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第60話 潜入捜査を開始しましょう!

 馬車から降りると、外の景色は一変していた。


 当然だが、大都会の王都と全く違う。それでも想像していた光景と違いすぎて、私はぽかんと辺りを見回した。


 山の麓にあるアルスター温泉街は、なんだかとっても寂びれた雰囲気だった。夕方とはいえまだ明るいのに、道沿いの店は軒並み閉まり、通行人の姿すらない。風に吹かれた落ち葉がカサコソと音を立てた。


「名物の、白い蒸しパンは……?」


 しょんぼりと呟く私を、ラルフさんが呆れたように振り返る。今日の彼は魔法士団の団服ではなく、目立たない色のコートをはおっていた。


「温泉街の店は朝が早い代わりに、閉まるのも早いんだ。明日になれば食べられる」


「うう、ごめんねミアちゃん! あたしのせいで、出発が遅くなったばっかりに……!」


 落ち込むジーンさんに、私は慌ててかぶりを振る。あまりに急な話だったから、ジーンさんは午後からしか休みが取れなかったのだ。


「大丈夫ですっ。今回の旅行の目的は、あくまで温泉とオバケだもん!」


「オバケが出てきたら困るだろうっ! 一体どうやって退治するんだ!!」


 ラルフさんから怒鳴りつけられ、私はひゃっと首をすくめる。これまた私服姿の旦那様が、ジロリとラルフさんを見やった。


「幽霊などこの世に存在しない。魔獣かオチムシャに決まっている」


 ……旦那様。

 落ち武者も幽霊なんです。


 いつ訂正するべきか悩んでいると、ジーンさんがにっこり笑って私に手を差し伸べた。


「蒸しパン、明日ヴィンスが到着したらみんなで食べようよ! あたしも食べたい!」


 ――そう。


 誰よりも温泉を楽しみにしていたはずのヴィンスさんは、どうしても仕事の調整がつかず、一人だけ明日の朝王都を発つ事になったのだ。

 ハンカチを噛みしめんばかりの勢いで悔しがっていた彼を思い出し、こっそり苦笑してしまう。


「わかりました! 楽しみですねっ」


 ジーンさんの手を握り返し、意気揚々と歩き出した。目指すは幽霊騒ぎの温泉宿!




***



「今回はあくまで目立たず、騒ぎにならず、速やかに魔獣を退治する必要がある。ジーンとミア殿は、平民の湯治客のフリをしてくれ」


 もとより平民だからヨユーっす!


 二人で元気いっぱいに返事をすると、「もっと病弱そうに振る舞いたまえ!」とダメ出しされた。演技指導入りましたー。


「そして、団長は……。できれば、ご身分を隠していただけると……」


 一転してしどろもどろになるラルフさんに、旦那様は無表情に頷く。目立たないようそっと最後尾に回った。

 鬼監督・ラルフさんを先頭にして、私達は温泉街の外れへと向かった。看板に『石の宿』と書かれた宿屋に足を踏み入れる。


「――いらっしゃいませ」


 受付にいた女の人が、私達を見て微笑した。目元のホクロと巻き髪が色っぽい、妖艶な感じの美人さんだ。

 ラルフさんは小さく会釈すると、そっと顔を近付け彼女に囁きかけた。


「……魔法士団の者です。内密で、ご主人に面会をお願い」


 したいのですが、と言い切る前に、私達の後ろからどやどやと集団が入ってくる。どうやらお客さんのようで、私達は慌てて脇へ避けた。


「おやぁ、よいのですよ~。そちら様がお先にどうぞぉ」


 腰の曲がったおじいさんが、のんびりとかぶりを振る。私とジーンさんはすばやく目配せを交わし合った。

 まずは私が一歩前に出て、弱々しく笑みを浮かべる。


「どうも、ありがとうございま……こほっこほっ」


 咳き込む私の背中を撫でて、ジーンさんも消え入りそうな声を出す。


「ごめんなさい……。あたし達、体が弱くて――ぐっ!」


 ぐ?


 チラリと彼女の様子を窺うと、苦しそうに己の胸を掻きむしっていた。おおっ、迫真の演技!?


 食いしばった歯の隙間から息を漏らす彼女を見て、私はぐっとこぶしを握り締めた。これは負けていられない!


 決意も新たに息を吸い込んで、ダイナミックに身をよじる。


「ごほほっぼほほっ! ぶほほーっ!」


「ひゅー……ひゅー……」


「――すみませんっ! 宿帳は後で記入しますので、先に部屋に入らせていただいても!?」


 受付カウンターを叩きつけ、ラルフさんが声を荒げた。

 お姉さんはラルフさんの剣幕に驚いたようで、唖然とした様子で鍵を差し出す。ひったくるように受け取って、ラルフさんは殺気立った目で私達を振り返った。


「さあ行くぞっ! 部屋で休もう!!」


 体当りする勢いでジーンさんを階段へと押しやる。

 旦那様も無言で私の腕を取り、ずりずりと引きずっていった。その肩は、なぜか小刻みに震えていた――


「――このっ、大根役者どもがああああっ!!」


 私とジーンさんを部屋に放り込んだ瞬間、ラルフさんが目を吊り上げて大喝する。旦那様は静かに扉を閉めたかと思うと、崩れ落ちるように膝を突いた。


「えっ!? 大丈夫ですか、シリル様!!」


 慌てて私も屈み込み、彼の顔を覗き込む。

 旦那様は眉根を寄せて、きつく目を閉じていた。その表情は痛みをこらえているかのようで、私まで泣き出しそうになる。彼の腕を掴んで、必死に揺さぶった。


「具合悪いですかっ? すぐ温泉に入りましょうっ」


 今こそ温泉の療養パワーが必要な時!


 旦那様に肩を貸し、両足を踏ん張って立ち上がろうとすると、旦那様はやんわりと私を制止した。静かにかぶりを振る。


「……問題無い。なんとか、発作は治まった」


「――発作!?」


 恐怖に息を呑む私を、ラルフさんがギッと()めつけた。その顔は、自身の赤毛に負けないくらい真っ赤になっている。


「君達の阿呆演技のせいだろうがっ! 団長の繊細なお心を傷付けるとは何事だっ!」


 あ、そういう事?

 阿呆演技とは聞き捨てならないけれど、私はほっと胸を撫で下ろす。


「病気じゃないなら良かったぁ~」


 小躍りする私の横で、旦那様とジーンさんが柳眉を逆立てた。旦那様の額には青筋が立っている。


「……誰が、繊細だと?」


「ラルフ君てば失礼っ。名女優って呼んでよねー!?」


 わあわあと言い争いになった瞬間、扉が控えめにノックされた。ぴたりと言葉を止めて、私達は一斉に扉を見る。


「――失礼いたします」


 受付にいた妖艶美女さんが、足音も立てずに部屋に入り、流れるようにお辞儀した。美しいその仕草に、思わず口を開けて見惚れてしまう。


「魔法士団の方々ですね? ダイアー子爵様のお心遣い、大変ありがたく思っております」


「……ああ! 失礼ですが、ご主人と面会したいのですが?」


 ためらいがちに問うラルフさんに、美女さんはさもおかしそうに微笑んだ。


「わたくしが、この宿の女主人でございます。マリーと申しますわ。――早速、依頼のお話をさせていただいても?」

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