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第61話 幽霊、魔獣、はたまた人災?

 温泉宿の美人女将・マリーさんによると。


 露天風呂の客から「視線を感じる」という訴えが初めてあったのは、今から十日ばかり前のこと。すぐに露天風呂を囲む塀を丹念に確認したけれど、覗けるような穴や隙間はなかったそうだ。


「ですから、最初は気のせいだろうと思ったのです。それでも訴えは一向にやまず――」


 仕方なく、今は露天風呂を全面使用禁止にしているらしい。マリーさんは悔しげに美しい眉をひそめる。


「うちはアルスターで一番広い露天風呂が自慢で……その代わり、内湯は地味だし狭いんです。このままでは商売上がったりですよ。現に、宿を移るお客様もいらっしゃいますし」


 憤懣やるかたないといった様子の彼女を、旦那様が鋭いまなざしで見やった。


「……実際に、魔獣の姿を目撃した者は居るのか?」


「いいえ。勿論、襲われた者もおりません。曖昧な苦情だけで――ハッ!?」


 ほっそりした手で口元を覆い、彼女は驚愕に目を見開く。カタカタと震え始めた。


「そうか、おかしな噂を流す事が目的なのね……! となると、犯人は隣の宿のリンダ――いいえ、それとも向かいのテレーゼ? はたまたアンナ? もしくはウーテ!?」


「…………」


 心当たり多いなぁ。


 旦那様達の手伝いをするべく、せっせとメモを取っていた手を止めて、私は思わず顔を上げた。ちなみに目を吊り上げたマリーさんは、まだ指を折りながら名前を並べ立てている。


 のんびりお菓子をつまんでいたジーンさんが、あっけらかんと口を挟んだ。


「容疑者は女の人ばっかりなんですね。マリーさん、恨まれてるんですか?」


 ちょっ、もう少しオブラートに包みましょうよ!?


 慌てふためく私を尻目に、マリーさんは得たりとばかりに大きく頷いた。ハンカチをそっと目に押し当てる。


「ええ、そうなんです! 見ての通り、あたくしってば絶世の美女でしょう? おかげで同性からは妬まれ、助平親父どもからは言い寄られ……。美しく生まれついたばっかりに、苦労続きの人生ですわぁ」


「そっかぁ。美人は美人で大変なんですね!」


「…………」


 ジーンさんは感心しているけれど。

 私はちょっぴり原因が見えた気がした。メモにこっそり「女将、美貌に自信アリ。恨まれて困っちゃう」と書き足してマルを付ける。横から覗き込んだ旦那様も、無表情に頷いた。


「――大体わかった。後で外を見回らせてもらう。……露天風呂にも入れるか?」


「勿論です。露天風呂の入口には使用禁止の看板を立てておりますが、掃除はきちんとしておりますから。よろしければ湯もお楽しみくださいね?」


 立ち上がったマリーさんは、熱っぽく潤んだ瞳でじっと旦那様を見つめる。なんとなくムッとしている間に、彼女は一礼して去っていった。

 静かになった部屋でやれやれと伸びをしていると、ジーンさんが不思議そうに首を傾げた。


「……ラルフ君、ずっと黙ってたね? 聞き取りしなくてよかったの?」


 声をかけられた途端、ラルフさんはビクリと体を跳ねさせる。ゆっくりと私達を見回して、引きつった顔で口を開いた。


「僕の父も……『助平親父ども』の一員かもしれん……。定宿の主人が女性とは聞いていなかったし、何より父のあの張り切りよう……! 息子を使って媚を売るとは何事だっ」


 だんだんと激高してきたようで、バンッとテーブルを叩きつける。

 なんともフォローのしようがなく、苦笑いの顔を見合わせる私達であった。




***



 旦那様とラルフさんは外をパトロールするとの事なので、私とジーンさんは隣の二人部屋へと移動した。

 今日はジーンさんと一緒の部屋でお泊まりである。これぞヴィンスさんのやりたがっていた女子旅かもしれない。

 トランクを開きながら、私はわくわくとジーンさんに笑いかけた。


「ジーンさん! 今日は夜中までお菓子を食べて、しゃべり倒しましょうねっ」


「もっちろん! 今夜は寝かさないよ、ミアちゃん!」


 盛り上がりながら、二人でハイタッチを交わす。

 私と旦那様、そしてジーンさんは今日から二泊の予定だ。魔獣(もしくは幽霊)騒ぎが解決しなかった場合、ラルフさんとヴィンスさんだけ宿に残る事になっている。


 早速温泉を満喫するべく、私とジーンさんは着替えを抱えて部屋を出た。


「――あら。魔法士団のお連れの方々の?」


 一階に下りたところで、受付に座っていたマリーさんから声をかけられる。カウンターに頬杖をついたまま、ぼんやりとした表情で私達を見つめた。


「はいっ。温泉に入ろうかなって」


「……貸し切り状態で入れますよ。うちにお泊りのお客様方も、温泉だけは他の宿屋に行かれてますからね」


 ハン、と吐き捨てるように言う。……やさぐれとるなー。


 気まずく会釈しながら通り過ぎようとすると、マリーさんが「そういえば」と身を乗り出した。先程までの不機嫌な様子は消え、その瞳はきらきらと輝いている。


「あの、男前の方の魔法士さん。どこかで見た事ある気がしたのよね」


 ぎくぎくっ。


 もしや氷の魔法士団長ってバレちゃった!?

 そしてその言い方だと、ラルフさんの立場ってものが……!


 おののく私には気付かずに、マリーさんは楽しげに続ける。


「考えてたら、さっきわかっちゃった。ああスッキリ。――まあ、引き止めてしまってごめんなさいね? 内湯はそちらですよ」


 取り澄ました顔に戻り、さあさあと手を振って追っ払われた。足早に受付を離れながら、ジーンさんと困った顔を見合わせる。


「……バレちゃいましたね?」


「そだねー。でも、客商売なんだからきっと大丈夫だよ。仮にもお客さんの事、ペラペラしゃべったりしないって」


 笑って私の背中をぽんと叩いた。

 それでやっと安心して、人生初の温泉に胸を弾ませながら、ジーンさんと二人で女湯の入口をくぐった。



***



「はあ~…。癒やされるぅ~」


 マリーさんの言う通り、内湯はさほど広くはない。

 それでも「地味」とは思わなかったし、ジーンさんと私以外には人っ子ひとりおらず、存分に温泉を堪能した。


 石造りの湯船にのびのび浸かり、手のひらでお湯をすくってみる。ばちゃりと顔を洗い、満面の笑みでジーンさんを振り返った。


「みるみる美肌になってく気がする!」


「ってミアちゃん。そんなヴィンスみたいな事を!」


 足をバタつかせて温泉にさざ波を立たせ、ジーンさんがケタケタと笑う。

 ちなみに私達は、ワンピースのようなゆったりとした湯浴み着を着用している。宿からの貸し出しである。


 ジーンさんも物珍しげに周りを見回した。


「でも、あたしも温泉なんて初めて! ここって王都からそんなに遠くないし、これから頻繁に来てみてもいいかもね」


「ですねっ。私も気に入っちゃいました。……でも、欲を言えば――」


 チラリと露天風呂に続く入口を見る。「使用禁止」と書かれた看板を残念な思いで眺め、てへっと舌を出した。


「露天風呂にも入ってみたーい!」


「あーたーしーもー!!」


 叫びながら、二人で足をばちゃばちゃさせる。

 貸し切り状態をいい事に、かなりやりたい放題だ。


 きゃあきゃあ笑い合っていると、不意に音を立てて脱衣場へ続くガラス戸が開いた。私もジーンさんも慌てて口をつぐむ。


「…………」


 私達と同じ湯浴み着を着て、頭にタオルを載せた長身の女の人が入ってきた。のっそりした動きで湯船を通り過ぎ、流れるように入口を塞ぐ看板をどけて――


 露天風呂へと足を踏み入れた。


「……っ。ええええええっ!?」


 そこ、そこには……っ!

 魔獣、もしくはオバケ的な何かがぁぁっ!

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