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第67話 ホラー展開来ましたか!?

 ――露天風呂の徹底捜索の結果。


 男湯では追加でもう一匹、女湯では二匹の石ネズミを捕獲したそうだ。これで計六匹である。


「隅々まで調べたら時間がかかっちゃったから、山に放すのは明日になるわね。まあ、アタシとラルフの二人で充分よ。アンタ達は先に王都に戻るといいわ」


 玄関のソファに深々と座り、ヴィンスさんが疲れきった調子で言う。

 無言で彼の後ろに回り、ねぎらいの肩揉みをしてあげようとしたら、「やめぃっ! お触り厳禁!」と怒られた。なぜにー?


 今日も今日とてスケッチブックを広げていたクロエさんが、鉛筆を止めて静かに顔を上げる。


「……なら、もうお風呂の閉鎖は解けたのね。ミャーちゃん、ジンちゃん。最後の露天風呂を堪能しに行こう」


 私とジーンさんはきょとんと視線を交わし合った。最後の、って……?


「もしかして、クーちゃんも明日帰っちゃうの!?」


 ジーンさんが先回りしたように聞いてくれる。ちなみにジーンさんもヴィンスさんと同様、あっという間にクロエさんと打ち解けた。

 ジーンさんの隣でコクコク頷いて、私もすがるように彼女を見つめる。せっかく会えたのに、明日でお別れだなんて寂しすぎる。


 私達の気持ちが通じたのか、クロエさんはふっと瞳をなごませた。


「そもそも今回の旅は、ミャーちゃんと……遠目からでも彼の姿を見られれば、と思ったから。王都に入る勇気が持てなくて、素通りしてこんな所に逃げ込んでしまったけれど」


 ――でも、もう目的は達した。


 噛みしめるように呟くと、彼女は晴れ晴れとした表情で私を見る。


「旦那が留守の隙に突発的に出てきたから、きっとあのひと心配してる。そろそろ戻ってあげないと」


「そう、なんですか……」


 もどかしいような想いに駆られて、膝に置いた手をぎゅっと握り締めた。せっかくクロエさんと旦那様、少しずつ距離が近付いているように見えたのに。


「……今度は、旦那も連れて遊びに行くから。その時は泊めてくれる?」


 いたずらっぽく問われ、すっと肩の力が抜ける。それでやっと笑うことができた。


「はいっ、もちろん! ジルさんもきっと喜びます――って、あああっ!」


 忘れてたっ!


 ジルさんから教えてもらった秘密基地、それからそれから私の送った手紙!!


「ちょっ、どうしたのよミア!?」


 ぎょっとするヴィンスさんに首を振り、ソファから大きく身を乗り出した。


「クーちゃんっ。私が出した手紙、もう届きました!?」


「……? ううん、手紙をくれていたのね。もしかしなくても、秘密基地の件?」


 クロエさんの言葉に、なぜかジーンさんとヴィンスさんが目を輝かせる。


「えっ、何なに秘密基地!? ミアちゃん冒険するのっ?」


「仕方ないわね! 隊長はこのアタシが引き受けてあげるわ!」


 や、別に冒険の拠点じゃないんですけど。


 はしゃぐ二人に苦笑していると、ソファの背後に人の気配を感じた。


「――じゃあ、僕は副隊長に立候補しようかな。……ヴィンスさん、サボらないでくださいよ。納戸からやっと発見したから、早くフランソワーズ達を入れてあげましょう」


 振り返ると、服を汚したリオ君が、腕に大きな何かを抱えて立っていた。ジーンさんが機敏に立ち上がり、リオ君の頭に付いたホコリを払う。


「それって鳥カゴ? ねず美ちゃん達、今夜はそこにお泊りなんだ」


「そう。昔鳥を飼っていたから、探せばカゴがあるはずだって言われて。……それと、ねず美ちゃんじゃなくてフランソワーズだよ。それからクリスチーヌ、ヴァランティーヌ、マドレーヌ、キャラメリゼにヴィシソワーズね」


 だんだん美味しそうになってきたぞ。


 仕事中な男性陣を置いて夕飯を済ませたというのに、またもお腹が減ってきそうになる。うーん、今夜こそ夜更しして女子会をやらないとっ!


 私がお菓子の算段に頭を悩ませている間に、ヴィンスさんとリオ君はさっさと行ってしまった。残った女三人で共犯者の笑みを交わし合い、勢いよくソファから立ち上がる。


「働くリオ達には悪いけど。行きましょ行きましょ露天風呂!」


「帰りは厨房に寄って、酒とツマミを仕入れよう。一番先に寝たひとが負け」


「じゃあ、ついでにお菓子も~!」


 きゃあきゃあ騒ぎつつ、最後の露天風呂へと足を急がせた。




***



「いい湯だぁー……。月も綺麗ー……」


 まんまるお月様を飽きることなく眺め、しみじみと感嘆の息を吐く。


 どうやら一般のお客さんにはまだ閉鎖解除が伝えられていないようで、内湯も露天風呂も私達しかいなかった。

 揃いの湯浴み着に身を包み、私達はそれぞれ好き勝手に温泉を楽しんだ。暑くなったのか、ジーンさんは湯船の縁に腰かけて、足だけばちゃばちゃさせている。


「ねねっ、話戻るけど。クーちゃんは、旦那さんに内緒で出てきちゃったの?」


 楽しげに問うジーンさんに、クロエさんはあっさりと頷いた。


「書き置きは残したけどね。不在の間、ピーちゃんの餌やりだけはヨロシクって」


「…………」


 それは、旦那さんもさぞかし驚いたのでは……。


 こっそり苦笑しながら、私はお湯をかきわけてクロエさんの側に近付いた。手のひらを合わせて彼女にねだる。


「ピーちゃんにも会いたいなぁ。遊びに来る時、一緒に連れてきてくれますか?」


「勿論。むしろ、今回連れてくればよかった。そうしたら家を覚えさせる事ができたのに」


 ……へ?


 クロエさんは、目をパチクリさせる私を軽やかに笑った。


「場所さえ覚えてもらえばね。足に手紙を括り付けて、文通ができるから」


「――ああ! 伝書鳩ってことですか!」


 それってすっごく楽しそう!


 想像するだけでわくわくして、「絶対ピーちゃんを紹介してくださいね!」と指切りげんまんする。指を離した後、クロエさんは立ち上がって優しい瞳で私を見下ろした。


「ありがとう、ミャーちゃん。こんなに明るい気持ちで、この旅を終える事ができるとは思わなかった。……シリルと口喧嘩だなんて、初めての経験もしてしまったし」


 軽く咳払いして、赤くなった目元をぶっきらぼうにこする。


「のぼせたみたい。――先に上がるね」


 早口で告げるなり、お湯を跳ね上げながら露天風呂を後にしてしまった。

 茫然と彼女の後ろ姿を見送った私は、ジーンさんへと視線を移す。ジーンさんもおかしそうに私を見返した。


「今の、絶対照れてたよね? クーちゃんてば可愛い~」


「……ちゃんと『シリル』って口に出したからかも。今までは『彼』としか呼んでなかったし」


 つられて頬を緩めながら、私もほわんとお腹の底が温かくなる。たとえ少しずつでも、二人が歩み寄ってくれたら嬉しいなぁ。


 ほのぼのと噛みしめていると、「さて!」とジーンさんも体を起こした。


「あたしも暑くなっちゃったから、そろそろ上がろっかな。ミアちゃんはどうする?」


「あ、私はもう少し! お月様を見ていたいので」


 笑顔で彼女を見送って、一人きりになった湯船で大きく伸びをする。後頭部をお湯につけると、たゆたうように髪の毛が広がった。じっと夜空を見上げる。


(……静か、だなぁ……)


 きんと冷たい空気と、温かなお湯の感触。

 静寂すら心地よくて、大きく息を吐きながら目をつぶる。眠気に身を委ねそうになり、慌てて姿勢を正してぶんぶんと頭を振った。


「ダメダメ。寝たら大、変――」


 瞬間。


 強烈な違和感に襲われ、言葉を失う。

 違和感の正体を探ろうと辺りを見回すと、外塀のある一点に視線が吸い寄せられた。


 高い板塀のさらに上……暗闇にぽっかりと浮かぶのは、金色に輝く玉ふたつ。これってもしや、人魂(ひとだま)ってやつ――……?


「……っ。ぎぃやあああああああーーーっ!!!?」


 我ながら、色気もへったくれもない悲鳴が口から飛び出して。


 ――夜のしじまに木霊した。

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