第62話 出会いは突然に!?
固まったのは一瞬で、私とジーンさんはお湯を跳ね上げて同時に立ち上がる。考える間もなく、露天風呂の中へと駆け込んだ。
「――あの、そこのお姉さんっ! 露天風呂は危険ですよ!?」
ジーンさんが声を荒げるけれど、彼女はこちらを見てすらくれない。湯船の縁にある大きな石に体を預け、気持ちよさそうにお湯につかっていた。
「お姉さんてばっ……!」
「――叫ばなくても、聞こえてる」
凛とした低めの声にドキリとして、私とジーンさんは足を止める。頭に載せたタオルが邪魔で、彼女の表情は窺えない。それでも、鋭い視線で射抜かれた気がした。
外気の寒さに震えながら立ち尽くしていると、彼女が無言のまま手をヒラヒラさせた。おいでおいでと言っているようで、思考停止した私達は、そのままふらふらとお湯に入る。
「……あったかい」
肩まで浸かり、私はほっと息を吐いた。
ジーンさんもへにゃりと眉を下げながら、お湯の中で膝を抱え込む。恐る恐るといった様子で辺りを見回した。
「覗き犯、いるのかな? ミアちゃんはあたしの陰に隠れ――……」
「心配無い。こう見えて、わたしには元素魔法の心得があるから。不届き者は即座に成敗してやる」
静かだが力強い言葉に安堵して、やっと私は体の力を抜いた。陽はとっくに沈んでおり、魔力灯の頼りない光のもとで、改めて露天風呂を観察する。
マリーさんが自慢していただけあって、湯船は泳げるくらい広々としていた。庭には大小様々な岩が、ところ狭しと置かれている。
「この宿の女将は、石好きらしい。裏山から気に入った石を拾ってくるのだと言っていた」
私の視線に気付いたのか、彼女が淡々と説明してくれる。
「へぇ~。世の中にはいろんな趣味があるんですねぇ」
腕を組んで感心する私を眺め、彼女がふっと目を細めた。微かに笑うような――見覚えのあるその表情に、瞬間息が止まりそうになる。
(……あ、れ……?)
違和感に、薄暗い中で彼女をまじまじと見つめた。
年の頃は四十歳ぐらいだろうか。
細身で長身、髪はどうやらベリーショート。
タオルに隠れて髪色はよく見えないが、瞳は透き通るような緑色。碧眼じゃない。
(……でも……)
確認してみるべきかためらっていると、彼女は寄りかかっていた岩から体を離し、私の側に近寄ってきた。からかうように私を見返す。
「……観察は終わり?」
「あっ! えと、その。失礼しましたっ」
真っ赤になってわたわたと手を振ると、ばちゃんとお湯が跳ねてしまった。顔にかかったしずくを払い、彼女が喉の奥でこもった笑い声を立てる。伏目がちなその表情に、どくんと心臓が打った。
(……やっぱり、似てる……)
目元とか。雰囲気とか。
「あ、のっ……!」
意を決して問いかけようとした瞬間。
不意に草陰から「カツンッ」と音がした。私とジーンさんはビクリと体を跳ねさせる。
「何なに!? ――戻ろう、ミアちゃん! 何かあったら大変だもん!」
ジーンさんから腕を引かれ、私は慌てて立ち上がった。動く様子のない彼女にも手を差し伸べるけれど、案の定彼女は無表情にかぶりを振った。
「わたしはいい。ここの露天風呂には毎日入っているから。戻るなら貴女達だけで戻りなさい」
きっぱりと言って、私達から顔を背けてしまう。ジーンさんと困り顔を見合わせたけれど、結局彼女を残して露天風呂を後にしたのだった。
***
「ああ、あのお客さんですか? 一週間ほど前から滞在されていて、露天風呂がお気に入りなんですよ。後で様子を見に行きますね」
廊下で出会った温泉宿の従業員のお姉さんに声をかけると、苦笑しながら請け合ってくれた。
ひとまず安心して、私達はいったん部屋に戻る事にした。着替えを片付けてベッドに座った途端、部屋の扉がノックされる。
「はいっ。――あ、シリル様!」
腕を引いて部屋に招き入れると、後ろにはラルフさんも立っていた。
入浴を済ませて部屋着のワンピースに着替えた私達と違い、旦那様とラルフさんはまだ外着のままだった。どうやら温泉に入る暇はなかったらしい。
「とりあえず見回りは終わった。見た限り異常は無さそうだが」
「当然だがオバケもいなかったぞ」
ラルフさんも得意気に胸を張る。
旦那様が手を伸ばし、私の髪の毛を指に絡めた。魔動ドライヤーで乾かしたものの、髪はまだ湿っていた。ついついと引っ張って、無表情に私の顔を覗き込む。
「無論、露天風呂には立ち入ってないな?」
「……も、もちゅろんっ!」
噛んだ。
だらだらと冷や汗をかき目を逸らしていると、ジーンさんが焦ったように私達の間に割り込んだ。引きつった顔で、笑いながら旦那様の肩を叩く。
「やだ、シリルってばー! あたしがついてるのよ? 露天風呂になんか、入るワケにゃーじゃにゃい!」
やっぱり噛んだ。
「…………」
部屋に痛いほどの沈黙が満ちる。
ラルフさんも顔を強ばらせ、そろりそろりと旦那様から距離を取る。
「……お前達」
旦那様が鋭く目を細め、地を這うような低い声を出した。
私とジーンさんは手を取り合って、ひゃっと壁際まで後退する。祓いたまえ、清めたまえ~!
ジーンさんが手のひらを突き出して、己の顔をガードしながら叫ぶ。
「違うのシリル! あたし達、無謀な他のお客さんを止めただけなのっ」
「あっ、ジーンさん!」
それ言ったら駄目なやつ!
だって、だって……。
もしかしたら、あの無表情な女の人は……!
口をパクパクさせる私を不審げに見ながら、旦那様は重いため息をつく。
「魔獣の駆除が終わるまで。もう絶対に、露天風呂には入るんじゃない。……ジーン、お前もだ」
きつめの口調にしゅんとして、私とジーンさんは声を合わせて返事した。
旦那様はひとつ頷くと、椅子にかけていたショールを私の肩にふわりとかける。出口へとうながした。
「下の食堂で夕食を取ろう」
「……はいっ」
笑顔で頷きつつも、私は内心大混乱に陥っていた。言うべきか、言わざるべきか。
(……でも。そんな偶然ある……?)
事前に示し合わせたわけでもないのに。
――実の親子が、同時に同じ温泉宿に泊まるだなんて。




