第68話 魔法対決勃発です!!
はっと我に返った私は、口を押さえて悲鳴を飲み込んだ。露天風呂から脱出するべく、勢いをつけて立ち上がる。
出口へと方向転換しようとした瞬間、足がもつれて見事にすっ転び、顔からお湯の中へ突っ込んでしまった。
「――がぼっ!」
お湯が鼻に入ったーーー!
ツンてする、ツンてするっ!!
盛大に咳き込んで涙目になっていると、バサリという音とともに、何かが側に降り立った気配がした。ごしごしと乱暴に涙をぬぐい、霞んだ目を懸命に凝らす。
湯船の縁の石に、静かに鎮座しているのは――
「……と、り……?」
漆黒の羽が美しい、見たこともない巨大な鳥だった。
頭にはヤンキーのような立派な赤いトサカが逆立っており、瞳は眩いばかりの金色。暗闇に光る目を吊り上げて、威嚇するようにくちばしをカチカチと鳴らしていた。
鷹のような鋭い眼差しと威風堂々とした佇まいに、思わずほれぼれと見惚れてしまう。つるりと言葉が口をついて出た。
「あのあのっ。とっても格好良いですねっ?」
……ん?
なんかこれって、ナンパみたい?
頭を掻いて照れ笑いしていると、彼(?)はくちばしの威嚇をやめて、優しげに目を細めた。人間に例えるなら、キラキライケメンスマイル発動って感じだろうか。
無言で見つめ合うことしばし、彼はゆっくりとくちばしを開いた。まるで私に語りかけるかのようなその仕草に、慌てて湯船の中で正座する。
「はいっ。何でしょうっ」
「ぼげー」
「…………」
声、汚っ!
凛々しい見た目と裏腹の鳴き声に驚き、ぶはっと噴き出してしまう。くすくす笑いながら、泳ぐようにして彼との距離を詰めた。
「あの、あなたは誰ですか? ちなみに私の名前は――」
「ミアッ!!!」
悲鳴のような声が聞こえ、きょとんと露天風呂の入口を振り返る。蒼白になった旦那様が駆け込んでくるところだった。
「あ、シリルさ――」
彼の名を呼ぼうとした瞬間。
イケメン鳥さんが、またもカチカチとくちばしを鳴らし始める。ぎょっとして二人を見比べたところで、旦那様の右手が青い燐光を帯びていることに気が付いた。
「……っ。シリル様、駄目っ!!」
私が湯船から走り出るのと、旦那様が私を抱き留めて魔法を放つのは同時だった。
一気に空気が冷えこんで、またたく間に露天風呂が凍りつく。
「シリル様! あの鳥さんは――」
「掴まっていろ!」
旦那様は私を抱く手に力を込めると、殺気立った目で前方を睨みつける。どうやら今の攻撃は避けられたようで、頭上から激しい羽ばたきの音が聞こえた。
カチカチ、という音が大きくなる。
「――来るぞ!」
旦那様の鋭い声音に顔を上げた途端、イケメン鳥さんのくちばしから火炎放射器のように炎が放たれる。なあぁっ!?
旦那様は迫りくる炎を睨み据えると、素早く横薙ぎに腕を払った。連動するように私達の足元から巨大な氷柱が出現し、炎と相殺して消え去ってしまう。
寒さと恐怖に足が震え、旦那様にがくがくとしがみついた。
「えっ? えっ? あの子、鳥じゃないんですか!?」
「火を吐く鳥など存在しない! あれは魔獣だっ。俺が足止めしている間に、お前は逃げ――」
「待ちなさいっ!!」
凛とした声とともに、服に着替えたクロエさんが強ばった表情で入ってくる。つかつかと歩み寄ると、ビシッとイケメン鳥さんを指差した。
「ピーちゃん! おすわりっ!」
「ぼげっ!」
良いお返事!?
イケメン鳥さんは意気揚々と凍った湯船に座り込み、冷たかったのか悲しげに「ぼぎょん」と鳴いた。くちばしからぽくっと小さな火が出る。
「…………おい」
食いしばった歯の隙間から漏らすように呟くと、旦那様がクロエさんを睨めつけた。怒りのせいだろう、その腕は小刻みに震えている。
私は慌てて体を離し、彼の頬に向かって手を伸ばした。
「シリル様! 私は大丈夫ですから――くしゅんっ」
下を向いてくしゃみをした私に焦ったように、旦那様が上着を脱いで肩にかけてくれる。びしゃびしゃの湯浴み着姿でしがみついたせいで、旦那様の服も体も冷えきっていた。
私はしゅんと眉を下げる。
「ごめんなさい。シリル様も寒いでしょう?」
「俺の事はいい。とにかく、お前はすぐに内湯で温まれ。俺は外で待っている」
私から目を逸らしてせかせかと告げると、旦那様は私を内湯へとうながした。
イケメン鳥さんはクロエさんに任せることにして、急ぎ二人で露天風呂を後にした。
***
「――ミアッ! 無事で良かったわ……! 一体何があったの? シリルってば不機嫌爆発で教えてくれないんだからっ」
冷えた体を内湯で温めて、女湯から出た瞬間。
ヴィンスさんから泣き出しそうな顔で抱き着かれた。即座に旦那様から首根っこを掴まれ、引き離されてしまったけれど。
ジーンさんにリオ君、ラルフさんまで不安げに表情を曇らせている。
私は全員に向かって深々と頭を下げた。
「心配かけてごめんなさい。クーちゃんのペットさんと、喧嘩になっちゃって……」
ちらりと旦那様の様子を窺うと、濡れた服は着替えた様子なのに、頬は血の気を失ったままだった。
「シリル様、ちゃんとお風呂入りましたか?」
体温を確認しようと近付く私に、旦那様は小さくかぶりを振って距離を取る。
「後で入る。そんな事より、あの人と魔獣は……」
「ピーちゃんなら、いったん温泉街から出るよう言い聞かせた」
女湯から出てきたクロエさんが、淡々と告げながら私の手を握った。申し訳なさそうに眉を下げ、軽く屈んで私の顔を覗き込む。
「怖い想いをさせてしまって、ごめんねミャーちゃん。詳しく説明したいけど、ピーちゃんが来たって事は、旦那も近くに居るんだと思う。迎えに行くから、少しだけ待っていてくれる?」
……旦那さん?
つまりは、前国王様――シリル様のお父さんという事だ。
咄嗟に旦那様の様子を確認すると、彼は怒りに燃えた目でクロエさんを睨みつけていた。焦って歩み寄ろうとしたところで、またも数歩下がられる。
……うん。
ここまであからさまだと、さすがに気付いちゃいますから?
「シリル様っ。なんで私をさけるんです?」
「別に。さけたりなどしていない」
平静を装ってはいるけれど、旦那様は私の顔を見てすらくれない。
むむむむとぶすくれ、また彼に一歩近付く。そうして彼が一歩下がる。近付く、下がるを繰り返すうちに、だんだんと追いかけっこのようになってしまった。
「シーリールーさーまーっ! 逃げないでってばぁ!!」
「だからっ、別に逃げてなどいないっ」
廊下は走るべからず精神が染み付いているのか、お互い競歩状態でずんずん廊下を突き進む。曲がり角に差し掛かったところで、旦那様がつんのめるようにして足を止めた。
今がチャンスとばかりにその背中にタックルする。
「捕まえたぁっ! 私の勝ちっ」
抱き着く腕に力を込めたところで、旦那様の体がひどく強ばっていることに気が付いた。
「シリル、さま……?」
「――なんだ、やはりお前か。目の下の隈がなくなっているから、一瞬誰だかわからなかったぞ」
威圧感のこもった、お腹に響く重低音の声が聞こえた。
しがみついた旦那様の背中の横から、少しだけ顔を出して声の主を確認する。上手に隠れていたつもりなのに、ばっちり前方の彼と目が合ってしまった。
彼は軽く目をすがめると、私に向かってその手を差し伸べる。
「君が、麗しのお嫁さんかな? 愚息が随分と世話になっているようだ。心より感謝申し上げる」
おどけたような台詞とともに、不敵に口角を吊り上げた。




