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第4話 ツッコミどころが満載です!

 その眩しさに、目をつぶりそうになった刹那。


 まるで炎が燃え尽きてしまったかのように、魔法士団長の手から光が消え失せた。


「――シリルッ! アンタ何て事すんのよッ!?」


 副官さんが突如わめき出し、氷の魔法士団長を力任せに突き飛ばす。茫然とする私に構わず、血の気の引いた顔で私の肩を引っ掴んだ。


「――大丈夫っ!? 吐く? 吐くならトイレに……ああダメね、間に合わないわね。それならアタシの上着に吐きなさい!」


 金切り声で叫びながら、わたわたと団服を脱ぎ始める。


 ……なぜに女言葉?


 首を傾げたことで私はやっと正気に返り、慌てて副官さんの腕に手を置いた。驚きのあまり言葉が出なかったのだ。

 大丈夫、という思いを込めて、無言でコクコクと頷く。


 副官さんは服を脱ぎかけた手を止めると、唖然とした様子で私を見つめた。


「……え、なに。……もしかして問題ない、の?」


 今度はぶんぶんと勢いよく首を縦に振る。だって、特に吐き気なんて感じてないし。


「…………」


 彼はしばし固まった後、ぎくしゃくと団服を整え直した。

 ゴホン、と大きく空咳をして、取り澄ましたように髪をかき上げる。


「――フッ、失礼。少々取り乱してしまったようですね?」


 にっこり。

 キラキラキラ。


「…………」


 ……ええと、一体どこからどう突っ込めば……?


 町長一家も使用人一同も、ただただ茫然とするばかり。

 硬直する私達のことなど気にもかけず、氷の魔法士団長が再び私の前に立った。


「――もう一度、だ」


 無感情に言い放ち、またもや私の額に光る手を押し当てる。

 先程と同じく、光はすうっと消えてしまった。


 と、いうよりも。


(なんか……私に吸い込まれたみたい?)


 考え込んでいる私の傍らで、嘘でしょ、と副官さんが掠れた声で呟いた。


「……アンタ、何も感じないワケ? 他人の魔力なんて、普通は吸収した瞬間に拒絶反応を起こすものなのよ? まして、アンタは……」


「魔力が無い。魔力補充薬も、俺の魔力すらもその身に何の影響も及ぼさない。――おそらく、身体に入った魔力を、跡形も無く打ち消している」


 淡々と話す氷の魔法士団長を、副官さんが驚いたように見やった。半笑いのような顔になる。


「め、珍しいわね。その子の体質も……シリルが、そんなに長くしゃべっているのも」


 感心する副官さんを無視して、魔法士団長は町長に視線を移した。

 町長はビクンと肩を跳ねさせる。……おお、これぞまさしく蛇に睨まれた蛙。


「町長。この娘を貰い受けたい」


 ……はい?


 氷の魔法士団長の唐突な言葉に、この場にいる全員の目が点になった。


「も、貰い受けるとは。どのような、意味でしょう……?」


「そのままの意味だ。明日の朝、王都に戻る時この娘も連れてゆく。――娘の保護者にもそう伝えておけ」


 顔を引きつらせて問う町長など歯牙にもかけず、彼は至って事務的に宣告した。


 町長はヒッと短く息を呑み、みるみるうちに青ざめる。私と魔法士団長の顔を何度も見比べ、震えながらも前に出た。


「こ、この()――ミアは、幼い頃に両親を亡くし、孤児院で育ったのです。ですから保護者は……」


「ならば、好都合。……娘、明日は早朝に発つ。今夜のうちに準備をしておくように」


 冷たく言い放って踵を返そうとした魔法士団長を、「お待ちください!」と悲鳴のような声を上げて町長が制した。

 両手を広げて彼の行く手を阻む。


「ミ、ミアはお渡しできません。今は留守にしておりますが――ミアを雇ったのは、うちの長男の嫁にするための行儀見習いなのです。ミアは、長男の婚約者です!」


 ……えええええっ!?

 初耳いぃーーーーっ!?


 ローズが弾かれたように私に駆け寄り、ぎゅっと私の腕を掴んだ。血走った目で私に合図を送る。――何も言うな、という目だ。


 町長の長男はテッドといって、ローズの六歳上のお兄さんである。私はテッド兄さんと呼んでいる、気さくで親しみやすい人だ。


 町長家はもともと大きな商会を営んでおり、今はテッド兄さんが会長の役職を引き継いでいる。この『通過の町』と王都を行き来する生活だから、今日はたまたま不在だったのだけれど。


「あらま……コホン、残念でしたねシリル。どうやら諦めるしかなさそうですよ?」


 目を丸くした副官さんが、取り繕うように魔法士団長に微笑みかける。……別に誤魔化さなくても、女言葉のままで結構ですよ?


 氷の魔法士団長は副官さんをチラリと見ると、虚空へと視線を移した。考えるように黙り込み、ややあって小さく頷く。


 納得してくれたのだ、と場に弛緩した空気が流れた瞬間、魔法士団長が爆弾発言をかました。


「ならば、この娘は俺の妻に迎え入れよう。――わかっているだろうが、お前達に拒否権は無い」


 冷たく言い置き、今度こそダイニングから出て行ってしまった。


「…………」


 残された私達は、呆けたように顔を見合わせる。


 町長はゴクリと唾を飲み込むと、頭を抱えている副官さんに詰め寄った。蒼白だった顔は、今度は怒りのためか真っ赤になっている。


「――どういうことですっ!? 一体、なぜミアを……!!」


 副官さんはゆらりと顔を上げると、沈痛な顔でかぶりを振った。


「そちらの下働きのお嬢さんの、特異体質に目を付けたのでしょう。魔力を消し去る能力……団長にとって、喉から手が出るほど欲しい人材でしょうから……」


「え、でも。魔力を消しちゃうとか、魔法士団にとっては最悪なんじゃあ……?」


 目上の人達の会話に口を挟むのはどうかと思ったが、事は私の問題である。

 恐る恐る問いかけると、副官さんは静かな瞳で私を見返した。


「あまりに強大すぎる魔力は、その身を蝕む毒にもなるのですよ。――偏頭痛、胃痛、下痢、そして肩こりオマケに冷え性……。団長は、慢性的な体調不良に苦しめられているのです」


 まるで病気の見本市である。


 つまり顔色が悪かったのは、純粋に具合が悪かったせい?

 そりゃあ生気も薄くなるわ。


 うんうんと納得しかけたところで、ある事に気付き私はハッと目を見開いた。


「じゃあ、ニコリとも笑わないのも……!」


「愛想が無いのは元からです」


「ひとの話を聞かないのも……!」


「いつもの事です」


「すっごく偉そうなのも……!」


「王弟なので実際に偉いんです」


「…………」


 副官さんからことごとく撃破されてしまった。


 無表情なのも俺様なのも傲慢なのも、全部デフォルトなんじゃんー。


 あ、もう一個思い付いた!


 私は目を輝かせ、再び期待を込めて副官さんを見る。


「じゃあじゃあ、目の下の隈がひっどいのは!」


「ええ。寝付きが悪い上、眠りが浅いからですね」


 ひゃっほーう!

 やっと正解したよ!!


 小躍りする私の後頭部に空手チョップが炸裂する。


「痛ぁっ! 何するのローズ!」


 頭を手で押さえながら抗議すると、ローズが燃える瞳で私を睨み返した。……間違いない、マジギレである。


「クイズ大会やってるんじゃないのよ! ミアってば、この状況がわかってるの!?」


「わ、わかってるけど……。断っちゃえば平気じゃない?」


 苦笑いしながら答えたところで、今度は副官さんが私の頬を激しくつねり上げた。ぎゃーっ!?


「おバカね、アンタはッ! 婚約者より遥かに身分の高い相手から求婚されて、断れるハズがないでしょう!? 常識的に、身分の低い方が身を引くものよ!」


 またもや女言葉になった副官さんから罵倒される。ほっぺた痛いっす、ギブアップっすー!!


「――とにかくッ! アタシがなんとか説得してみるわ! まあ、あの俺様が素直に聞くとも思えないけど……。あまり期待しないで待ってなさい!」


 ぷんすこ怒りながら去って行った。


 ジンジン痛む頬をさすりながら、涙目で途方に暮れる私であった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本当に良い村長みたいで、ほっこり。
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