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第42話 想像していたのと違います!?

 旦那様の腕に手を掛けて、緊張しながら王宮の庭園を突き進む。


 見るもの全てが目新しくて、気合いを入れておかないと大騒ぎしてしまいそうだ。心の中で、繰り返し己に言い聞かす。


 ――落ち着け、私……。

 我が表情筋よ、今日だけ死に絶えるのです……!


 しかし、()()が目に入った瞬間、私の連続無表情記録はもろくも崩れ去った。目も口もぱっかり開けて、馬鹿みたいに立ち尽くす。


「うわスゴッ! ヴィンス何あれ何あれ!?」


 背後からジーンさんの叫び声が聞こえた。「姉さん静かに!」とたしなめるリオ君の声もする。

 しかし、私は振り返るどころではない。


 だだっ広い王宮の庭にでんとそびえ立つのは、鉄骨とガラスでできた立派な建築物。あれは……とんでもなく大きいけど、もしかして温室?


 茫然と見入っていると、ヴィンスさんが後ろから得意気に説明してくれる。


「あれぞ、ディアス王宮の誇るガラス宮よ。今回の誕生日パーティーの会場ね」


 ヴィンスさんの声は耳を素通りし、私はただただうっとりとガラス宮に見惚れた。


 丸っこいドーム型の温室は、陽光を反射して美しく輝いている。圧倒されるほど巨大なその立ち姿は、まさに威風堂々といった感じである。


「……入るぞ。中は暖かい」


 旦那様にうながされてぞろぞろ進むと、確かに寒い外と違って心地良い温度だった。

 むせ返るような緑が私達を迎えてくれる。秋だというのに、美しい花々も咲き乱れていた。


「――わあぁ、すごっ……コホン」


 私は歓声を上げかけて、はっと我に返り居住まいを正す。口元を手で隠し、ほほと上品に笑ってみせた。


「まあ、お素敵でゴザイマスわー。ワタクシ感嘆イタシマシテよー」


 ジーンさんも隣に立ち、目を輝かせてきょろきょろと周りを見回した。口を開こうとして、こちらも慌てて澄まし顔で取り繕う。


「素晴らしき眺めですワイ。目の保養ですワイ」


「……アンタ達の思う貴婦人像って、一体どうなってんのよ」


 ヴィンスさんから疲れた声で突っ込まれてしまった。


 見える範囲に他の招待客はいなかったので、私は開き直って旦那様の腕をぐいぐい引っ張った。滅多にない経験なのだし、ゆっくりと中を見学してみたい。


「シリル様。あっちに行ってみ――」


「お待ち申し上げておりました。どうぞ、あちらでございます」


 燕尾服の男の人から声をかけられ、驚いてぴょんと飛び上がる。全然気配を感じなかった……!


 旦那様とヴィンスさんはちゃんと気付いていたようで、誕生日プレゼントの箱を彼へと手渡した。


「アビゲイル殿下への祝いの品だ」


「わたくしも。こちらを殿下へお渡しください」


「ありがとう存じます。確かに承りました」


 恭しく頭を下げる彼に案内され、緑に囲まれた細い通路を進んでいく。


「……シリル様。プレゼントって……」


 隣を歩く旦那様の袖を引くと、旦那様は小さく頷いた。


「大抵は預けるものだが、お前は直接渡せばいい。その方が本人も喜ぶだろうからな」


「そうね。もし渡すチャンスがなかったら、帰りに言付けるといいわよ」


 ヴィンスさんは補足するように告げた後、「リオもね」とクスクス笑う。

 そういえば、今日のリオ君は紙袋をふたつ持っていた。おそらく、これがアビーちゃんへのプレゼントなのだろう。


 好奇心丸出しな視線を向ける私に、リオ君はいたずらっぽく微笑みかけた。


「ああ、プレゼントは一個だけね。こっちの紙袋は、うちの家業の宣伝用なんだ」


「……家業?」


 宣伝用?


 首を傾げるけれど、リオ君は笑うばかりで答えてくれない。そうこうするうちに、パーティー会場らしき開けた場所に到着してしまった。


 ドームの天井は遥か高く、屋内とは思えない開放感だ。長いテーブルにはたくさんの料理が並べられていて、端の方にはグランドピアノも置かれている。


 すでに招待客は揃っているようで、笑いさざめく声が聞こえてきた。

 緊張のあまり足が震えそうになったけれど、旦那様の腕をぎゅっと掴んでなんとかこらえる。


(……大丈夫、大丈夫……)


 大きく深呼吸して、自分に言い聞かせた。

 すぐ側に、旦那様がいてくれる。ヴィンスさんやジーンさん、リオ君だって一緒なのだ。


 無表情を貫くつもりだったのに、ついつい口元がほころんでしまう。


 勇気百倍で会場に足を踏み入れると、案の定、場の雰囲気がさっと変わった。

 それまで歓談していた礼服の人々が、顔色を変えて私と旦那様を見比べる。ぃよっしゃあ、来た来た来たぁっ!


 蔑みます!?

 はたまた無視しちゃいます!?


 ばっち来い、ワタクシ受けて立ちますよっ。



 ――と、思いきや。



 敵意だの悪意だのといった視線は、どれだけ待っても飛んで来ない。


 肩透かしを食った私は、ぽかんとパーティー会場を見回した。


 貴婦人の皆様方は、頬を上気させながらヒソヒソ話で盛り上がっている。さすがに指を差すような不作法まではしないけれど、話題の中心は明らかに私達であろう。


「……シリル様。なんだか、雰囲気おかしくありません?」


 こっそり囁きかけると、旦那様も思いっきり眉間にシワを寄せた。


「ああ。正常なら、表情が凍り付いて会話も不自然に止まるはずだ」


「…………」


 旦那様の正常って一体……。


 眉を下げる私の後ろから、ぽんと手を打つ音が聞こえてきた。ヴィンスさんが熱っぽく囁く。


「ああ、なるほど! これはきっと、アレだわね」


「あー、アレですか。そういえば、僕も聞きましたよ」


「えっ、何の話!? アレってどれソレ!?」


 そして、背後の会話もワケがわからない。

 旦那様と微妙な顔を見合わせていると、飲み物のトレーを持った男の人が、さっと私達に近寄ってきた。


「どうぞ。ウェルカムドリンクでございます」


 旦那様は鷹揚に頷き、トレーからグラスをふたつ取り上げる。ジュースらしき片方を私に手渡した。


「ありが――」


 ざわわっ!


 瞬間、会場中が興奮したようにざわめく。何なにっ?


 旦那様も一瞬眉をひそめたけれど、気を取り直したように私の肩を抱く。そこかしこに用意されているソファの方へエスコートしてくれた。


 周囲の反応に戸惑いつつ、ぎくしゃくと足を動かすうちに、熱を帯びた会話が断片的に聞こえてくる。



 ――あれが、噂の……。


 ――素敵……!


 ――肩を、肩を抱いていらっしゃるわ……!



 ソファに座るなり、私と旦那様はまたも顔を見合わせた。旦那様も、訳がわからないといった顔をしている。


 そして、再び会場がどよめいた。



 ――まあぁ! あんなに熱く見つめ合って……!



「…………」


 すみません。

 コレってもしや、新手の嫌がらせか何かでしょうか……?

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