第45話 姪っ子のピンチは見逃せません!
「――そろそろ、アビゲイルに祝意を伝えに行くか」
しらばっくれる私に、旦那様はいったん諦める事にしたようだ。……帰ったら絶対また聞かれるだろうけど。
なんとかこの場を逃れることに成功して、私は苦笑いを浮かべつつ旦那様に従う。
歓談する人々の間を縫うようにして歩いていると、料理のテーブルの側にいたジーンさんから呼び止められた。
「ミアちゃん、シリル! 食っべないの~!?」
左手にお皿を、右手にフォークを持っている。
口元に食べカスを付けたジーンさんは、なんとも幸せそうな表情だ。私は驚いて彼女を見返した。
「ジーンさん……!? 食べられるんですかっ?」
「もっちろん! ドレスの苦しさなんかに負けないよ!!」
ガッツポーズをするジーンさんに、私はしみじみと感嘆の視線を送る。彼女こそ、勇者と呼ぶに相応しい……!
ぐいと唇をぬぐったジーンさんは、ニヒルな表情で微笑む。
「やらずに後悔するよりも、やって後悔する方がいい。例えお腹がはち切れたとしても、あたしは食べ――」
「行くぞ。ジーンのドレスならば、弾けても別段問題無い」
旦那様から肩を抱かれ、足早に連れ去られた。
歩く私達の隣に人影が追いついてきて、ぱっと振り返るとリオ君だった。その手には例の紙袋を持っている。
「殿下にプレゼントを渡すんでしょ? なら、僕も便乗させて」
「うん、もちろんっ。――あ! アビーちゃん発見!」
アビーちゃんは、招待客らしき同年代の女の子達に囲まれていた。年代こそ違うものの、さっきの王妃様と同じような状況だ。
笑顔で声をかけようとした瞬間、その不穏な雰囲気に気が付いた。
「――姫様。学院はいかがです?」
「楽しんでいらっしゃるのでしょう? 王立学院には、下賎な平民も通っておりますから」
「まあ、いやだ。姫様は、平民なんかと親しくされませんわよねぇ?」
可愛らしく着飾った女の子達が、醜く顔を歪めてアビーちゃんを責め立てている。アビーちゃんは笑顔でかわしているけれど、その顔色は青ざめていた。
思わずカッとなり、旦那様とリオ君を置いて彼女達の間に割り込んだ。
「アビーちゃんっ」
「――ミア姉様!?」
驚いたように目を見開くアビーちゃんに、にぱっと笑いかける。手に持っていたプレゼントを差し出した。
「お誕生日おめでとう! これ、良かったら使ってね?」
アビーちゃんはおずおずと受け取ると、目を潤ませてプレゼントの箱をぎゅっと抱き締める。貴族の女の子達は目を吊り上げて、突然の乱入者である私を睨みつけた。
「まあぁ、姫様の叔母様でいらっしゃいますわよね? 姫様、どうぞ開けてみてくださいな。わたくしたちも、どんな贈り物か見たいですもの」
そうよそうよ、と囃したてる彼女達に、私は余裕の笑みを浮かべてみせる。迷うアビーちゃんに、安心させるように大きく頷きかけた。
震える手で開いた箱の中から出てきたプレゼントに、予想通り彼女達は大きく失笑する。
「……あらぁ。素敵、ですかしらぁ?」
「ええ、とっても。庶民的で、ねぇ?」
私はすっと深呼吸した。
贈り物というのは、相手を想う気持ちそのものなのだ。
この傲慢な少女達に、それをわかってほしいと思う。心を落ち着かせて、口を開こうとした瞬間――
「――失礼なこと、言わないで!!」
蒼白になったアビーちゃんが叫んだ。
「これは、姉様がわたしのために選んでくれたものなの! わたし、ずっとずっと大切にするわ!!」
少女達を押しのけて前に出ると、私にクマを掲げてみせる。涙を浮かべて唇を震わせながらも、にっこりと誇らしげに微笑んだ。
「アビーちゃ――……」
「そうか。喜んで貰えて何よりだ。選んだのはミアだが、紐を縫い付けたのは俺だ」
私の肩に手を置いて進み出た旦那様が、平坦な声で告げる。少女達の表情が凍り付いた。
「え……? シリル、叔父様が……?」
目をまんまるにして問いかけるアビーちゃんに、旦那様は淡々と頷く。そうだ、それを伝え忘れてた!
「アビーちゃん、シリル様って器用なんですよ! その紐も、あっという間に縫い付けちゃって!」
「……そう、なんだ……」
アビーちゃんは茫然と呟くと、頬を上気させてはにかんだ。旦那様と私に向かって、淑女然としたお辞儀をする。
「――ありがとうございます。シリル叔父様、ミア姉様。大切に使わせていただきます」
アビーちゃんの言葉が嬉しくて、私もつられて頬を緩ませた。
少女達は目を伏せて黙り込んだが、ひとりだけ未だ顔を歪ませている。小さく吐き捨てた言葉は、聞き間違いでなければ「平民の分際で」だった。
顔色を変えたアビーちゃんが言葉を発するより早く、私の背後から人影がすうっと前に進み出る。
「――失礼いたします、アビゲイル殿下。この度は誠におめでとうございます」
アビーちゃんの足元に跪くのは、砂色の髪の少年――……リオ君っ?
リオ君は落ち着き払った様子で、大きな花束を差し出した。
ピンクを基調とした大ぶりな花は豪華で美しく、偶然だろうが今日のアビーちゃんの服装にもピッタリだ。
砂色の髪をサラサラと揺らして、リオ君は優しげに笑む。
「平民の僕をこのような素晴らしき席にお呼び頂き、心より感謝申し上げます。――どうぞ、こちらを」
「あ、ありがとうございます……」
アビーちゃんは一瞬驚いたように動きを止めたけれど、リオ君にひたと見つめられ、頬を赤く染めて花束を受け取った。
立ち上がって軽やかに一礼したリオ君は、貴族少女達へと視線を移した。たじろぐ彼女達を意に介さず、床に置いていた紙袋から、今度はごく小さいサイズの花束を取り出す。
「――そしてこちらは、殿下のご友人の皆様に」
ふわりと微笑むリオ君に、少女達はみるみる真っ赤になった。
リオ君は一人一人に笑顔を振りまきながら、丁寧に花束を配って回る。全員に花束が行き渡ったところで、再び王子様のようににっこり笑った。
「僕の家は花屋を営んでいるのです。花屋にご用命がある際は、皆様どうかハイド生花店に。王都五番街十一番地、ハイド生花店をよろしくお願いいたします」
「…………」
少女達はうっとりと頷いているけれど、私と旦那様の目は点になった。二人でまじまじと顔を見合わせる。
……ねぇ、リオ君。
宣伝って……もしかしなくてもコレですか……?




