第5話 意見を出し合うって大事です!
「――それでは、これより緊急会議を開始する」
町長が厳かに宣言した。
町長一家と使用人一同、全員がダイニングのテーブルについたところである。しばらく待っても副官さんが戻って来ないので、私達だけで善後策を検討することになったのだ。
ロウソクの火に照らされた町長のいかめしい顔が、暗闇の中ぼんやりと浮かび上がっている。
「……ねえ、お母様。なんで魔力灯を消しちゃったの?」
ローズが疲れたような顔で問いかけた。
ちなみにロウソクは一人一本支給されたので、ローズの顔もゆらゆらと照らし出されている。
あら、と町長の奥様が目を丸くする。
「二階のお二人に悟られないように、秘密裏に会合する必要があるのだもの。……それに、これはアロマキャンドルよ。癒やし効果があるから一石二鳥でしょう?」
内緒話のように囁き、得意げに胸を反らした。
……奥様。
癒やしどころか匂いが混ざってちょっぴりキツいです。そして百物語でも始まりそうなホラーな雰囲気です。
町長がむっとしたように眉を吊り上げる。
「二人とも、静かにしなさい。――まずは……」
「――ブフォッ! なんだこりゃあ!」
カップから一口お茶を飲んだマシューおじさんが、お茶を噴き出し激しく咳き込んだ。ライラさんが慌てたように彼にタオルを手渡す。
奥様とローズもカップを口に付けた。
「……あらまぁ、これは甘いお湯ね?」
「うわマッズ」
「あああああっ! ごめんなさぁいっ!!」
お茶っ葉入れ忘れちゃったーーー!
しかも砂糖だけ大量に入れちゃったーーー!
みんな顔色悪かったから、甘くした方が疲労回復に良いと思ったのです……。いやぁ、失敗失敗。
……冷静なつもりでいたけれど、どうやら私もかなり混乱していたらしい。
「――お前達っ!! ロウソクやら茶やらはどうでもいいから、もっと真面目に話し合わんかーーーっ!!!」
町長の怒号が飛び、全員ピタリと黙り込む。それから一斉に人差し指を唇に当て、しかめっ面を町長に向けた。
「しぃーーーっ!!」
「……ハッ!?」
町長は慌てた様子で己の口を押さえる。そのまましばし沈黙が満ちた。
「……コホン。それでは、一人ずつ意見を聞いてみよう。発言する者は挙手するように」
町長の言葉が終わるか終わらないかのうちに、いの一番に私がハイっと手を挙げた。
町長から目顔でうながされ、私は静かに立ち上がる。名探偵を気取って、ぐるりとみんなを見回した。さあさあ、拍手喝采の準備はよろしいか?
「そもそも、ですね。王弟様が私みたいなド庶民を娶るって、そこから無理があると思うんですよ。きっと、お兄さんである陛下が許可しないはず……。つまりこの結婚は、私達が何もせずとも破談になるッ!」
笑顔とともにビシッとポーズを決める。――ふっ、キマった。
だが、案に相違して全員が珍妙な顔をした。ありゃ?
ローズがそっと手を挙げ、町長から指名を受ける。
呆れたような視線を私に向けた。
「……ミアってば、本っ当に魔法士団に興味ないのね。氷の魔法士団長に、王位継承権が無いのは有名な話よ。あの方は庶子だから……」
庶子?
「先代の王妃様の子じゃないってこと。……それに、あの方の結婚については……市井でも、面白おかしく噂されてるっていうか……」
言い淀むローズに代わるように、奥様がずいっとテーブルから身を乗り出した。炎の反射のせいかもしれないけれど、その瞳はキラキラと輝いている。
「なんでも、全く身を固めようとしない魔法士団長閣下を心配されて、今まで何度も陛下が縁談を持ち込んだらしいのだけどね? ……相手方のご令嬢から全身全霊で拒否されて、ことごとく壊れてしまったんですって!」
ライラさんもぽんと手を打ち、勢い込んで同意する。
「そうそう、そうでしたよね奥様! あんな恐ろしい方の嫁になるぐらいなら、わたくし尼になりますわ!なぁんて、頭を丸刈りにした貴族のご令嬢もいらっしゃったとか!」
「まあまあ、過激ねぇ!!」
「私も今日実際にお会いして納得しましたけどね。笑わない、しゃべらない、顔色悪い。そりゃあ一緒にはいられませんて!」
「んもぉ、ライラってばお口が悪いわぁ~。でも否定できないかもぉ~」
きゃあきゃあ!
……いつの世も、女性というのは噂好きな生き物である。
忍耐の表情で女性陣を眺めている町長よりも、ローズがキレる方が早かった。憤ったようにテーブルを叩きつける。
「――お母様もライラさんも、盛り上がってる場合じゃないでしょうっ!? このままじゃミアもお兄様も可哀想よ! なんとしても今夜のうちに、ミアをお兄様のところへ逃がしてあげないと……!」
……はへ?
ぽかんとする私をよそに、奥様もはっとしたように姿勢を正した。私に熱っぽく頷きかける。
「そうね、そうよね。テッドとミア、ほとぼりが冷めるまで、二人で駆け落ちしたらどうかしら?」
「…………」
うん、ローズも奥様も落ち着こうか。
テッド兄さんと私は婚約者でも何でもないし、そもそも彼には幼馴染の恋人がいる。そんなこと、二人ともよく知っているはずなのに……。
あまりにも急展開する事態に、嘘と現実がごっちゃになってしまったようだ。
頭痛をこらえている私の横から、不機嫌な顔でマシューおじさんが手を挙げた。遠い目をした町長が指名する。
「まあ、駆け落ちはともかく。ミアを匿う必要はあるでしょうな。ひとまず、俺の友人の家にでも――」
苦々しく提案しかけたところで、真っ暗なダイニングにぱっと明かりが灯った。うわ眩しっ。
全員が穴から出てきたモグラのように目を覆う。
「――皆さん。悪魔召喚の儀式でもなさっておいでですか?」
恐る恐る振り向くと。
魔力灯のスイッチを入れたのは、呆れ果てた顔をした副官さんであった。
そして、その背後には。
ずもももも、と邪悪なオーラを発する氷の魔法士団長……。
ぎぃやああああ!
悪魔召喚に成功してしまったあああああ!!