第65話 幽霊の正体見破ったり!?
「それでそれでっ? どうなったワケ!?」
昨日とは打って変わって賑やかな温泉街で、ヴィンスさんがきらきらと目を輝かせる。予定通り昼前に到着した彼と、早速念願の食べ歩きを満喫しているのだ。
ほかほかと湯気の立つ蒸しパンを飲み込んで、私はわざと難しい顔を作ってみせた。
「――シリル様が、描いた絵も。芸術が大炎上してました」
あれから。
見回りから戻って来たラルフさんも合流し、似た者親子のお絵かき対決がスタートした。
繊細な筆致でアバンギャルドな作品を生み出すクロエさんに対し、旦那様の絵は――
「いびつな丸い顔に、左右で大きさの違う目、ぽっかりと開いた口。そしてなぜか、髪は描かれていませんでした……」
「まさかのつるっぱげ!?」
重々しく説明する私に、ヴィンスさんがお腹を抱えて笑い出す。何でもそつなくこなすと思い込んでいたけれど、旦那様にも苦手な事はあったらしい。
幸い、途中から(強制的に)モデルがラルフさんに変更されたので、私は先に休ませてもらう事ができた。
お休みの挨拶も聞こえないぐらい集中していた旦那様を思い出し、くすくす笑ってしまう。
「結局、明け方近くまで頑張ってたみたいですよ?」
特訓の甲斐あって、旦那様の絵も幼児レベルから多少は進化したようだ。巻き添えを食って、ほぼ徹夜状態になってしまったラルフさんには気の毒だけど。
「それでアタシが到着したってのに、シリルもラルフもぐうぐう寝てるワケね。魔獣の方は進展ナシなの?」
「みたいです。できれば、今夜露天風呂に入りたいんですけど……」
しょんぼりと肩を落とす私に、ヴィンスさんが頼もしく胸を叩く。
「任せなさいっ。このアタシが来たからには、速攻で片付けてあげるわ。……ねっ、リオも」
ヴィンスさんの言葉に振り向くと、別の露店に並んでいたリオ君とジーンさんがちょうど戻って来るところだった。
砂色の髪をサラリと揺らし、リオ君がにっこりと微笑む。
「そうですね。本職には敵わなくても、僕にも元素魔法の心得はあるので。お手伝いしますよ」
おおっ、頼もしい!
思わずパチパチと拍手して、リオ君に感謝の目を向けた。
「でも、びっくりしたよー。急にリオ君も来るんだもん」
「せっかくの週末だしね。ヴィンスさんも道中ひとりじゃ退屈だって言うからさ。――まあ」
言葉を切って、意味深にヴィンスさんを見つめる。その瞳には、からかうような色が浮かんでいた。
「次はエマさんを誘ってあげてくださいね? 一応王都を発つ前に手紙を出しておいたから、帰った瞬間に問い詰められると思いますよ」
「――はあっ!? 何よソレ!!」
「僕ら、文通友達なんです」
目を剥くヴィンスさんに、リオ君がしれっと言い放つ。……そういえば、リオ君とエマさんって類友だったっけ。
これは、帰ったら痴話喧嘩に発展する可能性大かも。苦笑する私とジーンさんであった。
***
「あっ、お疲れ様です副長! 早速調査を開始しますか!?」
温泉宿に戻った途端、ラルフさんから元気いっぱいに出迎えられた。てっきり寝不足で疲れているかと思いきや、その顔はむしろつやつやピカピカしている。
ヴィンスさんも訝しげに彼を見た。
「そうね、とっとと片付けちゃいましょ。……ところで、なんでアンタそんなに元気なの」
「はいっ。モデルになっている間うたた寝しましたし、何より団長が僕を描いてくださったんです! 帰宅したら、額縁に入れて家宝にしようと思います!」
やめてあげてー!?
旦那様に精神的ダメージがぁぁぁっ!!
仰天する私をよそに、ラルフさんとリオ君はさっさと自己紹介を済ませると、三人で男湯へと向かってしまった。
「……っ。大変ジーンさん! なんとかしてラルフさんを止めないとっ」
「えっ、なんで? シリルの事だし、きっと凄い絵を描いたんじゃないの?」
別の意味では凄いんですけどね!?
呆気に取られているジーンさんを置いて、私はダッシュで男性陣を追いかける。そのまま男湯に到着してしまった。
「う~、待つしかないかぁ……」
「どうしたの?」
「わっ!?」
突然後ろから声をかけられ、驚きにぴょんと飛び跳ねる。恐る恐る振り返ると、眉根を寄せたクロエさんが立っていた。
「あっ、おはようございます……! 実は男湯の露天風呂で、魔獣か幽霊退治をしてて、それでえっと……」
支離滅裂な説明をする私に、クロエさんはキラリと瞳を光らせる。無言で私を押しのけて、男湯の中に入ってしまった。
「えええっ? クーちゃん!?」
「――大丈夫。誰も居ない」
立札を手にして即座に戻って来たかと思うと、男湯の入口に「掃除中」という札を立てた。爽やかな笑顔で私の腕を引く。
「さ、行こう。幽霊をスケッチするなんて初めて。楽しみ」
「ちょっ、待っ……!」
止める暇もなく。
細身の割に意外と怪力な彼女から引っ張られ、脱衣場と内湯を通り過ぎて露天風呂へと出た。ヴィンスさん達が、驚いたように振り返る。
「――ミアッ!? ダメよ、アンタがこんな所に来たら……って、まさかそちらが!」
顔色を変えたヴィンスさんは、慌てたように服を整え髪を撫でつけた。コホンと咳払いして、クロエさんに向かって優雅に一礼する。
「初めまして、クロエ様。ヴィンセント・ノーヴァと申しま――」
「さっきみたいに普通にしゃべって。そして、わたしの事はクロたんでいい」
「……そぅお? なら、アタシの事もヴィンスって呼んでねっ。よろしくクロたん!」
順応早ッ!?
ずっこける私に苦笑して、リオ君がおいでおいでと手を振る。足音を忍ばせて近付くと、リオ君は露天風呂を囲む石を指し示した。
「随分、石が多いよね。物陰に小型の魔獣が潜んでる可能性も考えたんだけど、今ざっと見た限りでは見つからなくて」
「昨夜は暗くてよく探せなかったんだ。……いっその事、ここら一帯の石を全てどかしてみるか……」
えっ、この石を全部!?
ラルフさんの言葉に、私は茫然と石だらけの露天風呂を見回した。一番大きなものだと、私の身長と同じぐらいの巨大な石もある。
楽しげにおしゃべりしていたヴィンスさんが、ぷっと噴き出してかぶりを振る。
「違う違う。人力じゃなくて、ラルフの魔法で動かすのよ。このコ、土の元素魔法がお得意だから」
「そうなんですかっ? てっきりラルフさんって、火の魔法を使うのかと」
「……赤毛の者が皆、火属性だと思うなよ?」
不機嫌な目で睨まれてしまい、苦笑しながら謝った。先入観って怖いなー。
ラルフさんを除く全員が入口に退避したところで、ラルフさんは地面に手を突いてしゃがみ込む。その背中が緊張に強ばったかと思うと、みるみる地面が小山のように盛り上がった。
(……わっ……!)
持ち上げられた石が、小山からゴロゴロと転がり落ちる。全員が無言になって見守る中、どこからともなく「チー」という微かな声が聞こえた気がした。
「……? 今、何か――」
みんなに問いかけようとした瞬間。
私の足元まで転がってきた、こぶし大ぐらいの石がパカッと割れる。……へ?
「チーッ! チーッ!」
割れ目から出てきたのは、ネズミのような顔と四本足。
石で出来た背中を、地面につけた状態で。ネズミさんは短い足を一生懸命にジタバタさせて、仰向けのまま暴れ始めた。




