第52話 熱いバトルが始まるのです!
全員が言葉を失い、テーブルに置かれたお皿をひたすら茫然と眺める。
ここは酒場なのだから、何らかの料理が登場するとばかり思っていた。時刻もちょうど夕飯時だし。
……が。
案に相違して、ニコニコ笑顔のカミラさんが運んできたのは――
「……なぜ、ケーキなんだっ!?」
「しかも三段!? うわぁカミラさん、コレ全部食べていいのっ?」
憤然と怒鳴るラルフさんにかぶせるようにして、ジーンさんが歓喜の悲鳴を上げる。
私はそっと立ち上がってテーブルを回り込み、大・中・小と三段重ねられたケーキをまじまじと観察した。
最下段のケーキが一番大きく、表面はつやつやしたチョコレートで覆われている。
二段目のケーキはよく見えない。なぜなら、周りをびっしりとプリンに囲まれているから。
ひいふうみい、と数えてみたら、プリンは全部で八個あった。……みっしりとした天使ってコレ?
最上段の一番小さなケーキは生クリームでデコレーションされ、中心ではホイップクリームがぐるぐるとぐろを巻いている。貼り紙に書かれていた通り、まるで雪山のようだ。ケーキの表面には、焼きメレンゲとクッキーがぽこぽこと飾られていた。
「一番下がベリー入りのチョコケーキ、真ん中がチーズケーキ、一番上がシンプルなスポンジケーキよ」
「なぜ、酒場でケーキが出てくるんだっ」
得意気に説明するカミラさんに、再びラルフさんが噛みつく。
カミラさんは意に介した風もなく、あっさりと答えた。
「だって、あたしの実家はケーキ屋なんですよ。ウチの酒場のすぐ近所なの」
「……このプリンのどこが『天使』なんだっ」
「実家のケーキ屋での商品名。『天使のプリン』っていうんです」
「…………」
ことごとく論破され、ラルフさんはあえなく黙り込んだ。
カミラさんは満足げに微笑むと、エプロンのポケットから魔動タイマーを取り出す。時刻をセットして、挑戦者二人のちょうど真ん中に置いた。
「制限時間は二十分! 完食できたら無料になりまぁす」
「では、早速始めましょうね。シリル閣下、決闘開始の合図をお願いいたしますわ」
ケーキから目を離して黙々と煮込みを食べていた旦那様は、エマさんの言葉を受けて顔を上げる。立ち上がりもせず、至極面倒臭そうに口を開いた。
「双方、構え」
ジーンさんとラルフさんが、慌ててフォークを握る。カミラさんも魔動タイマーのボタンに指を置いた。
「――始めっ」
告げた瞬間、旦那様は煮込みに戻る。……さては興味ゼロですね?
苦笑しつつ二人に目を戻すと、二人ともケーキに覆いかぶさるようにして、一心不乱に食べ始めていた。
ラルフさんがクッキーと焼きメレンゲから食べるのに対し、ジーンさんはケーキのてっぺんにフォークを突き刺し、クリームやクッキー、メレンゲごと豪快に口に入れてしまう。それぞれの性格の違いが見える食べっぷりだ。
「へい、お待ちどお! オムレツは味がついてっから、そのまま食べて大丈夫だよっ」
ニックさんが旦那様の前に料理を置く。
旦那様から目顔で呼び寄せられ、私は慌てて席へと戻った。
鉄串でこんがり焼かれた牛肉に、具だくさんのオムレツ。それからニンニクの良い香りがする熱々のパン。
決闘の二人が気になりながらも、食欲には抗えなかった。ちょっぴりお行儀が悪いけれど、顔だけ横に向けてお肉にかぶりつく。
「ラルフッ、今日はマナーなど捨て去るのですッ!!」
「ジーンさん、その調子で頑張ってくださいませ~」
立会人達も声援を送る。
目を血走らせて叫ぶヴィンスさんと違い、エマさんは余裕しゃくしゃくだ。ドライフルーツをつまみにショットグラスを傾け、「まあ美味しい」とにっこりする。
……エマさん、ヴィンスさんが鼻息荒く睨んでますよ……?
決闘の二人が最上段のケーキを完食したところで、私も自身のテーブルに意識を戻した。
オムレツを取り分けようと思ったからだが、すでに旦那様が済ませてくれていた。お礼を言って、二人で同時にオムレツを口に運ぶ。
「……わっ、じゃがいも入り! ほくほくで美味しい~」
小声で呟く私に、旦那様も淡々と頷いた。
「後は玉ねぎとベーコンだな。……炒めてから卵を加えるのか……」
「…………」
すごい。
食べながらレシピを予想している。
「チーズや茸を入れてもいいかもしれん」
しかもアレンジまで加えようとしている。
感心していると、またも隣から怒鳴り声が聞こえてきた。
「――ラルフッ! 天使です、天使を一息に片付けるのです!!」
「ジーンさん、天使ばかりでは飽きてしまいますわ。まずは四体ほど倒し、山の中腹へ移動したらいかがでしょう?」
「…………」
できたら『プリン』と呼んであげてほしいです。
呆れ果てながらも料理に舌鼓を打っているうちに、決闘の二人はプリンとチーズケーキを完食した。ここまで全く互角のスピードだ。
「……いい勝負ですねー」
囁きかけると、旦那様もやっと手を止める。鋭いまなざしで二人を眺めた。
「……だが、ジーンにはまだ余裕がある。ラルフの表情を見てみろ」
言われるがままラルフさんを観察する。
苦しげな表情のラルフさんは、幸せそうにケーキをほおばるジーンさんを敵のように睨みつけている。肩で息をするその姿は、まるで全力疾走した後のランナーのよう。
チョコケーキを口に運んだラルフさんは、小さくうめき声を上げた。
「くっ……。甘い……甘すぎる……!」
「うんうん。こってりチョコがおいしーね!」
どうやら、最下段のチョコケーキはかなりの濃厚系らしい。うぅん、最後の最後でそれはきついかも……。
私も甘いものは大好きだけど、さすがにホールケーキを三つも食べる気にはなれない。見ているだけで胸がいっぱいになってきた。
それでもラルフさんはフォークを止めない。決死の表情でケーキを口に詰め込んでいる。
手に汗握る戦いに見入っていると、カミラさんが足音を立てず、ひっそりとこの場から離れた。
すぐさま戻って来た彼女は、神妙な顔で小鍋とお玉を握り締めている。決闘の二人を見比べ、細い目をカッと見開いた。
「――追いマグマ、行きまぁすっ!!」




