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第46話 トラブル連続、注意です!

 花束を胸に抱いた貴族少女達は、興奮したように笑いさざめいてこの場から去って行った。リオ君をうっとりと、旦那様を恐ろしげに見つめるというオマケ付きで。


 彼女達を見送って、私とアビーちゃんは苦笑いの顔を見合わせる。


「……なんだか、私達。完全にあの子達の視界から消えちゃったね?」


「うん。でも、わたしは平気。どうやって逃げようかなって、ずっと考えてたの」


 はにかむアビーちゃんに、思わず噴き出してしまう。彼女の頭をくりくりと撫で回したかったけれど、せっかくの綺麗な髪型を乱すわけにはいかない。

 差し伸べかけた手を戻したところで、「姫様」と静かな声が聞こえてきた。


「――エマ!」


 振り返ったアビーちゃんが、嬉しそうにエマさんに駆け寄る。


「ねえ、ちゃんと見ててくれた? わたし、あの子達に言いたいこと言えたわ。……ミア姉様達が助けてくれたおかげだけど」


「ええ。ですが、頑張ったのは姫様ご自身ですわ。わたくし、一部始終を見ておりました。先程の姫様は、気高くて勇ましくて――惚れ惚れするほど格好良かったですわ」


 アビーちゃんは言葉を失ったように黙り込むと、くしゃくしゃに顔を歪めた。ぽろぽろと涙をこぼす彼女に、エマさんは軽やかな笑い声を立てる。


「まあ、姫様。ここで泣いたら台無しですわよ。パーティーが終わるまでもう少し。お腹に力を入れて乗り切りましょうね?」


「――うんっ!」


 健気に微笑むアビーちゃんにハンカチを手渡すと、エマさんはリオ君へと視線を移した。ふんわり笑って会釈する。


「助太刀、感謝いたしますわ。……性根の腐った小娘達に、美しい花が似合うかどうかは別として」


 相変わらずのエマさんの毒吐きに、私は反射的にリオ君の様子を窺った。清楚美人との落差に慣れている私達はともかく、初見のリオ君は驚いたに違いない。

 だが案に相違して、彼は気にした風もなくにこりと笑う。


「花には似合うも似合わないもありませんよ。綺麗な花を見て、心を動かされるかもそのひと次第。性根が曲がっていようが、腐っていようが関係ないです。……要は、彼女達が花にときめいてくれたなら――」


 砂色の髪をサラリと揺らし、黒い笑みを浮かべた。


「うちの花屋が儲かります」


「まあ、打算的ですこと。うふふ」


「あはは」


 なごやかに談笑しているように見えるけれど、エマさんもリオ君も目はちっとも笑っていない。

 アビーちゃんがぽかんと口を開けて見守る中、二人はお互いを探るように見つめ合った。やがて納得したように大きく頷くと、どちらからともなく手を出して、がっちりと固い握手を交わす。


 ……なんで、いきなり友情が芽生えてるの?


 訳のわからない私は、そっと旦那様の袖を引く。


「……ね。シリル様、これって……」


「同類と認定したんだろう」


 旦那様はさりげなく前に出て、私の目から二人の姿を隠してしまった。旦那様の背中には、緊張感と警戒感が満ちている。


 ……ええと。

 寄るな危険……ってことですか?




***



 その後、アビーちゃんは王妃様から呼ばれ、名残惜しそうにしながらもエマさんと一緒に行ってしまった。


「リオ君のおうち、お花屋さんだったんだねっ」


 ジーンさんのところへ戻りながら笑いかけると、リオ君は照れたように頰を掻いた。


「普段は大学が忙しくて、ほとんど手伝いできないんだ。だから、こういう機会に親孝行しないとね」


 なるほど。


 貴族少女達のあの様子なら、リオ君の黒い企み――……もとい、宣伝は大成功だったと言えるのではないだろうか。私まで嬉しくなり、隣を歩く旦那様の腕を引っ張る。


「シリル様。今度、一緒に――」


 リオ君ちのお花屋さんに行きましょう。


 笑顔で言いかけた言葉は、途中で止まってしまった。

 旦那様がぎくりと体を強ばらせて、突然歩みを止めたから。驚いて旦那様を見上げるけれど、彼は私もリオ君も見ていなかった。


「シリル様? どうかしましたか?」


 険しい顔をしている旦那様が心配になり、私は彼の腕にぎゅっと抱き着いた。そうしてやっと、旦那様は私に視線を移す。その瞳にはさざ波が立っていた。


「……いや。何でもない」


 短く答えると、旦那様は私を引っ張るようにして早足で歩き出す。

 慌てて追いかけてくるリオ君と共に、ジーンさんの待つテーブルまで戻って来た。


 リスのようにほっぺを膨らませたジーンさんは、目をまんまるにして私達を見比べる。大急ぎで口の中のものを飲み下すと、不思議そうに首を傾げた。


「んん? どしたの、みんな」


「ジーン、ミアを頼む。――リオ」


 旦那様はすばやく私をジーンさんの方に押しやると、鋭くリオ君を見つめる。


「手洗いに行ってくれ。『薬はハッタリだから今すぐ出ろ』と叫ぶんだ」


「……叫ぶんですか? 僕が? トイレで?」


 珍妙な顔をするリオ君に構わず、旦那様は私から体を離した。止めようと反射的に伸ばしかけた私の手を握り、「すぐ戻る」と言い聞かせるように告げる。


「……ホントに? すぐ?」


「ああ。ジーンの側から離れるな」


 握った手に一瞬力を込めると、旦那様はぱっと身をひるがえした。


 後ろ姿を見送りながらも、旦那様の常と違う様子に胸が騒ぐ。立ちすくむ私の肩に手を置き、ジーンさんが元気付けるように笑いかけてくれた。


「大丈夫大丈夫っ。シリルを待つ間、ミアちゃんも少しぐらい食べようよ! ……で、リオは――」


「……了解。全く意味がわからないけど、不審者と間違われるかもしれないけど、トイレで叫んでくるよ。全力で。息の続く限り。喉が破れるまで」


 諦めたように手を振って、リオ君も足早に去って行く。


 ……いえ、あの。

 おそらく個室にこもっているであろう、ヴィンスさんにだけ聞こえればいいんです……。


「――って言い忘れてるし!」


 どうやら私もかなり混乱しているらしい。


 リオ君を追おうときびすを返した瞬間、固い鉄板のようなものに思いきり顔をぶつけた。


「――ミアちゃんっ!?」


 鼻を押さえて悶絶する私を、ジーンさんが焦ったように覗き込む。私は涙目になりながらも、大丈夫の意を込めて、何度も首を縦に振った。


「……っ。失礼いたしました! お怪我は――……あ」


 慌てたように手を差し伸べてくれるその人の顔を、涙で霞んだ目でぼんやりと見返す。


 そっかぁ、鉄板じゃなくて男の人だったかぁ。

 真っ赤な髪に真っ赤な瞳。

 すっごく暖かそうな色で……すね……?


 お互いを認めた私達は、凍り付いたように動きを止めた。


 今日はもちろん正装しているけれど、幽鬼のように顔色を悪くしているけれど。

 彼は、紛れもなく。


 魔法士団所属。

 子爵家三男の貴族様。

 なぜか私に横恋慕したことになっている、トンデモ噂話の被害者第三号。


 ――ラルフ・ダイアーさんその人だった。

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