夫婦に別れを告げて、私達はぞろぞろと馬車に向かう。隣に並んだヴィンスさんがぼそりと呟いた。
「……あれは、確かに空気扱いね」
「ですねー。愛を受け止めるんじゃなくて、受け流してましたね」
まあ、あれはあれで仲良しさんなのかも。
ヴィンスさんと含み笑いを交わし合い、馬車へと乗り込んだ。
さりげなく隣の旦那様の様子を窺うと、心配に反して彼は穏やかな表情を浮かべていた。思わずほっと胸を撫で下ろす。
車窓から顔を出した私達に、マリーさんが深々と頭を下げた。
「皆様、大変お世話になりました。お陰様で我が石の宿に、立派な客寄せネズミが――」
「だあぁっ、何度も同じ事を言わせるなっ! 団長、女将を説得してください!」
ラルフさんの怒声に、マリーさんは驚愕したように目を見開く。カタカタと激しく震え出した。
「団、長……? まさか、氷の魔法士団長様……!?」
……へ?
「マリーさん。うちの旦那様の事、気付いてたんじゃあ……?」
「いいえ全く! あたくしはただ、先に滞在されていた同じ髪色の女性と、親子なんじゃないかと推測しただけで――ハッ!?」
さらに顔色を失ったマリーさんは、すんなりと長い指で口元を覆い、完全に言葉を止めてしまった。血走った目だけをギョロギョロと動かし、旦那様の顔と背後の宿屋を見比べる。
「……という事は。あのお方は、もしや前国王様……? ――こうしちゃいられないわっ!」
殺気立った様子で宿屋に駆け込んでしまった。残された私達はぽかんと顔を見合わせる。
「ええと……?」
「ま、まあ女将の事はアタシ達に任せて。気を付けて帰るのよ?」
苦笑いで見送ってくれるヴィンスさんとラルフさんに手を振り返し、私達はアルスター温泉街を後にした。
こうして、かすかな疑問を残しつつも、初めての温泉旅行は無事に幕を閉じた。
わけだが。
アルスター温泉街の『石の宿』。
後日ヒューさんの許可の元、看板に新たな文言が付け加えられという。
すなわち――『王族御用達』と。
……魔獣騒動から、転んでもタダでは起きないマリーさんであった。商魂たくましやー。
やっとやっと温泉編終了です…!
お読みいただきありがとうございました。
次回は幕間を更新します!
 




