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第54話 三者三様にお願いしましょ?

「――では、落ち着いたところで。勝者から敗者へ、お願い事を発表させていただきましょう?」


 唇をほころばせたエマさんが、楽しげに私達を見回した。

 いつも通りのおっとりした口調だけれど、あふれ出る喜びを隠せていない。うきうきと陽気な彼女とは真逆に、ヴィンスさんはきゅうと小さく縮こまった。


 エマさんの言葉を受けて、お酒に移行していたジーンさんがびっくりしたように杯を下ろす。


「えーっ、あたしは特にないなぁ。ラルフ君が身分でひとを判断するのをやめてくれれば、それだけで構わないわ」


「――それでは話が違うっ」


 まだ顔色の悪いラルフさんが、憤然とジーンさんを睨みつけた。


「僕は負けたのだから、潔く君の命令には従おう! だがそれは、僕の主義主張を変える事などではなく、君自身にとって役立つ事でなければならない! 荷物持ちでも護衛でも、なんだって構わんっ」


 さあ、僕にしてほしい事を言いたまえ!


 ふんぞり返るラルフさんを、私達は呆気に取られて眺める。なんという面倒くさ……じゃなくて一本気な性格……。


 だが、ジーンさんはあっけらかんと首を振った。


「う~ん……。――ないっ」


「……無い……だと……!?」


 愕然とするラルフさんに笑って頷き、ジーンさんは身軽に立ち上がる。テーブルを回って歩み寄り、ぽんとラルフさんの赤毛を撫でた。


「もう少し柔らかく考えようよ! 身分なんか関係なく、誰とでも付き合ってみたら世界が広がるんじゃない? ――そうだっ」


 固まるラルフさんなどお構いなしに、ジーンさんはいたずらっぽく彼の顔を覗き込む。


「手始めに、あたしと友達になってみる? また一緒にごはん食べようよ!」


「……なっ……なっ……」


 ラルフさんはドカンと真っ赤になった。

 焦ったようにジーンさんから体を離し、その拍子に椅子から転げ落ちそうになる。


「わっ、大丈夫!?」


「当然だっ。――ではなくっ!!」


 茹で(たこ)ラルフさんは椅子にしがみつくと、情けない格好のままで噛み付くように怒鳴り出す。


「そもそもっ! 馴れ馴れしく『ラルフ君』などと呼ばないでもらおうか! 僕は、君のようなガサツな女と友人になる気は――」


「でも、ラルフ君あたしに負けたよね? 言うこと何でも聞くんだよね?」


「…………」


 ラルフさんは口をパクパクさせて黙り込み、助けを求めるように旦那様を見た。旦那様は小さく吐息をつく。


「……いいんじゃないか。ジーンは馬鹿正直で裏表も無い。ついでに繊細さも皆無だが」


 おざなりに答えられ、ラルフさんは途方に暮れたように黙り込んだ。うろうろと視線を泳がせた挙げ句、わざとらしい空咳をひとつする。

 深々と椅子に座り直すと、鼻息荒くそっくり返った。


「――不本意だが仕方あるまい。約束は約束だからな。君がそうまで望むのならば、友人になってやらない事もない」


「あはは、面倒くさい性格~! これからよろしくねっ」


 ジーンさんの差し伸べた手を握り返し、ラルフさんは照れたように目を逸らす。……うぅん、ホントに素直じゃないなぁ。


 にまにまと見守っていると、エマさんがパンと手を叩いた。


「まあ素敵。麗しい友情が成立しましたわね。――それで? ミア様の願いはどうされますの?」


「……えっと」


 明らかに適当な口調のエマさんからうながされ、私も困り果てて腕を組んだ。


 今の生活には何の不満もないし、願いと言われても困ってしまう。しいて言うなら誕生日パーティーでの一件だけれど、旦那様が話してくれるまで待つと決めたのだ。


 しばし考え込んだ後、私はすがるように旦那様を見つめる。


「っていうか、シリル様は。私に、何を頼みたいと思ったんです?」


 あれだけ熱くラルフさんを応援していたのだ。よっぽど強い望みがあるのだろう。

 旦那様が喜んでくれるなら、私にできる事は何でもやりたい。賭けになんか頼る必要はないのだ。


 つたない言葉で一生懸命に伝えると、旦那様は至極気まずそうに目を逸らした。


「……いや、いい。負けて……むしろ良かった。魔が、差しただけなんだ……」


 ……魔?


 きょとんと首を傾げる私に、エマさんは沈痛な顔でかぶりを振る。両手を伸ばし、そっと私の耳を塞いだ。


「それ以上聞いてはなりませんわ、ミア様。耳が腐ります」


「なっ……! 団長、そのようなご趣味が……!?」


 なぜかラルフさんが驚愕し、軽蔑したような目で旦那様を見る。


 旦那様の頬がピクリと引きつった。


「……貴様ら……」


 地を這うような低い声を出す旦那様を取り押さえ、ヴィンスさんが焦ったように身を乗り出す。


「――ミア! 軽い願い事で構わないのですよっ。何か買ってほしいとか、どこかへ連れて行ってほしいとか……! 何か一つぐらいあるでしょうっ?」


 ヴィンスさんの助け舟に、私はもう一度真剣に考え込む。


 むむむと唸っていると、カミラさんが私の前にお皿を運んできた。


「はぁい。デザートの天使ですよ~」


 クリームのたっぷり添えられた、天使のプリンだった。私は喜び勇んでスプーンを握る。


 ――そうして、はたと気が付いた。


「――シリル様っ。あります、お願い事!」


 急ぎスプーンを置き、ヴィンスさんと無言の攻防戦を繰り広げている旦那様に笑いかける。


「私、またここに来たいです! むしろ通いたいっ」


 ニックさんの料理はどれも美味しい。まだまだ色々食べてみたい。

 しかも、『酔いどれ亭』にはスイーツまである。旦那様はお酒を飲み、私はスイーツを食べればいい。まさにウィンウィン!


 私の熱心なプレゼンに、旦那様は目を瞬かせる。ヴィンスさんの手を勢いよくはたき落とし、ふっと表情をやわらげた。


「わかった。……時々、二人で邪魔させてもらう」


 後半の台詞はニックさんに向けて言うと、カウンターの中の店主は嬉しげに顔をほころばせた。


 これで私の願いは完了である。


 ほっとしてプリンをほおばる私の隣で、エマさんがにっこりと微笑む。


「可愛らしい願い事ですわね。……それでは、最後はわたくしの番。――ヴィンセント様?」


 ヴィンスさんはビクリと肩を震わせ、怯えきった目でエマさんを見る。……あ、またチワワになってる。


 エマさんは小さく深呼吸すると、笑みを消して無表情になった。すうっと目を細め、鋭くヴィンスさんを睨み据える。


「――わたくしの願いは、幼い頃の約束を今すぐ果たしていただくこと。……もちろん、覚えておりますわよね?」


「……えっ、ええ。……もち、ろん……?」


 視線をせわしなく動かしてエマさんから目を逸らし、ヴィンスさんはうわずった声で返事をした。


 あ、コレ絶対覚えてないやつ。


 思わず旦那様と顔を見合わせていると、「まあ嬉しい」とエマさんが冷淡に言い放つ。懐から折りたたんだ紙をすっと取り出し、ヴィンスさんの目の前にすべらせた。


「では、署名をお願いいたしますわ」


 紙を見た瞬間凍り付いたヴィンスさんを不審に思い、私達もテーブルに置かれた紙を覗き込む。

 それは私と旦那様にとっても、見覚えのある紙だった。なぜなら少し前に私と旦那様も、同じ紙に署名をした事があるから。


「……婚姻、誓約書……?」


 恐る恐る読み上げる私に向かって、エマさんは淡々と頷く。


「――ええ。初めて会った時に、ヴィンセント様とわたくしは将来を誓いましたの。ヴィンセント様はお忘れかと案じておりましたが、そうではないと知って安堵いたしました」


 さあ、今すぐ署名なさって?


 エマさんはヴィンスさんをまっすぐに見つめ、凄みのある笑みを浮かべた。

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