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第66話 和解への道のりは遠そうです?

 男湯の露天風呂に、女将さん以下関係者が集合した。

 遅れてやって来た旦那様は、到着するやいなや冷ややかにクロエさんを睨みつける。


「……なぜ、部外者の貴女がここに居るのです?」


 旦那様の、不機嫌丸出しといった様子にビクリとする。慌てて諌めようとした私を視線だけで制し、一歩前に出たクロエさんは不敵に口角を吊り上げた。


「部下に先を越されておいて、随分と偉そうに言う。――ああそれと、上辺だけの敬語はいらないから。昨夜のように傲慢に話せばいい」


「…………」


 刹那、旦那様の全身から怒気がほとばしる。


 クロエさぁぁぁんっ!?


 心の中で大絶叫しながら、私は必死で旦那様の腕にしがみついた。まさか殴りかかるとまでは思わないけれど、旦那様から今までにない物騒な気配を感じたのだ。


「シリル様っ! 落ち着いて、はいヒッヒッフー!!」


「アンタこそ落ち着きなさいよっ! シリルに一体何を産ませる気!?」


 はっ、これって出産の時の呼吸法でしたっけ!


 ヴィンスさんから速攻で突っ込まれ、まずは自分自身が深呼吸する事にした。強ばった表情の旦那様もさりげなく参加してくれた。二人で一緒に、すーはーすーはー。


「……それで。魔獣の正体は、この石ネズミだったわけか」


 クロエさんを視界に入れないようにするためか、旦那様は体ごと向きを変えてしまう。しかし、クロエさんはめげなかった。つかつかと歩み寄り、至近距離から旦那様の顔を覗き込む。


「石ネズミ? 魔獣なの?」


 問いかけるクロエさんを無視して、旦那様は女将のマリーさんに向き合った。


「通常は人里に来るような力を持つ魔獣じゃない。女将、心当たりはあるか?」


「ふぅん、弱いのか。なら、退治する必要は無い?」


「…………」


 旦那様の額に青筋が立つ。

 これ以上見ていられなくて、慌ててクロエさんの腕を掴んで旦那様から引き離した。全員からなるべく距離を取る。


「クーちゃんっ。なんでシリル様をおちょくってるんですかっ」


 小声で叱責すると、クロエさんはおどけたように眉を上げた。


「ミャーちゃんの助言に従っただけ。――そしたら、大成功。彼があんなゴミを見るみたいに、わたしを睨みつけるだなんて初めて。何かに目覚めそう」


 いや、怪しげなものに目覚めないで!?


 これってもしかしなくても、私が余計な事を言ったせいなのだろうか。

 頭を抱えこんでいると、なぜかクロエさんが私の頭をナデナデする。驚いて見上げる私に、今度はにっこり笑って抱きついてきた。


「クロ――」


「馴れ馴れしく触れるなっ」


 怒声とともに、旦那様が荒々しく私の肩を抱いて引き寄せる。私が口を開くより早く、クロエさんが大げさな動きで肩をすくめた。


「嫉妬深い男。余裕が無さすぎて、ミャーちゃんに捨てられる未来しか見えない」


「不吉な予言をするな!?」


 くわっと噛みつく旦那様を茫然と見上げる。なんか元気いっぱいっていうか……もしや、仲良くなってます?


 それまで黙って見物していたヴィンスさんも、感心したように似た者親子を見比べた。


「息ピッタリねぇ。……ところで、クロたん。前国王陛下――ヒューバート様も、シリルに似て愛が重いの? 鬱陶しいの?」


「…………」


 ヴィンスさんも、多方面に大概失礼なような。


 クロエさんは気分を害したふうもなく、あっさりとかぶりを振る。


「愛が重いは否定しないけど、鬱陶しいと思った事は無い。もはや、私にとっては空気のようなものだから」


「ステキ……っ! 溢れ出る愛を、クロたんが広い心で受け止めてるのね! ミア、アンタも見習いなさいよっ」


 なんで私!?


 頬を上気させてうっとりする彼に目を白黒させながらも、しみじみとクロエさんの言葉を反芻する。空気みたい、かあ……。


 つまり、生きていくために必要不可欠な存在ってことなのかな。隣にいてくれるだけで、安らぎを感じることのできる相手――


(……なんだか、それって)


 ちょっぴり、羨ましいかも。


 こっそり旦那様の様子を窺うと、彼もじっと私を見つめていた。急に恥ずかしくなって、旦那様の視線から逃げるように目を逸らす。うう、顔熱い……!


「……あのぅ。そろそろ話を戻しても、よろしいでしょうか……?」


 気まずそうなラルフさんの声が聞こえ、慌てて意識を石ネズミさんの方に戻した。


 男湯で捕獲した石ネズミさんは全部で三匹。

 いまだに石の背中を地面につけて、仰向けのままチーチー悲しげに鳴いている。自力で起き上がれないとは、生物としてこれ如何に。


「石ネズミは山を住処とする魔獣よ。臆病な性格で、普段は丸まって石に擬態し外敵をやり過ごすの。主食は石や岩だから、鋭い歯に注意ね」


 ヴィンスさんの言葉に、マリーさんが伸ばしかけた手を引っ込めた。ちなみに先程から一言も発していない彼女は、強ばった表情で唇を噛みしめている。


「あの。マリー、さん……?」


 そっと屈んで彼女の顔を覗き込むと、彼女は苦しげに美しい眉をひそめた。


「……きっと、あたくしや従業員が山から拾ってきた石の中に。この子達が、混じっていたのだと思いますわ。露天風呂に風情を出すため、しょっちゅう石を集めておりましたから」


 そっかぁ。


 マリーさんは石好きだとクロエさんが言っていたし、何よりこの温泉宿の名は『石の宿』。幽霊騒ぎは災難だったけれど、まさか石そっくりの魔獣がいるだなんて、誰も想像すらしないだろう。


 何と声をかけるべきか迷っていると、突然彼女はすっくと立ち上がった。その瞳はメラメラと燃えている。


「――あたくし、決めましたわ! この子達を、今日からこの宿の看板ネズミにいたします!」


「ええええっ!?」


 看板犬ならぬ、看板ネズミ!?


 驚愕に言葉を失う私達をよそに、マリーさんは興奮冷めやらぬ様子で私に向き直った。


「早速名前を付けなくては! 貴女は、どんな名前がいいと思われます!?」


 突然ふりかかってきた難題に、私は腕を組んで真剣に考え込む。


「……ねず()ちゃん、とか?」


「フランソワーズにいたしますわ!」


 採用する気ないなら聞かんといてー。


 ずっこける私を置いて、マリーさんはてきぱきと残り二匹を指差した。


「そして上品な顔立ちのこの子はクリスチーヌ、一番目の大きなあの子がヴァランティーヌ!」


 みんな同じ顔に見えますけども……。


 心の中で突っ込みつつ、自分の膝に頬杖をつき石ネズミさんを観察する。

 身動きの取れない彼らは目をうるうるさせて、なんとも切なげな表情で私を見上げた……ような気がする。石の背中は灰色だけれど、顔も体も真っ白で、つぶらな黒い瞳が愛らしい。


 思わずきゅっと息を呑みこんだ。


「うっ……私も、飼いたい……!」


「駄目に決まっているだろうがぁっ! 見た目がどうであれ、これは魔獣なんだぞ!? 危ないだろうっ」


 ラルフさんから怒られて、わわっと立ち上がる。旦那様がしゅんとする私の肩を抱き、半眼でラルフさんを睨みつけた。


「当然、この魔獣は山に返す。女湯にも居るのだろうから、今すぐ回収に向かうぞ」


「――なんだ、返しちゃうの? せっかくミャーちゃんが欲しがっているのに」


 緊迫した空気に水を差すように、クロエさんがあっけらかんと口を挟む。不快そうに眉根を寄せる旦那様など知らぬげに、彼女はうっすらと微笑んだ。


「わたしもピーちゃんというペットを飼っている。旦那にねだったら二つ返事だった。誰かさんとは大違い」


 瞬間、旦那様は般若の形相になったけれど、なんとか意志の力で抑えつけたようだ。軽く息を吐き、私の髪に指を絡める。


「ペットが欲しいのなら、帰ってから探せばいい。犬でも猫でも構わん」


「でも、それって欺瞞(ぎまん)よねー。ミアが飼いたいのは石ネズミでしょ?」


「そうそう。愚かな男のその場しのぎ」


 外野からの即座の突っ込みに、旦那様の忍耐はあっさりと切れてしまった。


「――ヴィンス! お前は一体誰の味方だっ!!」

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