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第44話 尾ひれどころじゃありません!

 しばらく待ってみたものの、やはりヴィンスさんは戻って来ない。

 ヴィンスさんの走り去った方角を眺めていたエマさんも、やがて満足げに微笑んだ。つと視線を私に移す。


「ミア様。王妃様がお呼びなのです。お時間がある時で構いませんので、ご挨拶に伺ってくださいますか?」


「……なんだと?」


 衝撃に固まる私の横で、旦那様が不穏な空気を発した。エマさんは全く動じず、落ち着き払った様子で旦那様を見返す。


「王妃様は、ミア様に興味を抱いておいでです。――これは、シリル閣下のせいでもありますのよ」


「…………」


 眉をひそめる旦那様に、私は慌てて首を振ってみせた。


「大丈夫です、シリル様! 私、今からでも行けますっ」


 王妃様は王様の奥さん。つまり、旦那様にとっては義理のお姉さんに当たるのだ。結婚に反対されているからといって、いつまでも逃げ回るわけにはいかないだろう。


 笑顔で説得すると、旦那様は渋々といった調子で頷く。


「……ならば、俺も行く」


「いけませんわ。女同士の付き合いですもの、殿方はご遠慮くださいませ」


 ぴしゃりとはねつけ、エマさんは素早く私の手を取った。


「代わりに、わたくしが付き添います。閣下はほどよい頃に、迎えに来てくださればよろしいですわ」


 言うだけ言って、エマさんは私の腕を引いて歩き出す。


 私は後ろ髪を引かれる思いで振り返った。旦那様も私を追おうとするように一歩踏み出したけれど、私は小さく首を振った。旦那様から視線を引き剥がし、無理やり前を向く。


 私だって、本音を言うなら旦那様に付いてきてほしい。

 この間のラルフさんの一件のように、一方的に悪意をぶつけられたらと想像すると足が震える。


(……それでも……)


 守られてばかりでは……駄目なのだ。


 ジーンさんにも伝えたけれど、今の私は旦那様から離れるつもりはない。

 これから、似たような状況は何度だって訪れるだろう。いちいち傷付いたりなんかしないよう、私自身が強くならなければ。


 私の決意を感じ取ったのか、エマさんがくすりと笑った。


「大丈夫ですわ、ミア様。王妃様はお優しいかたですから。それに――……」


 それに?


 首を傾げる私に、エマさんはいたずらっぽくウインクする。


「王妃様も、貴婦人の皆様方も。……純粋にミア様とお話したいだけだと思いますわよ?」




***



 豪奢なドレスで着飾った王妃様は、これまた色とりどりのドレスの貴婦人達に囲まれていた。

 ……わぁい、華やかぁ。そしてなんか、ものすごいフローラルな香りがするぅ。


 緊張にしびれた頭が現実逃避しかけるのを何とか振り切り、私はぎこちなく笑顔を作る。


「初めま――」


「まあ、ミアさん! お会いしたいと思っておりましたのよ!」


 目を輝かせた王妃様からいきなり手を握られ、フローラルな輪の中にぐいぐいと招き入れられた。……ひぃっ、拉致監禁!?


 怯える私に、美女達が鼻息荒く詰め寄ってくる。皆一様に、爛々と目を光らせていた。


「あ。あのぅ……?」


「――王妃様。ミア様が驚いておいでですわ」


 エマさんがたしなめるように割って入り、輪の中から私を救出してくれた。王妃様ははっとしたように居住まいを正す。


「あら、ごめんなさいね? わたくしったら不作法で」


 はにかむ彼女に、私は「いえ」と曖昧に笑い返すだけで精一杯だった。


 改めて王妃様を観察すると、その髪はアビーちゃんと同じ蜂蜜色で、今日のアビーちゃんとお揃いのティアラを頭に付けていた。

 笑顔も口調も優しげで、私に対する敵意は感じない。ほっと安堵して、再度挨拶を試みる。


「初めまして、ミアと申します。ご挨拶が遅れてすみ……ではなく……申し訳、ありませんでした」


「いいえ、こちらこそ。娘がお世話になっているそうですわね? わたくしはルーシャと申します。どうぞ、気兼ねなく名前でお呼びくださいましね」


 しどろもどろになる私の手を握り、王妃様はにっこりと微笑んだ。社交辞令は終わりとばかりに、ずいっと距離を詰めてくる。


「それで、それで。――例の、カフェでの出来事を聞かせていただきたいんですの。城下だけでなく、王宮でも噂になっておりますのよ」


 カフェ、での。

 ……出来事?


 思考停止する私をよそに、王妃様を囲む貴婦人達が得たりとばかりに頷いて、一斉にしゃべりだした。


「閣下が、手ずからケーキを食べさせてくださったそうですわね? ひとくち食べるごとに二人で微笑み合って、砂糖菓子よりも甘い雰囲気でしたとか……!」


 いいえ。

 息する間もなく口に突っ込まれ、生きるか死ぬかの戦いでした。


「ダイアー子爵家の三男から横恋慕されたのでしょう? 閣下が『妻は誰にも渡さない!』と、声を震わせてお怒りになったとか!」


 子爵家の三男……ってラルフさんのこと?

 ラルフさんが……誰に、横恋慕したって……?


「極め付けは、カフェを出た時の閣下の台詞ですわっ。身分など関係ないと言い放ち、ミア様を固く抱き締めたそうですわね!? 『命に代えても、この愛を貫くことを神に誓おう』……。ああ、なんてロマンチックですの……!」


 言ってない。

 そんな台詞は言ってない……!


 目を白黒させる私などそっちのけで、王妃様達はきゃあきゃあと盛り上がる。声も出ない私に、エマさんがこっそりと囁きかけた。


「良かったですわね。市中もこの噂で持ちきりで、皆好意的だそうですわ」


「な、なんで……?」


 大混乱に陥っていると、エマさんはこらえきれないように噴き出した。雪のように白い肌に、目元だけ赤くしてクスクス笑う。


「だって、あのシリル閣下ですもの。今までは冷酷非情だの氷だの、恐ろしげな噂ばかりでしたのに。奥様を溺愛される姿が、皆の胸を打ったのでしょう」


 いわゆるギャップ萌えというやつですわ。


 したり顔で告げるエマさんの言葉に、私は今度こそ膝を突きそうになった。よろけかけたところで、力強い腕がさっと支えてくれる。


「……大丈夫か」


「……っ。シリル様……!」


 今来たらアカーン!!


 はくはくと口を開く私の様子を誤解したのか、旦那様の雰囲気がぞわりと変わった。

 かばうように私を抱き寄せ、底冷えする瞳で王妃様達を()めつける。


「――そろそろ、妻を返して頂いても?」


 場がしんと静まり返り、王妃様達は息を呑む。

 その顔は、怯え青ざめて――……ない。


 身を乗り出さんばかりにして、彼女達はまたも一斉にしゃべりだした。


「ええ、ええ勿論!!」


「お迎えですのね、素敵ですわぁ!!」


「お優しいのね!!」


「ミア様、愛されておりますわぁ!!」


「…………」


 旦那様は一瞬固まったけれど、伊達に私より無表情の鍛錬を積んでいない。「では、失礼」と小さく会釈すると、私の肩を抱いて歩き出す。


 ぎくしゃくと足を動かしてある程度離れたところで、旦那様が静かに私を見下ろした。その顔は珍しく強ばっている。


「――で。今のは、一体何だったんだ」


 ……ええと。

 世の中には、知らない方がいい事もあるんじゃないかなー?と、思ったり。思わなかったり。


 あさっての方向に目を逸らす私であった。

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